第20話 千年竜の咆哮
防壁の上の青年の姿に、住民たちは息を呑んだ。
天城家の長男――レオン。青空を覆う影とともに現れたその存在は、ただそこに立つだけで場の空気を一変させる。
「見て、レオン様だ!」
「キャーッ、本物よ!」
「新人じゃない、あれは……天城レオン!」
誰かが叫ぶと、周囲はざわめきに包まれた。
「あの人、試練の階層トップ10ランカーの……!」
「10代で最年少記録を打ち立てたって聞いたぞ!」
「月刊モンマスで特集されてた、あのレオン様だ!」
黄色い声とどよめきが戦場を揺らす。
レオンは、防壁の上で片手を掲げた。
「アクセス・オープン――展開」
モンマスが二重に光を放ち、目の前に二つの画面が浮かび上がる。
片側にはタブレット状のステータス、もう片側にはバインダー型のカードページ。
二重の光陣が空に重なり合い、戦場全体を照らした。
その光に包まれながら、レオンは防壁から静かに飛び降りる。
地に足をつけるごとに、大気が震え、空気そのものが張りつめていく。
次の瞬間、天地を揺るがす咆哮が轟いた。
「出てこい――千年竜!」
翼を広げた伝説の竜が現れた。
その影は町全体をすっぽりと覆い、昼間だというのに薄暗くなるほど。防壁の上にも影が落ち、住民たちは思わず空を仰いだ。
圧倒的な威圧感に、ブロルホーンの巨体がびくりと震える。
防壁を破ってまで暴れ続けたはずの巨獣が、いまや怯えた獣のように後ずさっていた。
「に、逃げるのか……!?」
第2前線の新人たちが息を呑む。
巨獣の視線の先は地上ではなかった。
青空を覆う巨大な影――竜の背に、いつの間にかレオンが立っていたのだ。
彼はカードを一枚、指先でつまみ上げると宙に放った。
バインダーから閃光がほとばしり、空に巨大な紋章が描かれる。
「《クロノ・ロア》」
その名の通り、時を縛る力だ。
ブロルホーンは逃げようと大きく跳躍した――だが、宙に浮いたまま四肢が硬直する。
跳ね飛んだ瓦礫、舞い上がった砂塵さえも、空中で凍りついたように動きを失った。
住民たちは息を吸い込んだまま、言葉を忘れて固まっている。
「止まった……!?」
「な、なんだこれ……!」
住民や第2前線部隊がざわめく。
時が凍りついた戦場で、レオンの声が響いた。
「終わりだ――《インフェルノ・ロード》」
千年竜が咆哮し、炎と大地を混じえた奔流を吐き出す。
硬直した巨獣を包み込むそれは、町全体を揺らすほどの熱と衝撃を生み、甲殻が爆ぜて大きな裂け目が走った。
ブロルホーンの悲鳴が響き、焦げた臭いが風に乗って町を覆う。
次の瞬間、時が解き放たれる。
耳を裂く轟音とともに、ブロルホーンは地面へ叩きつけられ、炎に焼かれた巨体が黒煙を上げながら横たわった。
「……し、仕留めた……!?」
「すごい……あんな巨獣を一撃で……!」
一瞬の静寂ののち、爆発するように歓声が広がった。
「レオン様、サイコー!」
「やったぞー!」
「うおおおおおっ!」
タケルたちも思わず声を漏らす。
「す、すごい……」タケルが拳を握る。
「マジかよ……」アキラが絶句する。
「やったね……!」サクラの顔がぱっと明るくなった。
〈ピコン!〉
モンマスが無機質な音声を響かせる。
【完全に出番がありませんでした】
「うるさい!」タケルが即座に突っ込む。
防壁の上も、町中も、拍手と叫びで揺れる。
絶望の空気は一変し、町は歓喜に包まれていった。
◇ ◇ ◇
熱狂の渦の中、レオンの低い声が響いた。
「……ふう。やれやれ、何とか間に合ったようだ」
千年竜の背から降り立つと、瓦礫の中に立つヒカルのもとへ歩み寄る。
軽く笑いながらも、その瞳は鋭い。
「父上が、話があるって言ってたぞ。伝言は伝えたから、早く帰れよ。ちなみに――」
言葉を区切り、兄の声がさらに低くなる。
「天城家がすごいのは、お前じゃない。俺だ」
容赦ない言葉に、ヒカルは歯を食いしばる。
「……肝に銘じます、兄さん」
そのやりとりを見届け、ギルド長ガロスが慌てて駆け寄った。
「レオン殿……町を救っていただき、本当に感謝します!」
だがレオンは片手を振って、気さくに笑った。
「ガロスさん、気にしないでくださいよ。最初の頃はいろいろ世話になったじゃないですか」
その気取らない態度に、場の空気がさらに和らぐ。
◇ ◇ ◇
町は歓声に包まれていた。
倒れ伏したブロルホーンの黒焦げの巨体を見て、人々は涙を流し、互いに抱き合い、勝利を喜んだ。
だが、その喜びは長く続かなかった。
空がゆっくりと陰り始めた。
先ほどまでの青空が、黒い雲に覆われるように暗く沈んでいく。
風が止まり、空気が重くなる。
「……何だ……?」
住民たちの声が震える。
次の瞬間。
倒れたブロルホーンの巨体が、じわりと闇に飲み込まれ始めた。
黒い影が地を這い、触れたものを無音で呑み込んでいく。
建物の瓦礫さえも、影に触れた途端、跡形もなく消えていった。
「な、何だあれは……!」
「ブロルホーンが……喰われてる……!?」
姿を現したのは、底知れぬ闇の怪物。
影を喰らう存在――《影喰らい》。
「全員、下がれ!」
レオンの声が一喝する。
炎を纏った千年竜ですら、その影を前にして低く唸った。
ヒカルは息を呑む。
(兄さんの竜が……警戒している……!?)
張りつめた緊張の中、不穏な影が町を覆っていった――。
――つづく。




