表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

第9話 監獄の楽園


 何度も、何度も岩を砕いては、四角形に、三角形に、多角形に——石畳の隙間にぴったり合う形に整え、注文通り割ってみせた。


 まるで玩具の積み木のように軽々と——などとは、いかないのが現実で。



 普段なら気にも留めない岩の割れ方の癖を探り、悪戦苦闘の末にようやくですわ。


 でも終盤にはコツも掴んでくるもので、それを見ていたアランは、要求を次々と増やしてきた。


 「巨木を根から引き抜け」だの、「石畳を敷くための穴を掘れ」だの、「地面を均して整地しろ」だのと……。


 やいやい文句を言いながら手を動かし続けた結果——久しぶりに魔力切れを起こしてしまった。


 疲れ果てて、柔らかい草地の木陰にぐったりと腰を下ろし、ぜぇぜぇと乱れた息を整えながら汗を拭う。



「流石ですね。注文通りのカット、リスクもロスも最低限、魔力消費も抑えておりました」


「……あら、そう」


 隣に立っていたアランは、わたくしの魔力の総量と消費率でも測っていたのでしょう。


 記録を紙に書き付けながら、次はどう活用してやろうかと思案し、顔は見なくても、ニタニタ笑っているのが目に浮かぶ。


 休憩している間にも、砕いた岩も、引き抜いた巨木も、魔族たちがせっせと運んでいる。


 崖の巨石をどかすついでに石材にし、掘った穴を道に。

 均した平地で資材を運び入れ作業をし、抜いた巨木を建材に。


 そのついでに能力テスト——。


 いやらしいほど合理的な男。


 わたくしの魔術を何だと思っているのかしら。

 まあ、考えるまでもなく、本当に労働力と思っているのでしょうね。



「おや?」


 アランの声に顔を上げると、一人の魔族の男が近付いてくるのが見えた。

 角の生えた屈強な彼は、大きな木製のカップをおずおずと、わたくしに差し出してくる。


 受け取ってみると、甘酸っぱい香りの赤い液体があった。


「……木苺」


 たった一言、それだけ言うと、彼は所在なさげにキョロキョロと周囲を見渡し、やがてそそくさと他の魔族たちの方に去って行った。


 一口飲むと、言われた通り、冷たい木苺のジュースだった。

 砂糖も使われていて、美味しい。


「ありがとう!」


 隠れて様子をうかがっている彼に手を振ると、困ったように笑って手を振り返した。


 懐かしい。

 子供の頃、庭の手入れをされていない一角で、隠れて木苺を探し、腹を満たしていた。


 苦い思い出だけれども、それも上から塗り潰されるよう——。



「本当に、人間と変わらないのね」


「普通の人間なら受け取らないし、警戒もせず飲んだりはしませんよ」


 アランが呆れた声で言う。

 毒かもしれない——そう疑って口を付けないのが“普通”なのでしょう。


 それが魔族から手渡される物に対する反応だと、知らないわけではありませんわ。


 ただ、あまりにも自分が——どうでもいいと思ってしまっているから、仕方がない。


「いいじゃない、そんな人間がいても。疲れた時に、こんな美味しい飲み物で労ってくれるなんて、気が利くわ。貴方と違って」


 魔族の男たちに比べれば、ずっと小柄なわたくしには、渡されたカップは大きすぎて、いくら飲んでも減った気がしない。


「歓迎されていて良かったです」


「きっと向こうも、わたくしが恐かったでしょうね」

「まあ、だから友好的と示すために、石材加工の労働をさせたんですが」


 ——そうだったのね。


 突然、爆破魔法を使えと催促され、それに従ったとはいえ——攻撃と勘違いされないかと肝を冷やしていたのに。


 この男は……。


 共同作業をさせて、仲間意識を持たせようとしていたと。


「そこまで思惑があったのね、貴方」


 はあ、と息を一つ吐く。



 少し落ち着いたから周囲を見渡した。


 魔族たちが石材を運ぶ姿は、どこか楽しそう。

 本当に、自分たちのためにやっているのだと分かるわ。


 完成したら祭りでも開くのかしら。

 この道に屋台を並べて、朝市をするのかしら。

 道沿いに家や店が建ち並ぶのかしら。


 そんな風に心を浮かせながら、汗をかいているように想像してしまうほど、彼らには活気がある。


「魔族は発展を望んでいるのね。人間の文明を持ち込んだら拒絶されると思っていたわ。歓迎されるなんて考えてもなかった」



「ああ、今は“外”に興味を持った者だけを集めていますから。

 ……まずはアリカ嬢がどんな人間か窺がっている感じですかね。

 事前に貴女が来ることを説明した限りでは、人間に不信感はあっても、大半は参加に好意的でしたね。

 もともと島民が減って、不安を抱えていたので」



 アランは、作業する魔族たちを見詰めながら、静かに微笑んでいた。


  彼は彼で、街の設計とまとめ指示役という、大仕事を進めている。


 力仕事はしていないけど、見ていれば話し合いをまとめ説明し、関わる村人たちの全員が納得する街造りを全体から見て指示する。


 彼は現状把握の視野の広さと対人スキルとを、常に使い続けているわけだ。


 これも疲れる仕事のはず。


 図々しく隣に座った彼が見るのは、建物が立ち並び豊かになる街の姿なのだろう。


 そして、そんな遠くを見られる彼らが、わたくしは羨ましい……。



「……ここは“楽園”のようだわ」


 ぽつりと零したわたくしの呟きに、アランは首を傾げた。


「貴族令嬢らしくないですね。ここは“監獄”ですよ」


 以前にも「令嬢らしからぬ」と言われたのが過る——。

 でも、これも、そういう意味じゃなくて、純粋な疑問から出た言葉なのだと分かる。



「貴族なんて、親の爵位、親も先祖の爵位を借りているだけよ。

 その威厳を子供に押し付けてばかりで、わたくし自身を受け入れることなんてないわ。

 あるままで居ることを拒絶する。好きなものを“異端”と呼び、魔術を使うだけで叱られる……。

 そっちの方が、“監獄”に相応しいでしょ?」



 それに比べたら、ここはずっと、楽園に近い。


 魔女であることが許され、魔術を使うことも日常の風景なのだから。


「それは理解できますね。魔族の間でも、長く生きすぎたり、特異な者は、“別の生き物”のように扱われることもありますから」


「魔族も似たようなものなのね。王都を吹き飛ばしてしまえばスカッとするでしょうに」


「そこまではしませんよ」


 苦笑するアランは、冗談だと思っているのでしょね。

 そりゃあ、“普通”はそうでしょう。


「わたくしは何度も思ったわ。“こんな世界滅んでしまえばいいのに”って」


「その破壊衝動は、できれば開拓に使ってください。まだまだ整備したい土地は山ほどありますので」


 この力を——魔術を、そんな風に考えるなんて、思いもしなかった。


 危険なものとして恐れられ、使うことを禁じられ、何のためにあるのか分からなくなるほど、ただ好きでいることも難しかった。


 だから、反抗するしかなかったのに——それをこんな風に使える時が来るなんて。


「とても建設的な魔族ね」


「とても破壊的な伯爵令嬢には敵いません」


 魔力の使いすぎと、平和でのどかな空気に、眠くてあくびが出る。


 あんなに憎んで壊してしまいたかった世界から、海を越えただけなのに。


 ほんの少し離れただけで、こんなにも心が穏やかになるなんて……。



「そういえばアラン、クラウス様は、眠られていないの……?目の下の隈も酷いし、痩せられておられるから……」


 アランは、ほんの一瞬の間を置いた。


「……クラウス様は、眠りを失っておいでです。十三年前から。ご自身で睡眠薬を調合されていた時もありましたが……」


「何か原因があるの?」


「……俺から言うべきではないでしょう」


 深い事情があるのだと。

 アランはそれを知っていて逡巡しているのだろう。


 彼が魔族であると知った時から、見た目の年齢で判断することは不可能だと気付いてはいた。

 おそらくクラウス様に長く……この島に来る前から仕えている。


 そして、知っているからこそ言えないと拒むのなら、これ以上は訊かない方が良い。


 いずれ分かることもあるでしょう……。

 だってこれからは、この島の住民として生きていくと決めたのだから——。




 ——けれども、この時のわたくしは、まだ知らなかった。

 この穏やかなキャリバン島の外で——


 ギルデン王国とローゼンクランツ王国の新聞が、“リンドグレン伯爵令嬢”の名で一面を埋め尽くし、世間を賑わせていたことを。


 そして——

 その嵐が、海を越えて、この島にも迫りつつあることを——。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ