第17話 迫り来る巨影
広間に、重苦しい沈黙が落ちた。
やがて、扉の向こうから――靴音が規則正しく近づいてくる。
一歩、また一歩。
その音が響くたびに、場の空気は張り詰めていく。
ごくり、と誰かが喉を鳴らした。
そして――。
扉が勢いよく開かれる。
差し込む光の中を、一人の少年が堂々と歩み出た。
漆黒のマントを翻し、口元には自信に満ちた笑み。
◇◇◇
「――彼こそ、この町の救世主です!」
秘書の声が広間を震わせる。
「天城家の御曹司、ヒカル様。今年の始星祭でモンマスAランクと認められた逸材です!」
どよめきが爆発した。
「Aランク!?」
「新人で!?」
「しかも天城家の……!」
冒険者たちの視線は、一斉にヒカルに釘付けとなる。
「町の人々よ、安心するがいい」
ヒカルは片手を掲げ、朗々と宣言する。
「この俺、天城ヒカルがいる限り、ブロルホーンごときに町は指一本触れられん!」
その一言で、広間は歓声に包まれる。
ガロスは深くうなずき、低く告げた。
「……救世主だ」
しかしタケルは、その背中を見つめながら拳を震わせていた。
(……こいつ、本当に救世主なのか?)
◇◇◇
「ヒカル、特殊討伐部隊を任せたい。やってくれるか」
ガロスが真剣な眼差しで告げる。
「おれ様なら余裕っす」
ヒカルは自信満々に答える。
「ありがとう。もし希望があるなら、新人から気になる者を選んで構わない」
ヒカルはわざと考える素振りを見せ、にやりと笑った。
「同じクラスで連携も取りやすいので――タケル、サクラ、アキラを」
さらに、一人の少年に視線を向け、指を差す。
「それから……君だ。同郷の縁もあるしな」
名を呼ばれた少年――ユウマが、驚きに目を見開く。
「は、はいっ! ヒカルさんに指名してもらえるなんて光栄です! 全力で頑張ります!」
その声は震えていたが、誇らしげでもあった。
周囲から「同郷か……」「羨ましい」と小さなざわめきが広がる。
拍手が広がる中、ヒカルはタケルにだけ耳打ちした。
「……お前のアホぶりを見るのが楽しみで仕方ねーよ」
タケルの胸に熱い怒りが込み上げる。
◇◇◇
「同じチームだなんて、心強いね!」
サクラは無邪気に喜び、目を輝かせる。
「……強すぎる者と組むのは、必ずしも得策じゃない」
アキラは冷静に現実を見据えた。
(俺だって負けてられねぇ!)
タケルは悔しさを胸に、強く拳を握りしめる。
◇◇◇
場の熱が冷めないうちに、ガロスが声を張った。
「諸君、作戦を説明する!」
「敵は――ブロルホーン。
一年前、この町を壊滅寸前に追いやった巨獣だ」
当時の惨状が語られると、空気が一変する。
「突進の威力は凄まじい。だから、今回は――この巨大ネットを使う」
ガロスの言葉を合図に、秘書のナミが一歩前に出た。
彼女が手を振ると、奥の扉が開き、数人がかりで運び込まれたのは、
太く編まれた、丸められた巨大なネットだった。
広間がざわつく。
ガロスはそれを一瞥しただけで、話を続ける。
「これでやつの速度を奪う。
止まった瞬間を、特殊部隊が叩く!
後方部隊は補助と住民避難、補強班は物資を届けよ!」
その説明の最中――
前線に立つ新人の一人が、小声でつぶやいた。
「……この縄、古くて切れやすそうだな」
アキラが目を細める。
「補強しても時間の問題かもしれない」
ガロスは一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに押し切った。
「――今はそれしかない。信じて進め!」
不安の種が、静かに場に残された。
◇◇◇
正門前では、前線部隊が慌ただしく動いていた。
太縄を杭に通し、巨大な滑車を回して、ネットの位置を固定していく。
――過去の被害を教訓に、あらかじめ用意されていた防衛設備だ。
「急げ! 時間がないぞ!」
「固定を確認しろ! 張り具合はどうだ!」
怒号にも似た掛け声が飛び交い、若い冒険者たちは必死に装置を点検していく。
掛け声が飛び交う中、ユウマがタケルの隣に立った。
「……改めて自己紹介するよ。俺はユウマ。ヒカルさんと同じ町から来たんだ。だから君たちとも同郷になるかな」
「えっ、同じ町? でも知らなかったよ」
サクラが首をかしげる。
「……俺も見たことない」
アキラが小声でつぶやく。
小さな手で縄をぎゅっと握りしめながら、ユウマは少し俯いた。
「現実じゃ、兄貴に勝てたことなんて一度もなくてさ……。でも、このミラリアなら、俺でも強くなれる気がする。だから――ここで証明したい。たとえ、この身を張ってでも」
「そっか……じゃあ、一緒に頑張ろう!」
サクラがにっこり笑って返す。
「……その気持ちは大事だ。でも、命を張る場所だってことは忘れるな」
アキラは真剣な眼差しで言った。
「お前らはせいぜい足を引っ張るなよ」
ヒカルが腕を組み、にやりと笑う。
「仕留めるのは、この俺様なんだからな」
タケルは胸の奥にじりじりとした焦燥を覚えながら、森の方へ目を向けた。
そのとき。
森の奥から、不気味な地鳴りが広がる。
地面にヒビが走り、井戸の水が跳ね上がった。
鳥が群れをなして飛び立ち、小動物や低ランクのミラモンが一斉に逃げてくる。
空気そのものが震え、低く響く咆哮が町を包み込む。
「……来たぞ」
ガロスの声が震える。
「ブロルホーンだ!」
巨大な影が、ゆっくりと町の方へ姿を現し始めた――。
(あんなのに……本当に、勝てるのか……!?)
――つづく。




