第32話 証と境界の扉
市場の掛け声や鍛冶場の槌音が響き渡り、町は今日も活気に包まれていた。
「今日はギルドに、福ちゃんの依頼達成を確認しに行く日だね」
サクラが小走りで並びながら言った。
「とりあえず、ガロスさんとこ行ってみようぜ」
タケルが拳を軽く握る。
――
ギルド本部の扉を開けると、カウンターで資料を整理していた秘書のナミが顔を上げた。
「おはようございます。福ちゃんから依頼達成の報告が届いてます。後継者も決まったようですね」
「また、あのカレーが食べれると思うと……」タケルのお腹がぐぅと鳴った。
「なんか想像したら腹減った……」
「まだ朝ですよ」秘書のナミがため息をつく。
そこへギルド長ガロスが姿を現した。
「依頼達成の確認、三百ミラの報酬だ」
ガロスは封筒を差し出し、にやりと笑う。
「よくやったな。……どうだ? 初めての指名依頼ミッションは」
「緊張したけど、なんとかやり切れました!」サクラが胸を張る。
「正直、途中でダメかと思ったけどな」アキラが肩をすくめる。
「でも、成功してよかった!」タケルが笑った。
「ふむ……そうか」ガロスはうなずき、腕を組む。
「だが――お前たち、ここからが本番だぞ」
三人がきょとんと顔を見合わせる。
――
ガロスはしばし黙って彼らを見据え、問いかけた。
「ところで……お前たちは何のために、このミラリアで活動する? 夢はあるのか?」
「俺は……最強のバトルマスターになる!」タケルが拳を握る。
「俺はミラリンピックの世界王者だ」アキラは真剣な表情で言い切る。
「わたしは育成で有名になって、お母さんのミラモン服のブランドを広めたい!」サクラが目を輝かせた。
ガロスは満足そうにうなずいた。
「いい夢だ。だがな――そのためには“証”を手に入れて《境界の扉》に行かなければならん」
「証……?」
「境界の扉……?」
三人は顔を見合わせる。
ガロスは背後の壁に掛けられた大陸図を指し示した。
「ここアルセリア大地と、海の向こうに広がるエルディア大地。両者を隔てる《境界海》の中央には、《境界の扉》がそびえている」
低く響く声が場を支配する。
「この《境界の扉》……誰もが憧れるが、そこへ辿り着けるのは十人に一人ほど。九割の冒険者は夢半ばで道を絶たれる。だが、その門を越えた者は“真の強者”として認められる。──まさに強者のスタートラインだ」
そしてガロスは、さらに声を低めて続けた。
「エルディア大地に到達した者は、このミラリアでも現実世界でも引く手あまただ。名声も富も集まり、誰もが成功者として語り継がれる。そして……エルディア大地には、まだ誰も見たことのない未開の地が広がっている。そこに眠るのは、莫大な資源か、伝説か、それとも――」
ガロスの視線が鋭くなる。
「町を襲った伝説ミラモン《影喰らい》……その秘密もまた、エルディア大地に眠っていると噂されている」
言葉は途切れたが、その先を想像するだけで胸が熱くなる。
――少なくとも、今のタケルたちが知るミラリアは、そういうものだと納得するには充分だった。
タケルは胸を高鳴らせ、目を輝かせる。
アキラは息を呑み、圧倒的なスケールに気圧される。
サクラは静かにうなずき、「やってやろう」と心に決意を刻んだ。
ガロスは地図の《境界の扉》を指で叩いた。
「そこへ辿り着くには、“証”が必要だ。しかも証は一種類ではない。それぞれの適道に応じた証を、各地で集めなければならん。バトル適道ならバトル証、育成適道なら育成証……数も規定されている」
「複数……」アキラが小さくつぶやく。
「そうだ。複数の証を規定数集めたとき、初めて《境界の扉》を開ける資格が与えられる」
ガロスの目がぎらりと光る。
「真の強者だけが、エルディア大地に足を踏み入れられるんだ」
三人は言葉を失い、互いの顔を見た。胸の奥で、それぞれの夢が燃え上がる。
「……やってやるさ。俺は必ず、バトル証を集めてみせる!」タケルが拳を握る。
「面白くなってきたじゃん。ミラリンピック証なら、誰にも負けない」アキラがニヤリと笑う。
「私だって……育成証を集めて、お母さんの夢を叶えるんだから!」サクラが真剣な瞳で言った。
ガロスはそんな三人を見渡し、口の端をゆるめた。
「ふむ……その気持ちを忘れるな。これからが本当の勝負だぞ」
――
そして一拍置き、声を低くした。
「……とはいえ、すぐに旅立ちというわけにはいかん」
三人は「え?」と同時に声を上げる。
「明日からでも最初の証探しに送り出したいところだが……学校からお知らせは届いていないか?」
「学校……?」
タケル、アキラ、サクラの三人はそろって首をかしげ――
「「「えっ、学校!?」」」
ギルド本部に、ずっこけた三人の声が響き渡った。
場の空気は一瞬でシリアスからコメディに変わり、思わずナミが肩を震わせた。
だが同時に、三人の胸の奥には新たな予感が芽生えていた。
――まだ自分たちの知らない世界が、これから待っているのだ。




