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第10話 たずねびと



 コンコン


 ノックの音がする。


 ……ああ、またこの夢だ……。


 扉の外から、弱々しく叩かれる。


「ねぇ……アリカ……貴女も聞こえているでしょ……?」


 怯えて消え入りそうな声。


 “アレ”が、わたくしの名を呼ぶ。


「ねぇ……居るんでしょ?本当のことを言ってよ……」


 鍵を閉めた扉は開かない。


 そう願って、わたくしは身を屈め、警戒心をその扉に向ける。


 震える体を押さえ付けて、耳を塞いで……その声が止むまで、息を殺して待った——。





 目を覚ますと、カーテンの隙間から日射しが部屋に差し込んでいた。


 眼球を動かし、ここがどこだったか確認する。

 自分はキャリバン島にいるのだと思い出して、止まっていた息を吐く。


 夢の余韻で強張った体をベッドから引きずり起こすと、ひどく汗をかいて震えていた。


 この悪夢は何度見ても慣れる気がしない——。



 今日は、仕事は休み。

 もう一度寝ることもできたけれど、あの夢の続きを見そうで気が重い。


 顔を洗っても、鏡に映る自分の顔は青ざめたままで、頭も痛む。


 厨房には朝食の皿が置かれ、指でハムをつまんで口に詰め込んだ。

 伯爵令嬢としては、あまりにもはしたないですわね——。


 アランからは「厨房の食材は自由に使って構わない。ただし、使った分は書き出しておけ」とだけ言われている。


 面倒な規則に縛られることも、監視されることもない。

 ルールが明快で、気が楽だわ。


 パンを咥えながらメモを書き終えたら、気分転換に魔族の村に行ってみようかしらと思いつき、昨日の夜に焼いて残っていたマフィンをいくつか籠に詰めた。




 昼でも涼しい風に頭が冷えて、大分落ち着いた。

 出来たばかりの石畳の歩き心地も悪くないですわ。


 すれ違う魔族たちも、今では挨拶を交わせる者が増えて、魔族の女たちや子供たちが、人間の魔女の姿を一目見ようと出て来るようになった。


 その時に「いつでもおいで」と招待してくれた魔族の村に、約束はしていなかったが、お言葉に甘えて訪ねてみることにした。



 招かれた家では、温かい食事を用意して歓迎してくれた。


 嗅ぎ慣れない香りの料理もあったけれど、材料と調理法を教えてもらえれば、どれも人間が口にできるものばかり。


 ——魔族も人間と同じく穀物や肉、魚を食べる。

 ただ文化や風習が異なるだけなのだわ。


 御礼に持参したマフィンを渡すと、家族が一つずつ手に取る。


 そして偶然残った最後の一つを、当たり前のようにわたくしに差し出してきた。


 贈った物を突き返されたと言うより、一緒に食べる前提といった調子で思わず面食らった。


 最初身構えていた頃から、随分と馴染んできたとものだと、つい慢心する。


 仕事の関わりではなく、休暇でも良くしてもらって、島民になれるような気がしてしまう。


 何も彼らのことを分かっていないのに——。



 案内されて村を歩いていると——やけに、子供の姿が多いことに気付く。


 魔族の成長は人間よりも遅く、子供として育てられる期間が少し長いのもありますけれど——。


 訊けば、十年ほど前に疫病が流行し、魔族の多くが命を落としたそう……。

 解体した村もあって、生き残った者で子供を共同で育てているのだとか。


 わたくしを招いた家は、孤児たちの食事の担当をしており、「一人増えたところで大差ない」と笑って言ってくれた。


 食器を分けるのを手伝っていたら、どこからとなく子供たちが集まり、わたくしを不思議そうに見詰めて、


「どうして角も尻尾もついてないの?」

「翼だせる?」

「人間ってなに?」

「爆破して見せて」


 と、彼らは口々に問いかけてくる。

 遠慮の欠片も無い、好奇心の塊ですわ。


 とは言え、魔族は生まれながらに魔術を扱える種族——。


 子供たちがどんな魔術を学習しているのか、わたくしとしても興味が湧きますわ。



 尋ねると、家庭で親や親戚から魔力や魔術の使い方を、孤児の子も一緒に教えるのが一般的だそうで。


 現状、統一された法律こそないが、それぞれの村に独自の規則があり、その秩序で今は保たれている。


 そのため、中には「学校」や「図書館」の機能を併せ持つ場所を設けている村もあるらしい。


 わたくしがいた魔術師のコミュニティでは、魔術は師と弟子で密かに継承し学ぶもの——外部に詳細を漏らすことはほとんどない。


 でも魔族の村は、子供の間でも、すでに魔術が扱えるのが多数派という認識がある。


 知識には我流の偏りはあるものの、総じてレベルは高い。


 やはり、魔術が生きるための技術であり、日常の延長。

 特別ではないものとして開かれているのは、羨ましい限りですわ。




「アリカ嬢?何をしているのですか?」


 背後から、聞き慣れた声がする。

 声に振り向けば、アランの姿と……その背後に見知らぬ魔族の少女が立っていた。


「アラン?今日は仕事お休みじゃないの?」


 日を間違えたかしら?と考えても、やはり合っているとしか思えない。

 ということは、彼も偶然にこの村に来て、そこにわたくしが居たから驚いたのでしょうね。


「休まれるのは構いませんが……これは、勉強を教えているので?」


「今はわたくしが教わってる側よ」


 子供たちに囲まれ、彼らに合わせた低い椅子に座り、紙へメモを取っているわたくしを見て、アランはまた呆れた顔を惜しげもなく披露している。


 何か妙なことでも教えようとしているのかと、疑われるのも嫌だから、一応弁明はしておきましょうか。


「魔術が体系化されてないから、まとめていたのよ。そうすれば、わたくしも学べるし、還元すれば基準は上がるもの——それに新しい魔術の開発にも繋がっていいじゃない?」


「貴女も、そう言うのですね」


「誰と?」


 目を細めるアランの思考は読めない。

 こんな無表情をする彼も珍しい……。


 が、その直後に、いつものニタリとした仮面のように張り付いた笑顔に切り替わった。


「そうですね。学校を建てる案はあるのですが、こちらも人手不足なので丁度いいですね」


「はあ?また何かやらせる気?」


「今、貴女がしている事を書類にまとめて提出して頂きたいだけですよ。それと——魔術の基礎を子供にも教えてもらいたいです。正式な仕事として」


「え~、嫌ですわ~、書類めんどうくさいですもの~」


 不服を顔で表すと、子供たちはクスクスと笑い、ふくらませた頬を突いてくる。


 まあ、子供は好きですし、教えるのは楽しいですけども。


 それはそれとして、好きでやるのと仕事は別。

 正当な見返りが欲しいですわ。


「焦りはしませんし、勿論その仕事分の手当は出します。それにクラウス様に報告されると喜ばれますよ」


「……ならやりますわ」


 我ながらチョロいと思う。

 けれど、正当な報酬と評価が付くなら、満更でもありませんわ。


 クラウス様の幹部になるためには、わたくしは役に立つと証明しなければ、いけませんものね——。



「それと、城にも使用人を雇うことにしました」


「あら、そうなの?」


 確かに、たまに荷馬車を引いて訪ねてくる魔族はいても、他の使用人を見かけたことはなかった。


 アランが魔術を使って、掃除や庭の手入れ、クラウス様への食事の運搬まで、一手に引き受けて、常に何かをしているのを目撃するばかりで——。


「それで、貴女の部屋はメイドに任せたいので、紹介いたします」


「メイドは必要ないわ。自分のことくらい、自分で出来るもの」


 ムスッと口を尖らせて立ち上がり、腕を組む。


 どうも、わたくしが貴族の令嬢だから、何も出来ない女と思われているようで——。

 ——そう扱われているのだとしたら癪に障る。


「しかし流石に男の俺が女性の部屋を掃除や洗濯、湯船の準備など、放置するのも心苦しく……。それに女性にしか話せない相談もあるでしょうから」


 シクシクと涙の粒も出さず、拭う仕草だけのわざとらしい芝居に、イラつきますわ。


 とは言え、アランなりに気を遣ってはいたのね。


 放任的なのは、むしろ気が楽で良かったけれど……そう言われると頑なになるのも違う気がするわ。


「そうね……アランに全部任せるのも悪いわね」


「では、専属メイドとしてマリーを付けさせてもらいます。彼女は人間の字の読み書きもできるので重宝してください」


 けろっと態度を変えたアランによる茶番も終わり、後ろで控えていた魔族の少女が一歩前へ出た。


「マリーと申します。伯爵家ご令嬢にお仕えできるなんて、夢のようにございます」


 額から小さな角がのぞき、耳の代わりに小さな翼が生えている。

 髪も羽毛でふわふわして、つぶらな瞳に小さい口——魔族の中では小柄で、愛らしい面持ちの少女だった。


 仕立てたばかりのメイド服をきちんと着て、少し緊張してはいるが、声は高くおっとりとしていて小鳥のような印象。


 気になったのは、お辞儀の仕方だった。

 頭を下げて膝を折るのは同じだけれど、両の掌を見せるカーテシーは、人間のそれとは異なっている。


 これが魔族の正しい礼法であって無礼とは思いませんけれども。


 文化の違いを目の当たりにして、感心させられますわ。


 それに人間の字を読み書きできるなら、魔族の字や文化を学ぶにも丁度いい。

 書類仕事も、きっと捗るでしょう。


「マリー、ファミリーネームはあるの?」


「ありません。ただのマリーにございます」


 「苗字の慣習がない村がほとんどですので」とアランが横から補足を入れた。


 まあ、ファミリーネームがあるか気にしたのは、そこではないのですけど——。



「彼女との契約は、“書類”かしら?まさか“血の契約”なんてことしないわよね?」


「当たり前じゃないですか。血の契約で“悪魔”にするなんて気軽なもんじゃないでしょ。こわ」


 ふざけた口振りで肩をすぼませるアラン。


 人間の魔術師と“血の契約”を交わし、力を貸す魔族は、“悪魔”と呼ばれる。


 一度契約したら、どちらかが死ぬか、主が解放しない限りは破れない、極めて強力な魔術契約。


 そんな重い契約なのだから、取り返しがつかない契約は無闇に結びたくなくて確認したかっただけでしたのに……。


 大袈裟に怖がるようなフリをされると、わたくしが“血の契約”をしたがってるみたいに聞こえるから腹立たしい。


「気軽じゃないから訊いたんですわ!と言うかアランこそ!クラウス様と契約してる“悪魔”じゃないの?!」


「そうですよ。俺が“悪魔”だからって何です?」


 あっけらかんと肯定され、拍子抜けして肩の力が抜ける。


 だったら、さっきの芝居じみた怯えっぷりは何だったのよ。

 繊細な話だからこそ、今まで気を遣って尋ねあぐねていたのに、損した気分……。


 ………でも、アランって、本当に“悪魔”だったのね。


 “血の契約”という絶対服従の誓いを交わして、“奴隷”とすら言えるはずなのに。

 クラウス様と、あの関係性を築けるのも不思議ですわ……。



「人間のあいだでは、その様にお呼びするのですね」


 隣にいたマリーが、興味深げに小首を傾げながら口を開いた。


「魔族たちは、“血の契約”を何と呼ぶの?」



「えっと、お互いに足りない魔力を補い合う契約ですよね?

 魔族同士では“血兄弟”と呼びます。

 ……人間の言葉ですと、“義兄弟”?に近いでしょうか。

  “魔族”という呼び方自体が人間の言葉なので、私たちの間では“私たち”としか呼びません。

 それであまりしっくり来てないですし、人間とこの契約を結ばれる方がいるのを、お見かけしたことがなく……特別な名称は存じません。

 “悪魔”?という言葉も、初めて聞きました」



 言われてみれば、確かにそうですわ。

 キャリバン島にはクラウス様とわたくし以外、人間は居ないみたいだもの。


 人間と契約している魔族の存在自体を見る機会なんて、彼女たちには無いわけだわ。


 かく言うわたくし自身も、魔族を本でしか知らなかった。


 “悪魔”と実際に対峙したのはアランだけ——他人のことは言えない。


 それにしても、マリーの喋り方も説明も、見た目も相まって穏やかで、アランの皮肉屋とは対照的で癒されますわ。


 専属メイドとしてではなく、友人や仕事仲間としてほしいくらい。


 相変わらずアランは用意周到と言うか……こんな逸材をよく見つけ出してきたわね。




 わたくしの後ろで様子を覗き込んでいた子供たちが、ソワソワして顔を交互に見回していた。

 話が一段落したと伝えると、今度は一斉にマリーを取り囲む。


「マリーが綺麗なべべ着てる!」

「お姫様みたい!」


 ひらひらした長いスカートに、白いレースの装飾が物珍しいのでしょう。

 メイド服を見慣れない子供たちには、童話のお姫様のように映っていると思うと微笑ましい。


 口々に喋る子供たちの手を取って、マリーも照れたように笑みをこぼしている。


 彼女も子供の扱いに慣れていそうと言うか、以前から、この子たちのお世話をしていたように見える。



「マリーもこの村に住んでいたので、紹介が手っ取り早くて助かりました」


 もはやアランは口の悪さを隠す気はないらしい。

 まあ、こんな茶番も、気晴らしになって悪くは無かったけれど——。


「あ~ら、最初は恋人との密会現場に鉢合わせたかとハラハラしましたわ」


「他にもコック・清掃員・庭師を雇う予定です」


 さっきやられた嫌味の意趣返しのつもりで言ったのに、アランは気にも留めず話を進めていく。


「随分と人を増やすのね。クラウス様は人嫌いで避けているのかと思ってましたわ」


「まあその通りなんですが——。一人例外が来ましたからね。だったら、いっそ城として機能させて雇用を増やせば、俺の仕事が楽になるので丁度いいんです」


「アランはよく今まで一人でやってたわね」


「時間だけはあり余っていますから」


 それは魔術を使うアランだからこそ言える台詞ですわ。

 魔術の無い人間ではあれば、到底真似できる芸当ではないもの。


 ——そして、わたくしがこの島に来たことで、状況が動いていることに、今更ながら気付く。


 女であるからと、下手に特別扱いされたくない気持ちはある。

 ただ、配慮されるのが慣れていないからかもしれませんわ。


 ……きっと、単純に、そのタイミングと重なっただけ。

 そう思うことにいたしますわ。




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