第18話 巨獣、ブロルホーン
森の奥から、不気味な地鳴りが広がった。
木々がなぎ倒され、土煙が舞い上がる。
「……来たぞ」
ギルド長ガロスの声が低く震える。
やがて姿を現したのは、岩のような甲殻に覆われた巨体。
額から突き出した二本の角は稲妻のように鋭く、咆哮ひとつで大地が揺れた。
「ブロルホーン……!」
住民たちが絶望の声を漏らす。
その突進ひとつで町を粉砕しかねない――去年の悪夢が、誰の胸にもよみがえっていた。
◇ ◇ ◇
「せーの! 引けッ!」
防壁の外、正門前広場。
第一前線部隊の新人たちが、ネットに繋がれた制御用の縄を一斉に引いた。
だが掛け声が合わず、左右で動きがずれる。
手が震えて結びが甘くなる者。足をもつれさせ、転んでしまう者もいた。
「落ち着け!」「もっと引け!」
必死の声が飛び交う。
防壁の上から住民たちも叫ぶ。
「去年の惨劇を……また繰り返すのか……!」
「頼む、持ちこたえてくれ……!」
ぎこちない連携の末、どうにか巨大ネットが張られる。
ブロルホーンの足が一瞬止まり、ざわめきが広がった。
「やったか……!?」
しかし次の瞬間、縄がミシミシと悲鳴を上げる。
「……何とか持ち堪えてくれ……! 今、崩れられたら……」
ガロスの額に汗がにじんだ。
◇ ◇ ◇
「いくぞッ!」
防壁の外、第一前線のすぐ背後から特殊討伐部隊が出撃した。
先陣を切ったのは、天城ヒカルだった。
モンマスを掲げると、赤き小竜――ドラゴレッドが現れる。
「アクセス――ドラゴレッド!」
咆哮とともに灼熱の炎を吐き出し、ブロルホーンを直撃させた。
防壁の上に詰めかけた住民たちから歓声が沸き起こる。
「やっぱり救世主だ!」
「リリーフェア、出て!」
サクラが花の妖精を呼び出し、光の花びらで仲間を援護する。
「クロウルガー、行け」
アキラは冷静に指示を飛ばす。
「関節部が甘い、狙え!」
「……モチ、頼む!」
タケルが叫ぶと、ぷるぷるとしたスライムが前に出た。
一瞬だけ突進の衝撃を吸収したが、次の瞬間には弾き飛ばされる。
「くそっ……俺の一撃じゃ……!」
タケルの悔しさが噛み締められる。
◇ ◇ ◇
その時、ネットが切れた。
「まずい……!」
ブロルホーンが暴走し、タケルへと突進してくる。
「タケルッ!」
サクラの叫びが響く。
「ここで証明するんだ!」
ユウマが飛び出した。
モンマスを掲げ、土色の光を走らせる。
「アクセス――リトルゴーレム!」
小さなゴーレムが地面に立ち、巨獣の突進を受け止める。
一瞬だけ、確かに押し返した。
(現実じゃ兄に勝てたことなんてなかった……でも、この世界なら……!)
しかし次の瞬間、ゴーレムは粉砕され、ユウマの体も直撃を受ける。
◇ ◇ ◇
「ユウマッ!?」
彼の体が光に包まれ、粒子となって消え始めた。
「タケル……頼んだぞ……!」
その声を最後に、ユウマは強制送還されていく。
「嘘だろ……一緒に頑張ろうって言ったのに……!」
サクラは涙を浮かべ、掴みかけた手が虚しく空を切った。
「……これが、この世界の現実だ」
アキラは拳を握りしめた。
「消えた……?」「そんなにダメージを……?」
防壁の上から住民たちのざわめきが広がる。
◇ ◇ ◇
「俺が……守れなかった……!」
タケルは奥歯を噛みしめ、拳を震わせた。
ヒカルは冷笑する。
「だから言ったろ、足を引っ張るってな」
タケルの胸に、熱い火が灯る。
(……絶対に負けられない!)
◇ ◇ ◇
砕け散ったリトルゴーレムの残骸が砂となり、ブロルホーンの足元にまとわりつく。
巨獣は苛立つように脚を振り払い、鈍い唸りを上げた。
「……ユウマの……足止め……!」
タケルが歯を食いしばる。
「やつの動きが止まっている今がチャンスだ!」
ヒカルが叫び、ドラゴレッドに合図を送る。
「全力で叩け! ユウマを無駄にするな!」
その号令に、第一前線部隊と特殊討伐部隊が一斉に動いた。
炎の奔流、鋭い爪撃、衝撃波――無数の攻撃が束になって巨獣を叩きつける。
一瞬、確かにブロルホーンの巨体が押し込まれ、地鳴りのような衝撃が大地を揺らした。
「……やったか……!?」
誰かが息を呑むように声を漏らす。
◇ ◇ ◇
その瞬間、ブロルホーンが怒り狂ったように咆哮する。
二本の角から雷が枝分かれし、地面を裂いていく。
「……待て。去年にはなかった動きだ……!」
ガロスの表情がこわばる。
巨獣が進化めいた光を放ちながら、町へと迫っていく――。
――つづく。




