第26話 スパイスボア捕獲作戦
ガロス「今回呼んだのは、特別な依頼のためだ」
テーブルの横には、一人の料理人が座っていた。エプロン姿で、どこかスパイスの香りを漂わせている――街のカレー屋「福ちゃん」だ。
「おーっす! 君らが噂の若手冒険者っすね」
「え? カレー屋の兄ちゃん?」タケルが目を丸くする。
「どうしてギルドに?」サクラも首をかしげた。
アキラはただならぬ気配を察し、背筋を伸ばす。
福ちゃんは真剣な顔に切り替える。
「ブロルホーンがいなくなって、山が落ち着いてきたっす。そこで……スパイスボアの目撃情報が戻ってきたんすよ!」
「スパイスボア?」三人が同時に声を揃える。
福ちゃんは力強くうなずいた。
「そうっす! 肉そのものに香辛料の風味を宿す、料理人にとっては宝のミラモンっす! 今までは“取り名人”が捕まえてくれてたんすけど……」
ガロスが補足するようにうなずく。
「その名人が廃業してな。年齢的にもう限界だと言って、どこかへ去ってしまったのだ」
「つまり、今は仕入れができないと」サクラが冷静に言う。
福ちゃんは悔しげに拳を握った。
「そうっす……。スパイスボアの肉は、うちの看板カレーに欠かせないんす。このままじゃ店も続けられない。だから、君たちに捕まえてきてほしいんす!」
「なんで俺たちに?」アキラが問い返す。
ガロスが腕を組む。
「お前たちは“ブロルホーンの特殊討伐部隊”として名を上げた。福ちゃんが、どうしてもお前たちに頼みたいと言ってきたのだ」
福ちゃんは勢いよく頭を下げる。
「討伐じゃなくていいっす! 生け捕りで頼むっす!」
ガロス「指名依頼だから報酬も通常より多いぞ。……どうだ、やってくれるか?」
三人は顔を見合わせる。
「スパイスボア捕獲か……なんか面白そうだな!」タケルが笑う。
「簡単にはいかないでしょうけど……挑戦する価値はありそうね」サクラも頷く。
アキラは静かにうなずいた。
「分かりました。俺たちが引き受けます」
福ちゃんの目が輝く。
「助かるっす! カレーは世界を救うっす! 絶対に、店を立て直してみせるっすから!」
ガロス「よし! そう言ってくれると思っていた」
こうして、次なる依頼――スパイスボア捕獲作戦が幕を開ける。
⸻
数日後。
アキラたちは山奥へと足を踏み入れていた。
緑濃い森の中には、どこかスパイシーな香りを帯びた風が流れ、確かに“あの獣”が戻ってきた気配があった。
「……いたぞ! あれがスパイスボアだ!」タケルが声をひそめる。
木々の影から姿を現したのは、丸々と太った猪のようなミラモン。鼻先からは香辛料のような香りが漂い、その肉体そのものが料理人にとっての宝だと直感できる。
「でも、近づきすぎないで。臆病な性質って聞いたでしょう?」サクラが冷静に言う。
だがその直後――「ブモォォッ!」
短い鳴き声とともに、群れは一斉に駆け出した。
「うそだろ!? もう逃げたのかよ!」タケルが目を剥く。
「……気配に敏感すぎる。ミラモンを出そうとしただけで察知されてるな」アキラが唇を噛む。
「これじゃ、追いかけるどころじゃないわね」サクラもうなずいた。
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それからも彼らは、あらゆる方法を試した。
「よし、巨大な落とし穴作戦だ!」タケルは張り切って穴を掘り、枝や枯れ葉でカモフラージュする。
「これで完璧! あとは呼び込むだけだ!」
そこへ、群れからはぐれた子スパイスボアがひょこっと姿を現した。
「よし来た!」タケルは一気にダッシュ。
驚いた子スパイスボアは、罠の方向へ必死に逃げ出す。
「このまま罠まで一直線だ!」
だが、子スパイスボアは罠の直前でぴたりと止まり――タケルが飛びかかった瞬間、軽々と大ジャンプ!
「えっ、うそっ……ちょ、待っ……!」
そのままタケルが落ちたのは――自分で仕掛けた落とし穴。
「ぎゃあああ! 誰かー助けてー!」
木陰から見ていたサクラが呆れ顔でため息をつく。
「……ほんとに自分で引っかかるなんて」
アキラも頭を抱えた。
「ミイラ取りがミイラになったな」
⸻
罠を仕掛け、食べ物でおびき寄せ、風向きを利用して近づこうとする。
だが、そのどれもが失敗に終わった。スパイスボアは人の気配を察した瞬間、影のように森へ消えてしまうのだ。
「一日中やって、かすりもしねぇ……!」タケルが膝に手をついて息を切らす。
「臆病すぎる……普通の捕獲方法じゃ絶対に無理」サクラが首を振る。
アキラは拳を握りしめた。
「……これじゃ依頼を果たせない」
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数日後、ギルドに戻った三人は、ガロスと福ちゃんに報告を行った。
「すみません……私たちには捕まえられませんでした」サクラが正直に切り出す。
「姿は何度も見たけど、全部逃げられちまったんだ」タケルが悔しそうに頭をかく。
アキラも苦い顔をした。
「俺たちのやり方じゃ、どうしても無理です」
福ちゃんはしばし黙り込み、やがて深くうなずいた。
「……やっぱりっすね。だから今までは“取り名人”に頼んでたんすよ」
ガロスも腕を組み、真剣な声で言った。
「つまり、名人の腕がなければ捕獲は不可能ということか」
福ちゃんは強い目で三人を見た。
「そうっす! あの人の捕獲技術がなければ、スパイスボアは絶対に手に入らないっす! でも……名人は廃業して、行方知れず。だから――探し出して、もう一度力を貸してもらうしかないっすよ」
「なるほど……俺たちでその名人を探し出すんだな」アキラがうなずく。
「名人が協力してくれれば、きっと道は開けるはず」サクラが微笑む。
「よーし! 次は“取り名人探し”の冒険だな!」タケルが拳を突き上げる。
こうして、スパイスボア捕獲作戦は新たな段階へと進むことになる。
――つづく。




