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第8話 魔族


 アランに連れられて、初めて島民の魔族と対面するために、島の奥へと足を踏み入れた。


 クラウス様から許可を得たことを伝えて頼んだところ、少し苦笑して、翌日に予定を組んでくれた。


 様子から見る限り、もっと後に案内する予定だったのだろう。


 なのに、わたくしの好奇心に押し切られた形だと、無理を通した自覚もありますわ。



 城から延びる石畳が途切れた先。


 雑木林を抜け、開けた場所に出ると、夏も近い日差しの下で、魔族の男たちが岩を運んでいた。


 魔術で宙に浮かせて運ぶ者もいれば、素手で担ぐ者、荷車を引いて運搬する者もいる。


 それぞれのやり方で働いているが、明確に目的を持って作業している。


 わたくしの姿が見えると、一瞬ギョッとした顔をこちらに向けたが、すぐ隣を歩くアランの姿を認めると、再び作業へと戻っていった。


 時折、視線は感じるが、それは敵意と言うよりも、伝説の珍獣が本当に現れた、とでも言いたげに騒めいて好奇心を向けている方が近い。



 彼らはこの島で生まれ育って、一度も人間など見ずに生活をしている。


 わたくしが魔族を珍しがった視線が、自分に返ってきたようなものですわ。


 平然と振る舞おうとしているが——正直、落ち着かない。


 それに、これほど多くの魔族を見るのも初めてで、その様子に目を奪われ、ついキョロキョロと観察してしまっている。


 彼らとわたくしに、大した違いなどありませんわ。



「この島には魔族の村がいくつもあって、ここはその中間地点。村を繋ぐ道を舗装し、市街地にする計画です」



 アランの声が、わたくしの思考の補足をするように説明する。


 確かに、これだけの魔族がいて、民家らしきものは辺りに見当たらない。


 目先の行動ではなく計画を持って、ここで労働に従事している。

 なら、その労働に見合うものが、彼らにはあるということ。



「最初は地道でしたよ。村ごとに新しい井戸を掘って、元々あった畑を広げて、肥料を作り、まずは生活を安定させる。

 信頼を得た頃を見計らって、共通の貨幣が無かったので作る。

 対価として税を徴収して、それで今は雇っています」



 正直なところ、侮っていたのかもしれませんわ。


 金銭の概念を持ってやり取りし、雇われて労働することが、すでに魔族の間に持ち込まれていると思っていなかったのだもの。


「発展しているのね。もう人間と何も変わらない」



「色々ありましたがね。彼らの魔力の使い方は、魔物を狩り、各村で弱い村人を守ったり……時には争う程度にしか使われてなかったので。

 だから俺が情報交換と目的の共有という形で、使い道を提案したんです。

 この島で強いものは互いの情報、そして同じ目的を持つことですから」



 ニタリと笑うアランは、相変わらず性格が悪い。


 だけど、言っていることは正しい。


 情報が無ければ、力を誇示して敵対しやすくなるもの。


 それを相手と共有し目的をすり合わせ、共通の目標に向かって動くようになれば、力の使い道は変わる。


 交流が進めば物流ができて、人が集まり、やがて町になる。


 人間の開拓史を聞いているような気分だわ。


「アランは魔族だけど、ここの出身じゃないの?彼らが貴方の意見を聞く道理は何?」



「さあ、どこで生まれたかは忘れてしまいましたねぇ。

 魔族は基本的に“強い者に従う”社会です。ただ、主は強さを誇示したがらないので。

 クラウス様の力を見せるのが手っ取り早いのですが……まあ、俺とは“分かり合えました”から、まとめ役みたいな立場になってますね」



「“分からせた”ってわけね」


 ニコニコ笑って「さあ?」とはぐらかす。

 もしそうなら、彼は存外に強い魔族なのかもしれない。


「ここに来てから、ずっと開拓をしてたの?」



「村同士の合意の下で、開拓を進めましたよ。

 俺が村長たちや島民の話をまとめ、彼らの意志に沿うかたちにクラウス様が方針を決める。

 ここまで十三年、クラウス様の名で進めてきましたので、“領主様”などと呼ばれています」



 皮肉気に笑うアランの声は強く誇るような語気をしている。


 魔族である彼が同胞の繁栄を喜んでいるのか、それともクラウス様の業績を誇っているのか——あるいは、その両方なのか。


「街が出来れば、親衛隊も作る予定です。クラウス様のための“国”として、王となられる日を待ち望んでいます」


「独立する気なの?ここ、ローゼンクランツ王国の領土でしょ?」


「あちらが捨てた土地なのですから、俺たちが有効活用しても文句はないでしょ。

 ……まあ、言うでしょうが。知ったことではありません」



 アランは飄々と言ってのけているけど、国家が民を支配するのではなく、民が秩序を維持するために国家という装置を構築するものだと、理解している。


 建国神話がどんなものであろうと、国家の始まりなど、得てしてそういうものですもの。


 ただ、国が長く栄えれば、それを忘れてしまうのかもしれない——。



 横目に見やれば、屈強な魔族の男たちが、汗水流して石畳を造っている。


 穴を掘る者、岩を腕に抱え支える者、隙間を埋める石を適した大きさに鎚とノミで割り整えていく者、そして魔術でもってそれを行う者。


 キンキンと響く金属音、ドスンと重く鈍い衝撃音、指示の声、詠唱の呪文。

 あらゆる音が、息づかいまで耳に伝わってくる。



「理想的だわ。魔術を当たり前に使える世界。魔術が特別なものじゃない世界」


「人間の都市では、魔術無しの人力ですよね?そちらの方が疑います」


 アランにとって魔術は、生まれつきに当然にあって使用するものなのだろう。


 魔族たちも強さの違いはあれど、日常にあって生活している。



「こんなにも良いものを隠してないと、平凡に生きられない世界がおかしいのよ」


 だから魔術を使う者を排除してまで築かれた人間の世界が、不自然に見える。

 それは、わたくしの感覚に近い。



 アランの話に耳を傾けながら、まだ完成していない道を見渡した。


 今、魔族たちが自らのために敷いているこの道を、わたくしたちも——魔術師たちも——同じように築き歩むことはできるのだろうか。




「ところで、アリカ嬢。得意な魔術は?」


 唐突な問いに面食らって、一瞬きょとんとした。


「大体の魔術師が教えるようなものは一通りできますわ。この島の結界をすべて解ける程度にはね。

 しいて得意を挙げるとしたら、土属性と爆破よ」


 そう言い終えるや否や、アランは遠慮など微塵もなく歯を出してニタリとした笑みに、ゾッと悪寒が走る。


 ……嫌な予感がするわ。



「それは便利ですね。素晴らしい。

 では、あそこの崖に引っ掛かっている大岩を、その爆破魔法で砕いて見せてください」



 指で示された先には、切り立つ断崖に、大雨でも降れば滑り落ちそうな巨石が、道を通す予定地に不安定に引っかかっていた。


 確かにあれは、落としてしまった方が安全なのは分かりますわ。


 分かりますけれども——。


「それはできるけど、待ちなさい。まさか、わたくしを、労働力として使うつもりですの?」



「ここは自治領ですから、貴族政はありません。平等に、労働力です。

 それに“ここで雇え”と言ったのは貴女ですよ。

 さあ、ドッカーンとやっちゃってください。

 下は避難済みですが、安全のため飛散しないように。

 まずは真っ二つに割ってから、運べるサイズに成形するので、細かく砕かないように」



「指示が細けぇですわ!」


 矢継ぎ早にまくし立てられ、もうやけくそと杖を振るう。


 一直線に放たれた閃光と破裂した火花が大岩を真っ二つに砕き、言われた通りに手加減したとは言え、轟音とともに落下した破片が地を揺らした。



 地響きが止むと、魔族たちの視線が一斉にわたくしに注がれ、水を打ったような静けさが場を満たす。


 そんな居心地の悪い中、ただ一人、アランだけが手を打ち鳴らして喝采し、愉快そうに笑っていた。




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