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第13話 使節団


 あまり良いとは言えない方法なのだけれど……

 人間とは違う容姿を持つマリーや使用人たちには、姿を見せないよう先に言い含めて、使節団を迎えに出る準備を整えた。


「では、お入り下さい」


 船へは魔術で移動するらしい。

 アランは空間を割き、黒い穴を開いてわたくしを手招いた。


 空間と空間を繋げる転移魔術は、わたくしも使える。


 ただしそれは、あらかじめ印を刻んでおいた場所同士を結ぶだけ。

 扉といった物理的な境界を媒介にして、二つを同一化させる必要がある。


 でも、彼が使ったのは——何も無い虚空を裂き、道を繋げる魔術。

 見たことがない……羨ましい。


 アランが使用していた魔術の中でも、これは圧倒的に高等魔術だ。

 彼の得意魔術は転移なのかしら……。


 もし構造さえ解き明かせば、わたくしにも扱えるのか。

 これが出来るようになれば、どれほど効率よく動けるだろうか。


 そう思うと胸が高鳴った。



 異空間は闇に浮かんでいるようだった。


 自分とアランの姿は、はっきりと見え、地面を踏むことができるが、一歩外れれば道があるのか無いのか分からない。


 どういう理屈で成り立っているのかしら?


 不思議な道を少し歩くと、彼はまた空間に白い穴を穿った。


 出た先でまず耳に届いたのは、波の音。

 眩い太陽の日射しに目を細め、揺れる甲板を踏みしめつつ顔を上げた。


 獅子と薔薇のローゼンクランツの旗。

 そして、懐かしい……一角獣と百合と星を掲げたギルデンの旗が並び、風に翻っていた。




「ごきげんよう、“聖女様”、そして使節団の皆々様」


 魔族たちのお辞儀で挨拶すれば、周囲のあからさまな警戒心を向け、唾を飲み甲冑が擦れる音がするほど静まり返る。


 遅れて出迎えた“聖女”は口元は笑っていても、礼儀知らずの者に対する冷笑が滲んでいた。



「アリカ!心配していたのよ!突然家出なんかして、しかもスパイだなんて……。

 いいえ、だとしても貴女は私の大切な妹だから!

 王太子殿下に掛け合って不問にしてもらったのよ。あのアステリオス殿下よ。

 それで使節団の視察という形で帰れるように取り計らったの。

 安心して、ギルデンは迎えて下さるわ。みんな心配していたから喜んでくれるわ!」



 いかにも聖女然としたオフィーリア・リンドグレンは、緑の目を潤ませながら、喜びの声を上げて近付いてくる。

 そんな“聖女”から思わず一歩引いた。


「ご心配には及びませんわ。クラウス・ローゼンクランツ閣下の書簡をお受け取り下さい」


 アランが手渡した木の箱。

 蓋を開けて取り出した手紙を、“聖女”は一瞬、汚らわしそうに見詰めた。


 繕うように微笑んで受け取ると、それを読んですぐに側にいる兵士に渡して、手を掃った。


 “聖女”は、こんな辺境の地にピンクのドレスを広げ、髪にはダリアを飾り、腕には青い石のはめ込まれたブレスレットを光らせている。


 潮風に揺れる波と、見慣れた島の風景には、ひどく異物感のある装いだった。



「お心遣い感謝いたしますわ。

 けれど、私の目的は妹の貴女に帰ってきてほしい……それだけなの。

 だから別に島に降りなくてもいいのよ。

 この島は恐ろしい魔族と魔物しかしない、怪物の島と聞いているわ。

 貴女も怖い目に遭ったでしょう?可哀想に……」



 憐れむような言葉に、兵士たちが「なんと慈悲深い」と感嘆の溜息を吐いている。


 まったく、この女は。

 どれだけ馬鹿にしてくるのだろう。


 アランは魔族と悟られないように、普段は赤い目の色を黒にしているせいか、魔族を見下す態度を隠しもしない。


 いや、この女は本気で良いことをしていると思っているのだろう。

 ギルデン王国の魔術や魔物に対しての差別心は、これで珍しくもない。


 ただ、魔族たちと暮らしてきた今では、こうした言葉が以前にも増して癪に障る。



「わたくしたちは極々普通の充実した生活を営んでおります。それに、わたくしたちがいれば“聖女様”方に危険が及ぶことなどありえません」


「まあ……貴女が酷い目に遭っていないのなら良かったわ……。お父様もお母様もきっと安心するわね」


 ——安心か。

 彼らは心配することで満たされる人たち。

 安心などしないでしょう。


 心配するという行為は、とても愉しく満たされ中毒性がある。

 事実や結果、わたくしの想いなど眼中にない。


 穴の開いた甕に水を汲み入れるように、ただひたすら「心配する」のだ。

 だから大して重要ではない。


「では、船を港に着けますので。それまでどうぞ観光でもお楽しみくださいませ」


 そう言って風を吹かせ、船の帆をふくらませ島に近付けていく。

 島を囲う結界はすでに外されていて、迷わずに真っ直ぐ進める。


 兵士たちは奇怪な魔術にどよめき、“聖女”は迫ってくる島の森を指さして「あそこに魔族が見ている怖い」などとのたまい、剣の柄に手をかけた兵士たちに囲まれて騒いでいる。


 その指の先を見ると、洗濯物が干してあった。

 今日は快晴なので、よく乾くでしょう。


 勇ましい姿なのだろうが、わたくしたちから見たら滑稽である。



「随分と、アリカ嬢に似ていらっしゃらない姉君ですね?」


 アランがこそこそと耳打ちしてくる。


 深夜に単騎で島に入って来て交渉していたわたくしとは、それは似ていないでしょうけど。


「そう言われる方が嬉しいわ、お互いに」


「あるとすれば厚かましさですかね」


 アランは鼻で笑って見せた。

 いつものやり取りを思い出して、おかしくて、少し心が緩んで笑ってしまった。


「アラン、そう言うのは良くありませんわ」


「あら?なに?私の悪口?」


 島を見て騒いでいた姉が振り返り、兵士たちをかき分けて出てきた。


「わたくしたちが姉妹でありながら、あまり似ていないと話しておりましたの」


 笑顔で繕ったが、背に冷や汗が伝い、心臓が耳についているかのようにドキドキと煩い。


「そうよねぇ?この子、すごく変な子でしょ?いつも私を困らせることばかりして嫌がらせしてくるのだけど、根は良い子だから許してあげてね?」


 アランは「本当にそうですね」と皮肉たっぷりに嗤い、わたくしを見やる。


 変な子だと同意している本心が混じっているのは、ムカつくところだけど、上手くかわせたことに、安堵の息が漏れる。


 機嫌を良くした“聖女”は、彼に興味を示したのか話しかけに歩み寄った。


「素敵な方ね?貴方は魔術師でしょ?どうしてこんな島にいらっしゃるの?」


 人間の魔術師と思ってアランに話しかけているのだろう。

 彼女がさっき言っていた「恐ろしい魔族」であると分かっているこっちは、顔を背けて舌を出した。


 魔族と人間の違いなんて、まあ分からないでしょう。


「クラウス様にお仕えしております、アランと申します。元々はローゼンクランツ国におりましたが、クラウス様がここに来られるに際し、お供した次第です」


「まあ、そんな……まだ若いのに、なんてお気の毒なこと……可哀想に。貴方もギルデンに来られたらいいのに……こんな島より“人間らしい”生活が出来るわ」


 指を口元に沿え、眉をハの字にして小首を傾げた。

 普段のアランを見てれば“憐れ”と評するのは、冗談がすぎて失笑してしまうわ。


「いえ、俺は——」


「そうそう!トロイラスにお願いして部下にしてあげるわ!ああ、トロイラスはギルデン王国の特殊警察の最高指揮官で、とても強くて優しくて素敵な人なの!」


 話を遮ってペラペラと喋り、“アレ”の扱いには彼も苦戦してるみたいだった。

 まあ相変わらずだ。


 “特殊警察”——。

 要は魔術師狩りをするために魔術師を集めた、ギルデンの特別部隊である。


 国が魔術を使う集団を養っているとは言いたくないから“特殊警察”と呼ばれている。

 都合のよく飼い慣らすための呼び名。


 わたくしからしたら、亡命の際に追い駆けてきた「国家の犬」だ。


 アランがそんな所に入れられる方が、宝の持ち腐れ。

 憐れすぎて思わず涙が……笑いで目が潤んだだけですわ。



「“聖女様”、港が近付いてまいりましたので、上陸のご準備を」


 そんな長ったらしいご高説も聞き飽きて、先に言っておくことにした。

 まあ、兵士たちも武器を隠したいなど色々あるでしょうから、気遣いですわ。


「さっきからどうしてそんなに他人行儀なの?いつも通りに“姉様”と呼ばないの?」


 ざわざわと船をつける準備の指示を出す兵士たちの声に紛れて、そう言われた。


 ハァ……“姉様”ねぇ……。

 心の中でも言いたくないですわ。


「キャリバン島を代表する以上、失礼な物言いにならないよう配慮しております」


「堅苦しいじゃない家族なのに」


「家族と言えども、公私を混同するわけにはいきません。立場が違いますから、弁えておりますわ。“聖女様”も常々仰っていましたことは憶えております」


 不満そうに悲しげな表情をする“聖女”に、兵士たちの視線が刺さる。


 思い通りにならなかっただけで、わたくしの何が悪いのか理解できませんわ。


 すべて無視して、船着き場に錨を下ろし陸に足場を立てた。




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