第28話 名人の息子たち
現実世界・秋葉原。
人でごった返す駅前広場は、
アイドルグループ「AKC46」の握手会に集まったファンで埋め尽くされていた。
「とりあえず会場に来てみたはいいけど……」
タケルがため息をつきながら人の波を見渡す。
「人数多すぎて分からんよな」
「取り名人に聞いた特徴を整理しよう」アキラが冷静に言う。
「名前はナイスさん、二十三歳。少しぽっちゃり。右腕に星型の大きなホクロがある」
「いやいや、さすがにこの人数を一人一人当たってたら、日が暮れるわ」タケルが首を振る。
「長男は……諦める?」サクラが小声で尋ねた、そのときだった。
前方の受付で、ひときわ大きな声が響いた。
「なんでCD百枚も買ったのに、一分半しか話せないんだ!? 前回は五分ぐらいあっただろ!」
机をドンッと叩いて抗議する男性。その右腕には、はっきりと星型のホクロが浮かんでいた。
「いたー! ナイスさんだ!」
三人は同時に声を揃えた。
男性――ナイスは振り返り、怪訝そうに眉をひそめた。
「ん? 俺を呼んだか?」
「スパイスボアの件で、手伝ってほしいんです!」サクラが一歩前に出る。
しかしナイスは苦笑し、肩をすくめた。
「それは親父の仕事だろ。俺も少しは手伝ったことあるけど……あれは無理だ。弟のガイを頼ってくれ」
「ガイ……」アキラが呟く。
ナイスは視線を会場へ戻し、財布を取り出すとさらりと言った。
「仕方ない。サッチーのためにもう百枚追加購入だ。じゃあな」
その背中は、アイドル一筋の熱量に満ちていた。
アキラは静かに息を吐き、小さくつぶやいた。
「兄は現実を選んだ……。でも弟は、まだミラリアに残ってる。――希望は、そこにある」
――
ナイスと別れたあと、三人はギルドへ戻り、まずはガロスに報告した。
「取り名人に会ってきました。条件として“息子のどちらかを説得できれば技を託す”と約束をとりつけました。ですが……長男のナイスさんは現実界のアイドル熱でダメでした。次男のガイさんを探しているのですが、ご存じありませんか?」アキラが一歩前に出て話す。
ガロスは腕を組み、苦い表情を浮かべた。
「やつなら町外れの酒場に入り浸っているぜ。……昔は親父の後ろをついて回って、罠の結び方まで必死で真似してたんだ。“真面目のガイ”って呼ばれてたぐらいにな」
「真面目だった人が……どうして」サクラは驚いたように目を見開く。
「何がやつを変えたのかは分からん」ガロスは遠い目をした。
「だが、今は“堕落のガイ”と呼ばれている。説得が上手くいくといいな。……がんばれよ」
タケルは拳を握り、力強くうなずいた。
「よし、次はその酒場だ!」
――
三人は町外れにある古びた酒場へと足を踏み入れた。
夜でもないのに、店内には酒の匂いと笑い声が充満している。
その一角――木のテーブルに突っ伏し、赤ら顔で寝ている若い男の姿があった。
周囲の客がひそひそとささやく。
「借金まみれのクズだろ、ありゃ」
「あれが取り名人の息子かよ。情けねぇな」
「……あれが?」サクラが小声でつぶやく。
「間違いねぇな」アキラがうなずく。
タケルが我慢できずに声を張り上げた。
「おい! ガイってやつだろ! 起きろ! 俺らはスパイスボアを捕まえるんだ!」
男はうつろな目を開け、じろりとタケルを見た。
「……誰がおっさんだ……俺はまだ二十だぞ」
「え? おっさんなんて言ってないけど」タケルが目を丸くする。
「言ったに決まってる! 俺の耳はごまかせねぇんだ!」
酒臭い息を吐きながら、男――ガイはふらりと身を起こした。
「俺にかまうな。カレーなんざ死ぬほど嫌いなんだよ」
「嫌い?」サクラが眉を寄せる。
アキラが真剣な声で告げた。
「お父さんは……あなたに技を継いでほしいと思っている。俺たちも、そのために来たんだ」
その言葉に、ガイの目が一瞬だけ揺れた。だがすぐにそっぽを向き、乱暴に酒をあおる。
「親父の凄技なんざ、真似できねぇよ。俺は“堕落のガイ”なんだ。期待なんてすんな。カレーのための技法なんかに、人生使いたくない」
タケルは食ってかかるように眉をひそめた。
「なんでそんなにカレー嫌うんだよ。美味しいじゃねーか」
「えっ、そっち聞くの?」サクラが呆れ声を漏らす。
ガイはグラスを机に叩きつけるように置き、低く唸った。
「良く聞けよ、ガキ。俺は……ニンジンが死ぬほど嫌いなんだ。カレーに入れたら“嫌いなニンジンをごまかせるだろ”って、小さい頃から無理やり食べさせられてな。それから、カレーってやつ全部が嫌いになったんだよ」
サクラは冷ややかに肩をすくめた。
「……お子ちゃま理由?」
タケルは身を乗り出して追撃する。
「じゃあさ、スパイスボア入りのカレーは食べたことあるのかよ」
ガイはむきになって叫んだ。
「ないよ! カレーなんざ、どれも一緒だろ! 絶対に食わねぇ!」
ガイはグラスをあおり、乱暴にテーブルへ置いた。
「いいか。俺はやらねぇって、親父に直接言ったんだ。親父はまだ息子を信じてるみたいだが、俺がまたハッキリ否定すりゃ、いい加減諦めるだろう。……だから諦めろ」
サクラが真剣な眼差しで言葉を返す。
「でも……お父さんは、本当にあなたに継いでほしいと願ってる。諦めきれないのよ」
ガイはしばし黙り込み、口をへの字に曲げると、深いため息をついた。
「……親父がどこにいるかなんざ、俺は知らねぇ。けど、そこまでなら付き合ってやる。連れて行け」
「えっ、一緒に来るってことか?」タケルが目を丸くする。
「勘違いすんな。俺はやらねぇって直接親父に言うためだ。……それで終わりだ」
そう吐き捨てるように言いながらも、その瞳の奥にはほんのわずかな揺らぎが見えた。
アキラが静かにうなずく。
「分かった。じゃあ、一緒に行こう」
こうして、堕落のガイは渋々ながら三人と行動を共にすることになった。
だがその背中には、どこか吹っ切れない迷いが漂っていた。
こうして四人目の同行者を迎えた一行は、名人の小屋を目指すことになる。
――しかし“堕落のガイ”が、この先どんな役割を果たすのかは、まだ誰にも分からなかった。
――つづく。




