婚約破棄?ではそこの聖女と結婚しますね。
雑百合コメディを、3000字未満でやけくそ気味にお届けです。
週末で疲れたみなさまのお脳が、くすりとして癒されますように。
「アイオラ! 貴様との縁も今日限りだ!」
「それはどういう意味でしょうか、殿下」
「俺はお前との婚約を破棄し!
この聖女シーラと結婚する!」
わたくしが、王子殿下の影に隠れているシーラを見ると。
彼女は密かに拳を握り締め、感極まったという様子で身もだえていました。
……状況を楽しんでやがりますね、この駄聖女め。
わたくしは二の句が継げなくなり、思わずそっと息を吐きました。
「できるものならやってごらんなさいまし、殿下」
「ふふん、それは父や宰相に了解がとれていないだろうというあなどりか!
だが貴様との婚約解消は、二人とも快く認めてくれたぞ!
親にも見捨てられるとはな! ざまを見ろ悪女め!」
そりゃあ認めるでしょうね。ですが王子の悪女基準が謎です。
あなたの後ろで両手を頬に添えて身を捩ってる女は、その範疇には入らないのですか?
入らないのですかそうですか。この駄王子め。
「あとはシーラの養父母にご挨拶するだけよ!
だがその前に教会だ!
俺は今日で18! シーラに並んだ!
やっと婚姻の祝福を受けられるぞ!!」
「そうですね誕生日おめでとうございます殿下」
「フハハハ! いつも姉面しやがって!
このまま追い越してくれるわアイオラ!!」
何言ってやがるのです追い越す? 年齢を???
わたくしの聞き違いでなければ、それ誅殺するってことですよね?
やってみるがいいこのひょろもやしめ。受けて立ってやろう。
「では首を洗って待っていろ!!!!
ハハハハハハハハ!!!!」
すごい勢いで、王子は学園の外に走っていきました。
そういえばあの方、足だけは早いのですよね。
主に逃げ足で活用されていましたが。
で。
「わたくしもそろそろ、笑っていいですか?」
「私が我慢したんですから! もうちょっと耐えましょうよ!」
聖女シーラが残された。
肩は震え、腹を抱え、目には涙がいっぱい溜まっている。
しかし王子、なぜこの子を残していった。一人で行って意味あるのか。ないだろ。
そして根回ししといてシーラの養父母・カンス男爵家にはご挨拶しなかったのはなぜだ。
爵位の低い貴族だと、あなどったな? 詰めが甘い奴め。
だからこんな恥をかくのだ。
「カフェにでも行きましょうか。待ってないといけないそうですから」
「律儀ですねぇアイオラ。私、甘いのがいいです」
「お酒にしましょう。やってられません」
◇ ◇ ◇
「アアアアアアアアアアアアアアイオラァァァァァァ!!!!」
我々がほどほどに飲んでいい雰囲気になっているところに。
ようやく、王子がやってきました。
学園のオープンカフェが、少々騒がしい雰囲気になります。
しかし何時間も、何していたのでしょうか。
まさか教会の司教と問答? お騒がせして申し訳ない。
後日、詫びに寄付でもしましょうか。
あぶく銭が、手に入るでしょうし。
「なんでしょうか、元婚約者殿」
「ちょっとまてなぜシーラが貴様にしなだれかかっている!?」
しなだれかかるとはいわんだろこれ。
体を押し付ける感じで、ぎゅーって抱きしめられているのですから。
「一緒にお酒を飲んだからですが?」
「そうではないわあああああ!
シーラなんで首筋にちゅーしてるの!?」
今もかなりの勢いで首に吸い付かれています。
跡がつくからやめてほしいのですが、離れてくれません。
この子、キス魔なんですよね。
「そういう気分だからではないですか?」
「なぜだあああああああ!!」
「伴侶相手に欲情するのは普通でしょうに。なぜもなにも」
王子が天を見上げ、絶叫した。
「それだあああああああ!! なぜ! なぜ!!」
そして我々を両手の人差し指で、びしりとさした。
「 お 前 た ち が 結 婚 し て い る !!??」
わたくしはグラスの中身を飲み干して。
テーブルに、置いてから。
これ見よがしに、肩をすくめてみせました。
片手は、シーラの腰に回しながら。
「だから言ったではないですか。
『できるものならやってみろ』と」
「貴様の浮気ではないかああああああああああああ!!!!」
よく気づいたなその通りだ。
王子との婚約中に、シーラと結婚したのです。
わたくしの浮気で合っています。
「ええ。
なのであなたとの婚約をどう丸く収めようか、頭が痛かったのですが。
そちらから破棄してくださるとは、大変助かりました」
「は?」
「破談にあたっての示談金、弾んでくださいましね」
「あほか誰が払うかああああああああ!!!!」
残念、国王陛下の了解はとってあるのです。
「王子から婚約破棄させたら、示談金はちゃんと出す」と。
賭けはわたくしと宰相の勝ちです。
たぶん、王子本人からは長年かけて徴収するのでしょうね。
「……ちょっとうるさいです王子」
シーラが気だるげに顔を上げました。
王子がびしり、と固まります。
「し、シーラ。こんなのうそだよな?
俺たちは将来を誓い合った仲じゃないか!」
「なんですその存在しない記憶こわっ。
王子、魔王討伐の時のこと覚えてないんですか?」
「仲間たちとの冒険の旅、忘れたことなど一度もない」
おっと地雷を踏みましたね。
シーラがすごいお顔で、王子を睨んでいます。
「魔王の面前で私を見捨てて、みんなで逃げ帰ったことは、記憶にないと?」
王子が誇らしげに胸を張る姿勢のまま、微動だにしなくなりました。
「アイオラが助けに来てくれなかったら、大変なことになってたんですから」
シーラは言うだけ言って、どうでもよくなったようです。
王子からは目を離して、わたくしに抱き着いてきました。
……こら。人の面前で胸に顔を埋めるのはおやめなさい。
そこに吸い付いて跡をつけるのもやめなさい。
ちなみにその「仲間」については、わたくしが念入りに排除しておきました。
「ざまぁ」というやつでしたか。たのしかったです。
「というわけで。
あなたは報復のためにシーラに煽られて。
できもしない結婚をしようとし。
恥をかいたわけです。
お疲れ様でした。
ああ、18になられたんなら飲んでいかれますか?」
「うわあああああああああああああああああああああん!!
誰かタル持ってきてええええええええ!!」
酒初心者がタルで飲もうとすんなや。
ま、これでシーラの留飲も下がったでしょうし、良しとしましょうか。
でもわたくしは、大事な人ができましたので。
嫁探しは一からがんばってくださいませ、王子。
…………ちょっとわたくしの大事な人。ここで脱がそうとすんのやめろや。
酒の入った聖女に、悪役令嬢がお持ち帰りされるまであと5秒。