表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/46

第29話 最後の技法

 タケルたちはガイを連れて、再び森奥の小屋を訪れた。

 苔むした木造の扉を押し開けると、名人は静かに腰掛けていた。


「……ガイか」

 息子の顔を見た瞬間、名人の声にはわずかな驚きと、しかし深い疲れがにじんだ。


「親父、このガキ達から聞いたぜ。兄貴か俺か、どっちかが継ぐならって条件を出したらしいな」

 ガイは不機嫌そうに頭をかきながらも、真正面から切り出した。

「この際ハッキリ言わせてもらう。……俺は継がない」


 名人はしばし黙り込んだが、やがて小さくうなずいた。

「そうか。お前が考えて出した答えなら、仕方あるまい」


 ガイが鼻を鳴らす。

「分かってくれりゃ、それでいい」


 しかし名人はゆっくりと顔を上げ、真っすぐに息子を見た。

「……ただ、最後に二つだけ頼ませてくれ」


「二つ?」ガイが片眉を上げる。


「一つは――ワシがスパイスボアを捕まえる。それを“最後の技法”として残す。もし誰かが困っていたら、イメージだけでもいい、伝えてやってくれ」


 ガイは視線をそらし、肩をすくめた。

「伝えるかどうかは分からねぇけど……最後に見るくらいなら、まあいいぜ」


「で、もう一つは?」


 名人はほんの少し笑みを浮かべ、言った。

「一口で構わん。スパイスボア入りのカレーを食べてみてくれんか」


 ガイは即座に顔をしかめる。

「親父、俺がカレー嫌いなの知ってるだろ! 絶対いやだ」


 タケルがニヤリと割って入る。

「この兄ちゃん、ニンジン食べれないんだってさ」


「おい! それ言うんじゃねー!」ガイが真っ赤になって怒鳴った。


 名人は一瞬きょとんとしたあと、思わず吹き出した。

「……そんなんでカレー嫌いだったのか。早く言ってくれりゃよかったものを」


「ニンジン食べれないとか、ダセぇこと言えるかよ!」


 名人は頬を緩め、息子を安心させるように告げた。

「なら、特別にニンジンなしのスパイスボアカレーにしてやろう。どうだ?」


 ガイはしばらく口をへの字にしていたが、やがて観念したように小さくつぶやいた。

「……まあ、それなら。一口だけだぞ」


 その答えに、名人は静かに目を細め、ふっと笑みをこぼした。

 サクラも小さく安堵の息をつき、アキラは真剣なまなざしで二人のやりとりを見守っていた。


――


 森の奥、ひっそりとした獣道。

名人はしゃがみ込み、風の流れを読むように目を細めた。


「……来おったな」


 一瞬、空気が張りつめる。

老人は静かに気配を殺し、森そのものと同化するかのように身を伏せる。

呼吸すら消えたような静寂の中、するりと網が振り下ろされた。


 風が止まり、音が消えた刹那――。

暴れ出したスパイスボアは、まるで幻惑されたかのようにあっさりと絡め取られていた。


「なっ……!」タケルが目を見開く。

「速すぎて……何が起こったか、全然分からなかった」

サクラが呟く。

アキラもただ唖然としたまま、無駄のないその動きに見入っていた。


 ガイは腕を組み、苦々しい表情で呟いた。

「……やっぱ、何度見てもすげーな。……俺には無理だ」


 名人は網を担ぎ、振り返った。

「福の坊に持っていくとしよう。――ガイ、お前も来い」


――


 こうして捕らえたスパイスボアを抱え、一行は始まりの町にある「三代目福ちゃんの味」へと向かった。


「おおっ!」福ちゃんが目を丸くした。

「名人、見つかったんすね! 本当に良かったっす!」


「詳しい話はあとだ」名人は短く言うと、スパイスボアを差し出した。

「これでカレーを作ってくれ。……ニンジンなしでな」


「了解っす! でも仕込みに時間かかるんで……明日の十一時、店に来てほしいっす」


――


 次の日。

タケルたちは福ちゃんの店へ向かったが、その前に並んでいたのは長蛇の列だった。


「なんだこりゃ!? 三百人はいるぞ!」タケルが叫ぶ。

「SNSで話題になってる……“幻のスパイスボアカレー解禁”ってタグがトレンド入りしてるぞ」アキラがスマホを見せる。


「サクラ、あっち見て!」

「本日限定、スパイスボア入りカレーって書いてあるわ!」サクラが店の前の大きな看板を指差した。


「これ並ぶの無理だよ……」ガイがうなだれた、そのとき。


「遅いなと思って、出てきてみたら……こんなとこで何やってるんすか」


「ほら、入って入って! 特等席はちゃんと用意してあるっすよ!」

福ちゃんが笑顔で出迎え、彼らを店の奥へ通した。


 テーブルに並べられたのは、特別に用意された皿。

湯気を立てる黄金色のカレー、その中にはスパイスボアの肉がごろりと盛り込まれていた。


「これが当店自慢の――スパイスボア入りカレーっす!」


 立ち上る香りに、三人の胃袋が一斉に鳴った。

「うおっ……!」タケルは思わずよだれを拭う。

「スパイスの香りが層になって押し寄せてくる……」アキラが鼻を利かせ、感心したようにうなる。

「色合いも綺麗。まるで宝石みたい……」サクラが目を輝かせる。


「よし、遠慮はいらん。食べてみろ」取り名人が笑みを浮かべた。


 三人はスプーンを握り、一斉に口へ運んだ。


「うっ……うめーー!」タケルが勢いよく叫ぶ。

「スパイスの辛味とボアの旨味が舌で踊ってる……!」サクラが頬を赤らめる。

「……これなら、食べマス⭐︎5確定だな。文句なし」アキラも真顔で頷いた。


 取り名人が横に座るガイを見た。

「みんな、こう言っておる。……ガイ、お前も食べてみないか」


「……ちっ。男は一度口にしたからにはやるしかねぇ」

 ガイはしぶしぶスプーンを取り、一口だけ口に運んだ。


――その瞬間、彼の表情がわずかに揺らぐ。

 だがガイはすぐに顔を伏せ、何も言わずにスプーンを置いた。


 その沈黙が、すべてを物語っていた。


――つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ