スキル
ミノタウロスを倒して、俺は大樹の元に一旦戻った。
緊張と興奮が途切れていたので、別の魔物に見つかったら、勝ち切れる自信がなかったからだ。
大樹の元にたどり着いたときはもう日が暮れかけていた。
「やっと着いた・・・」
もう身体が動かない。
大樹を背もたれにして、俺は意識を落とした。
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夜が明けて、俺は当初の予定通り、大樹周辺の散策に出た。
昨日とは反対側を見に行くことを決めた。
相変わらず木々に囲まれているが、大樹を常に確認しながら慎重に進む。
すると、犬型の獣に遭遇した。
「グルゥ・・・」
俺を獲物だと判断したらしい。
俺は≪魔剣≫を構えて、犬型の獣を迎え撃つことを決めた。
昨日の戦闘のおかげで恐怖心は薄れていた。
「ガウ!!!」
飛びかかってきた。俺は≪魔剣≫を使って、叩き落した。
再び、噛みついてきたが本気で脇腹をぶっ叩いて吹っ飛ばす。
ミノタウロスはこの一撃で倒れたので、このサイズの獣だったら倒せただろう。
しかし、けろっとした様子で起き上がってきた。
「HPが多いタイプか?」
俺は敵の情報を修正して、再び構え直す。
先ほどと同じように噛みつこうとしてきたが、≪魔剣≫で叩き落す。
「これならどうだ?」
HPが多いタイプとはいえ、ミノタウロスの二倍以上もHPがあるとは考えにくい。
これでトドメを刺せたと思ったが、ダメージを負っている様子がない。
5回ほど繰り返したが、一向に倒れる気配がない。
「まさか・・・」
≪魔剣≫は魔力を食う。逆に言うと魔力がない獣にはダメージを与えられないということだ。
つまり、魔力のない雑魚が俺の天敵で、魔力持ちの強力な魔物が俺にとって戦える相手というわけだ。
弱肉強食ならぬ強肉弱食だ。
「なんて扱いづらい剣なんだよ!!」
だとしたら、俺は逃げるしかない。目の前の獣に背を向けて、大樹の元に走った。全速力で逃げるが犬型の獣は見た目通り早い。しかも
「アオ―ーーーーーーン!!!!」
遠吠えだ。いい予感はしない。NHKドキュメンタリーで見たオオカミの群れは確か遠吠えを使って自分の位置を教えるとか見た気がする。
「ガルルル」
「ハッハッハッ」
10匹くらいの群れが一瞬で追いついてきた。
足の速さはあちらの方が上だ。そして、ついに一匹から背中に突っこまれて転んだ。
「ガハっ!!!」
背中に鈍器で殴られたような痛みが走る。
ただこのまま止まったら食い殺されてしまうのは必至なので、近くにあった手ごろな石で頭をかち割った。
「ギャ・・・」
「まず一匹・・・」
そうこうしている間に群れに囲まれた。
唯一の武器である≪魔剣≫が通じない。武器は手に持っている石だけ。
「詰んでるな」
絶望的な状況に笑ってしまう。
昨日のミノタウロスが可愛く思えてしまう。
「さて、どうするか・・・」
俺は額から汗が流れてくるのに気づかないくらい集中して勝ち筋を探した
どう考えても無傷で勝てるビジョンがない!
すると、均衡状態を破って右側から三匹突っこんできた。ハッタリでしかないが≪魔剣≫を大振りして進行を妨げた。
今度はその隙を見て、左から二匹突っこんできた。左手と左膝を噛まれて激痛が走った。
「っつう!!」
悲鳴が出そうになるが耐える。左手に持っている石を右手に持ち替えて噛んでいる二匹の胴体をぶん殴った。
「食らえ!!」
「ギャッ」「クウン」・・・
残り6匹・・・
身体の左側は流血しているが、何とか動く。
「このままビビッて逃げてくれればいいけど・・・」
この目の前サルだけは何があっても殺す。そんな目をしていた。サルがこっちの世界にいるかは知らないけど。
再び≪魔剣≫を構えて、背後を見せないように後退した。
俺が後退すると、同じ歩数だけ近づいてくる。膠着状態が続いた。
よし、このまま大樹の元に行けば俺の体力は回復できる。
「ガブ」
「っっつ」
俺の左足が噛まれていた。
振り払おうとしたが、深くまで噛まれているので、振り払えなかった。
石を使ってまた殴殺した。
数え間違えていた。10匹じゃなくてあいつらは11匹の群れだった。
「ちくしょうっ、俺の馬鹿!!」
その可能性が完全に抜けていたことに悪態をついた。
これで完全に左足が使えくなった。
犬型の獣は好機とばかりに俺の元に一斉に襲い掛かってきた。
こればかりは詰んだか・・・?
そう思ったところで、
「ガブ」
巨大なナニカが俺にトドメを刺そうとした犬型の獣を食べてしまった。
そして目の前には壁ができた。
「はっ?」
突然の出来事に思考が追い付かない。
けど、目の前の壁の凹凸は元の世界で見覚えがある。
これは鱗だ。
「大・・・蛇?」
大きさは30mほど。あごの大きさは人間くらいなら一瞬で食べてしまいそうなものである。
幸いなことに大蛇は俺ではなく、犬型の獣を狙っている。
犬型の獣も本能で感じ取ってしまったのであろう。あの大蛇からは逃げきれないということを。
大蛇はそんな敗者達を丸のみにしている。
「隠れないと・・・!」
しかし、
「バキッ」
不運なことに、俺は枝を踏んでしまったらしい。
その音で大蛇は俺に気付いてしまった。
大蛇は一瞬で俺を感知した。
「シュルルル・・・」
いっそ神々しさすら感じられた。徐々に近づいてくる大蛇を俺は正面から見据えた。
永遠にも感じられた大蛇とのにらめっこは唐突に終わりを告げた。
距離を感じさせない大きさで口を開けてこっちに突っこんでくる。
「!!!!」
ほぼ直感で横に吹っ飛んだ。
ズルズルと大蛇が動くたびに地面が揺れる。
大蛇は八の字を描いて俺の方に戻ってくる。
すると、俺を見据えながら鎌首をもたげた。
「何をする気だ・・・?」
すると、口を開けてそこからマグマのようなブレスを俺に向かって吐いてきた。
「反則だろ!!!」
これは避けきれない!と思ったが偶々触れた≪魔剣≫が食った。
「た、助かった」
俺は運良く生きていた。
「こいつは魔物か」
肩で息をしながら分析した。
運がいいのか悪いのか魔力を持っている。魔物に対してだけはこの≪魔剣≫が使える。
「なら、この≪魔剣」を当てれば勝てる!」
クモの糸のような勝ち筋を探す。
勝利条件は≪魔剣≫を触れること。それ以外はない。
しかもこの大蛇はミノタウロスとは段違いに大きい。
サイズが大きいということはそれだけ魔力量が多いと考えられる。
それにさっきのマグマのような攻撃を放たれる時点で、ミノタウロスより魔力量が少ないなんて考えられないだろう。
つまり、食わなければならない魔力量も多いので、大蛇との接近戦は一度や二度で済まないだろう。
そう考えていると、
鎌首をもたげてマグマのようなブレスを放ってくる。
≪魔剣≫で無効化する。
また、同じ攻撃を繰り返してくる。
「無駄だ!!」
何度も何度もマグマのようなブレスを放ってくるが、≪魔剣≫がすべて無効化する。
左半身が死にかけている俺にとっては初撃の突進のような攻撃が一番恐ろしかったが、繰り出される気配はない。
このまま魔力切れまで耐える!これなら逃げ切れる!
「グフッ」
俺の口から血が出た。
「シュルル♪」
大蛇は狙い通りといった雰囲気だ。
「な、なにが・・・」
起こったかは異音で気づいた。
大蛇の身体からフシュ―という空気の音が微かに聞こえた。
つまり
「毒かよ・・・・」
これは参った。
時間をかければ恐らく死に至る毒だろう。
大蛇は俺に対して攻撃をしてこなくなった。
鎌首をもたれていた状態から地面に身体をくっつけ獲物が苦しんでいるのを楽しんでいる。
徐々に大蛇が近づいてくる。
俺は動かなくなってきた身体を≪魔剣≫を支えにしてなんとか立っていた。
「ヤバいな・・・」
俺は生きるために頭をフル回転させて、なんとか生きようともがいた。
死ぬことを考えるのはもうやめた。
だから、俺は最後まで生きるためにもがく。それがどれだけ汚くても
「俺は帰るんだよ!!!!」
しかし、無常にも大蛇は口を開けて迫ってきた。
「クソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!!」
目前に顔が迫った瞬間
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『規定魔力量に達しました。≪魔剣≫のレベルを上げますか?』
時間が止まった。俺は食われる寸前で脳内に響いてくる言葉を聞いた。
俺は何が何だか分からないがギリギリのところで望みをつないだのはわかった。
『規定魔力量に達しました。≪魔剣≫のレベルを上げますか?』
もう一度響いてきたので、俺は心の中で是とした。
どうせ何をやっても死ぬなら、できることをすべてやる!
『承知しました』
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大蛇は人間が大好物だ。感情があるから死ぬ寸前まで楽しませてくれる。今から食べるこの人間もギリギリまで抗っていたが、それはそれで嬲り殺す楽しみがある。
口を開けて捕食の態勢に
「『魔剣:飛式』!!!」
声があの人間から聞こえた。
すると、視界の半分が消えた。
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「『魔剣:飛式』!!!」
≪魔剣≫レベル:1
↓
≪魔剣≫レベル:2
≪スキル≫飛式:体力を削って、斬撃を飛ばすことができる
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≪魔剣≫のレベルが上がって、俺は斬撃を飛ばせるようになった。そして、その効果は≪魔剣≫の能力を引き継いでいる。
つまり、魔力を奪い取る斬撃を飛ばせるようになったということだ。
俺は大蛇の右目をめがけて『魔剣:飛式』を食らわせた。
視力を失い、痛がっていたが
「シャーーー!!!!!」
怒りが痛みを超えて、俺の方を見る。下等生物に攻撃されてブチ切れたようだ。
何が何でも食ってやるという気迫を感じる。
身体に毒が入り、死にかけているこの人間だけは毒だけでは殺さない。
とでも思っているんだろう。
だが、
「タダでは死なねえ。これ以上ヤろうっていうならてめえも地獄に連れて行くぞ?」
俺は地獄の底から出たような声音で大蛇を威嚇した。
大蛇はここにきて初めて後退した。
この何もしなくてもいずれ死にゆく人間。立っているだけでやっとなはずな人間。
だが、これ以上関われば自分もタダでは済まないということは察せられた。
にらみ合いが数分続くと大蛇は後ろを向いてここから立ち去った。
俺はその様子をじっと見つめた。
視界から完全に消えたのを見届けると、身体は勝手に前に倒れた。
「へへ、やったぞ・・・神話級の大蛇を撃退したんだ・・・」
帰ったら薫に教えてやらないと・・・・
自慢することがいっぱいだ・・・
衰弱していく中で最後に思い浮かんだのは薫の顔だった。
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「ふーん、やるじゃない、ヨルムンガンドを撃退するなんて」
倒れた達哉の近くに現れたのは修道服に身を包んだ女だった。
銀髪を背中まで伸ばして、目は見たものを魅了するかのような深奥のルビー色。
しかし、聖職者に似合わないどこか邪悪な魔力を感じさせる。
「どうしたもんかしら」
修道服の女は若干迷っていたが
「ヨルムンガンドを追っ払ってもらった手前、流石にここで死なせるのも後味が悪いし助けてあげますか」
修道服の女は自身と達哉を囲うように魔法陣を発動させ、そして数秒後にはそこには影も形もなくなっていた。
基本的に主人公は弱くしておきたいのですが、飛ぶ斬撃はロマンでした!!