第36話 最初の村と変化タヌキ衆
浮かび上がったカードには、卵の輪郭が刻まれていた。
他のカードが派手に爆ぜるのと違い、その卵カードは静かに──まるで心臓の鼓動のように──脈打つ光を放っていた。
生き物の気配を宿すかのように。
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《ミラモンの卵》
・ランク:測定不能
・効果:育て主によって孵化するミラモンとランクが変化する。
・備考:孵化時期不明。
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「卵!? 初めて見たぞ!」
「測定不能って……やばすぎる!」
店内がざわつく中、キララが目を丸くし──すぐににやりと笑った。
「ふふっ……タケル君。おめでとう! 君、【特選枠】を引いたね☆」
「え、えええ!? 卵って何!? 特選枠どういうことだよぉぉ!!」
店内は大きなどよめきに包まれていた。
キララはくるりと一回転し、解説を始める。
「特選枠はね、通常のランクでは測れない特別なカード。滅多に出ないのよ〜☆」
「……でも、この卵が孵ったとき、何が生まれるかはタケル君次第。ふふっ、楽しみだね♪」
タケルは真っ青になったり赤くなったり、挙動不審。
「な、何それ!? 俺の人生かかってんじゃん!」
観客席から「いや、卵の人生だろ!」と総ツッコミが飛び、店内はさらに盛り上がった。
──カードショップを出た三人。
タケルは満足そうに息をついた。
「いや〜、今日は濃かったな! 買い物して、ガチャして……なんか一気に冒険してるって感じだ!」
サクラが笑った。
「確かに。こうなったらもう戻れないわね」
アキラが周囲を確認しながら言った。
「始まりの町にいるのも今日までだ。食堂でしっかり食べておこう」
「賛成! 腹ペコ!」
◇◇◇
夕暮れ時、三人は町の食堂へ入った。
木製の看板には《炉ばたミラ亭》と書かれ、湯気と香ばしい匂いが店の外まで漂っている。
「いらっしゃい! 席はこっちね!」
運ばれてくる料理はどれも豪華だった。
・香草バターで蒸し焼きにした《谷鹿》の厚切りステーキ
・火山石でじっくり焼き上げた《赤尾ワタリ鳥》の丸焼き
・薬草だれで煮込んだ《森イモ豚》のとろとろ角煮
・特産《深緑キャベツ》のクリームスープ
・炉窯で焼いた《石窯パン》と濃厚ミラバター
タケルの目が輝く。
「うまぁ……天国じゃん……!」
「明日からこんな豪華なのは食べられないから、今のうちに味わっておかないとね」
アキラは静かにスープを飲み、満足げに頷いた。
「悪くない。これで明日から全力で動けるな」
タケルがぽつりと言う。
「こうして三人で飯食ってるとさ……いよいよ旅が始まるんだって感じがするな」
「始まりの町で過ごす最後の夜か。悪くないな」
「うん。明日からは気を引き締めていこう」
三人は杯を軽く合わせた。
「推薦申込書の提出まで、残り十三日!」
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◇◇◇
──翌朝。
「で、でさ……最初の村ってどこにあるの?」
アキラがモンマスを展開し、中央都市までの詳細地図カードを取り出す。
「セット! 《中央都市グランディアまでの地図》!」
カードが光り、モンマスに取り込まれる。
「リード、地図を表示」
バインダーが本型に変化し、立体的な地図が浮かび上がった。
アキラが指差す。
「最初の目的地は《ハルネ村》。ここまで歩いて五時間くらいだ」
「おお! ついに冒険の始まりだな!」タケルはそわそわが止まらない。
サクラは呆れて腕を組んだ。
「さっきから落ち着きなさいってば。ほんと、子供みたい」
「だってさー! 俺の卵、もう孵るんじゃないかって!」
「そんなすぐ孵化するか」アキラは冷静に切り捨てた。
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──数時間後。
「なぁ、アキラのクロウルガーに乗せてくれよ。歩き疲れたー」
「だらしないな……もうすぐ煙が見えるだろ。あれがハルネ村だ」
「おぉっ! やっと休める!」
三人が村の入口に差しかかると──
「おーい! そいつを捕まえてくれぇーっ!」
勢いよく走ってくる子供と、それを追いかける老人の姿が見えた。
子供の手にはキラリと光る宝玉のような物。
「えっ……俺たち!?」タケルが目を丸くする。
「任せて!」サクラが飛び出したが、子供は素早く身を翻し、すり抜けていった。
「はあっ、はあっ……」息を切らした老人が駆け寄る。
タケル「おばあちゃん、大丈夫?」
老人「村の大事な家宝が盗まれたんじゃ……あれがないと、明日の祭りができんのだよ」
「祭り?」
「そうじゃ。年に一度、村の守り神を祀る大事な祭り。外からも人が集まるのに……」
アキラは表情を引き締めた。
「犯人は誰ですか?」
老人は険しい顔で答える。
「やつは《変化タヌキ衆》──人に化けるのが得意なミラモンじゃ。食べ物を盗むことはあっても……よりによって家宝を奪うとは!」
サクラ「変化タヌキ衆……?」
老人は頷く。
「人間そっくりに化けるが、しっぽが隠しきれないのが特徴じゃ。あやつらのアジトは、護りの森の大木の奥にある」
「困ってる人は放っておけない。今から取り返しに行こう」アキラが真剣な声を上げる。
「えぇー……やっと休めると思ったのに」タケルは肩を落とした。
「つべこべ言うな。行くぞ」
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ハルネ村の奥に広がる護りの森は、昼間だというのに薄暗く、不気味な静けさを漂わせていた。
サクラが身をすくめる。
「……何か薄暗くて、気味悪いわ、この森」
「お、オバケとか出ないよね?」
タケルが小声でつぶやく。
アキラは険しい目を向け、慎重に言葉を選んだ。
「このミラリアでは、何が出ても不思議ではない。注意して進もう」
外からは不気味に見えていた護りの森。
しばらく歩くと、遠くに見えていた大木が徐々に姿を現し、その足元には湖が広がっていた。
差し込む光が水面に揺らめき、まるで神域のような美しさが漂っている。
サクラは思わず息を呑んだ。
「うわ……綺麗。あれが護りの森の大木ね」
アキラが前を指さす。
「あの大きな大木のところに行ってみよう」
縄文杉のような巨木が水に囲まれ、幻想的な景観を形作っていた。
だが──その静謐を破るように、巨木の根元には変化タヌキ衆が数体、うごめいている。
タケルが前のめりに叫んだ。
「あそこにさっきのやつ! 俺が行って取り返してやる!」
「待て、タケル。変化タヌキ衆は何体もいる。少し様子を見るぞ」
アキラが冷静に制止する。
そのとき、サクラが指差した。
「……あそこ見て。何か囚われてる」
視線の先。
巨木の根元、その中心に──小さな白狐が囚われていた。
その瞳は、助けを求めるようにこちらを見つめていた。




