第30話 幻のランク
次の瞬間。
「……なんじゃこりゃあぁぁ! うますぎるぞ!」
ガイの目が大きく見開かれ、止まっていた手が一気に動き出した。
「スパイスボアの肉、最高じゃねーか! とろけるのに、噛むほど旨味が溢れてくる!
……って、さっきから妙に甘くて美味しい野菜が混じってないか?」
福ちゃんがぽりぽりと頬をかきながら答える。
「あ、それニンジンっす。抜くの忘れてたっす」
「なっ……! 俺は……ニンジン食えてるだと!?」
ガイは半ば泣き笑いのような顔で皿を抱え込み、夢中でスプーンを進めていく。
「良かったじゃん、ガイさん」サクラがくすくす笑う。
「……つまり、最初からただの食わず嫌い?」アキラが冷ややかに突っ込む。
「うるせー! でも……認める。これは……マジでうまい!」
ガイは皿を空にし、力強く拳を握った。
「親父、福ちゃん、俺……決めたよ。この福ちゃんカレーを、世界一にしてやる!」
「つまり……?」タケルが首をかしげる。
「俺がスパイスボア取りの技を習得する! 今度こそ本気でやる。だから福ちゃん、待っててくれ!」
福ちゃんは目を輝かせ、両手を合わせた。
「もちろんっす! そんな日が来るのをずっと夢見てたっす!」
取り名人は深くうなずき、口元をわずかに震わせながら穏やかな笑みを浮かべた。
「……やっぱりガイは、やる時はやる男じゃな」
――
食事を終えたガイは、勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。
「そうと決まれば、ここを出たら、さっそくスパイスボア取りの技術を習得しに行くぞ、親父!」
「せわしい奴やな……」
取り名人は苦笑しながらも、どこか誇らしげに息子を見上げた。
福ちゃんは鍋を片づけながら、深々と頭を下げる。
「君たちには、本当に感謝してるっす。またスパイスボア入りカレーが作れるなんて夢みたいだ。取り名人の後継者も決まったし……ギルドには依頼完了で報告しとくね」
「良かった……何とか上手くいったね」サクラが胸をなで下ろす。
「正直、今回はさすがにダメかと思った」アキラも苦笑する。
「ガイの兄ちゃん! またあの美味しいスパイスボアカレー、食べさせてくれよ!」
タケルが満面の笑みで叫んだ。
「ああ、任せてくれ!」
ガイは大きな声で答えると、不意に真剣な顔つきになった。
「タケル、アキラ、サクラ……ありがとう。お前らのおかげで、俺もようやく前を向けた」
「……初めて名前呼んでくれたな」
タケルが驚いたように笑った。
やがて、店を出たところで、ガイは足を止めて振り返る。
「親父と俺は、このまま山へ戻る。じゃあな」
取り名人も頷き、短く言葉を残した。
「まだまだ、頑張るわい」
三人は手を振り返す。
「またねー! 美味しいスパイスボア入りカレー、待ってるから!」
ガイと名人の背中が森の中へ消えていった。
タケルたちはしばらく無言でその姿を見送っていたが、やがてタケルが拳を握りしめる。
「よし! 俺たちも進まないとな」
「ギルドへの報告は明日でいいだろう」アキラが提案した。
タケルが拳を握る。
「午後は草原でミラモンのレベル上げをしよう。モチをもっと強くしてやりたい」
「さんせーい! 私のリリーフェアも強くしたいしね」
サクラが笑顔でうなずいた。
「俺のクロウルガーだって、まだまだ鍛えたい」
アキラも静かに拳を握る。
――
草原に出ると、柔らかな風が草をなびかせ、鳥の鳴き声がのどかに響いていた。
タケルたちは弱いミラモンを何体か倒し、モチの経験値を積ませていった。
「よし、確認っと……」
タケルがモンマスを操作すると、モチのステータス画面が浮かび上がった。
【ミラモン名:モチ】
ランク:F(幻)
レベル:4
HP:22
攻撃:7
防御:8
特性:ぷるぷる(衝撃吸収/打撃に強いが斬撃に弱い)
スキル:簡易発現(解析)
状態:調子がいい
備考:(幻)のため進化ルート不明、記録上でも稀
「おお、レベル上がったな!」タケルが嬉しそうに声を上げた。
「HPも攻撃も伸びてる……順調だね」サクラが頷く。
「でも“幻”ってタグはやっぱり気になるな」
アキラは腕を組み、モチをじっと見つめた。
そのときだった。
「ほう……スライムを使うなんて珍しいじゃないか」
背後から声がして、三人は振り向いた。
白衣に野外用のベストを重ね、分厚いノートを抱えた青年が立っていた。
眼鏡の奥の瞳は好奇心に輝いている。
「私は御影トオル。ミラモン研究者だ。先日、この町に“ブロルホーンと影喰らい”が現れたと聞いて、調査に来ている。君たち、何か知らないか?」
「ブロルホーンと影喰らい……!」
タケルは思わず息を呑む。
「それなら……」
だが御影博士の視線は、タケルの手元のモンマスに吸い寄せられていた。
「……なっ、これは……! ランク“幻”!? 本当に存在していたのか……!」
博士は興奮気味にノートを取り出し、慌ただしく書き込む。
「幻ランクは古い文献にだけ記録されていた“仮説上のランク”だ。実物が現れたという報告は、これまで一度もなかった……!」
「お、おい……そんな大げさに言うなよ。モチはただのモチだぞ?」
タケルは苦笑する。
「でも……タケルのモンマス本体もランクG(幻)だったよね?」
サクラがふと思い出すように言った。
「ま、まさか……!」博士の手が震える。
「通常のモンマスランクはFまで。それが君は“G=幻”……さらに持っているミラモンまで幻ランク。二重に特異だなんて……おったまげた!」
「確かに、これは偶然ってレベルじゃないな」
アキラが腕を組んで頷く。
博士は深呼吸して落ち着きを取り戻すと、モンマスから小さな金属片を取り出した。
「タケル君……いや、君たち三人。ぜひ今後の成長を研究させてもらえないだろうか」
博士は手にした金属片を差し出す。
「これは“通話バッチ”。相手のモンマスに読み込ませると、以降は離れていても会話できるようになる。
市価は金貨三十枚――庶民なら一年は暮らせるほどの額だ。普及していないのも当然だろう。だが研究費でいくつか用意していてね」
タケルが驚いて目を見開いた。
「そんな高いものを、俺に……?」
「君とモチは、私にとっても未知そのものだ。価値は十分ある」
博士は真剣な顔で頷いた。
タケルは迷ったが、やがて覚悟を決めて受け取る。
博士が操作を促すと、タケルのモンマスに光が走り、バッチが吸い込まれるように消えた。
「これで、必要なときは私と連絡が取れる」
博士は満足げに頷いた。
――
そのとき、タケルが眉をひそめた。
「ん? なんか、変な虫がうろちょろしてるな……」
「きゃー! 虫はやだ!」
サクラが悲鳴をあげた瞬間、モチがベロのような触手を伸ばし、虫型ミラモンをぺろりと飲み込んだ。
「助かった……ありがと、モチ」
サクラが胸を撫で下ろす。
だが博士は怪訝そうに眉をひそめた。
「あれは……盗聴用のミラモン……?」
一瞬真剣な声を漏らしたが、すぐに首を振って笑みを作った。
「いや、気のせいだろう。新人たちに不安を与えてはいけないからな」
タケルたちは気づくこともなく、草原の奥へと歩き出した。
――その背後では、彼らに“マークされた”ことを、まだ誰も知らなかった。
――つづく。




