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追放

心が完全に折れた。お腹も減らない。

どこにいっても悪意を向けられる。少しでいいから僕に優しい世界はないのか?

もう疲れた。死にたい。殺風景の部屋の中に自殺できる道具がないかと探してみたが、≪魔剣≫しかなかった。

そもそもこの≪魔剣≫さえなければ≪職業≫が得られて、今よりも状況がよかったのではないのか?

「クソっっ」

そう考えたら怒りが増してきて、≪魔剣≫を無造作に床にたたきつけた。

「なんでだよ!!」

感情が抑えきれなくなって涙が出てきた。自分の無力感、無能、そして、環境。

自分の力でどうにもならないことにどうすればいいか分からなくなって、泣くことしかできなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1,2時間ほど泣いた後、落ち着いた。

何も考えずにボーっとしていると、

コンコンと部屋の扉が叩かれた。

「私だけど開けてくれないかしら・・・」

声は薫のものだった。

「ごめん・・・今はもう誰にも会いたくないんだ・・・」

僕は扉越しに返事をした。今は誰にも会いたいとは思わなかった。それは薫であっても例外ではなかった。

「昼間のことはごめんなさい・・・」

もうこれ以上応答する気はない。

「また、来るわ・・・」

僕からの応答がないと分かると、薫は扉から離れていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「達哉君、開けてくれないかしら」

僕は出る気はない。


「夕食を食べに行きましょう」

僕は出る気はない。


「外に出ましょう?体を壊してしまうわ」

僕は出る気はない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アルブ神との約束の亥の刻に近付いてきた。

ただ身体が行動することを拒否していた。すべてのことがどうでも良くなってきた。

「達哉君・・・こんばんは」

薫が来た。あの後、薫だけではなく、フィアナや音無先生も来た。しかし、居留守を使わせてもらった。

このまま無視していれば、どこかに行くだろう。また部屋い戻ってくれるだろう。

けれど、

「▲76歩・・・」

日常になじみのない符号が扉の向こう側から聞こえてきた。

この符号は将棋で使う符号である。しかし、今は将棋盤も駒もない。

ということは脳内将棋を薫は挑んできたということだ。

何でそんなことをしてきたのかは分からない。

「・・・△84歩」

気付けば薫の応手に返していた。

「▲26歩」「△85歩」「▲77角」「△34歩」「▲68銀」「△77角成」「▲同銀」「△22銀」「▲25歩」「△33銀」「▲78金」「△32金」「▲48銀」「△62銀」「▲46歩」「△64歩」「▲47銀」「△63銀」

余計なことは言わない。ただただ頭の中にある盤面を使って符号を言うだけ。

それだけのことだがとても心地が良かった。

薫も僕も手が進むたびに、思考が深化していった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

気づけば僕と薫は扉に背を向けて座っていた。

時間はどれだけ経ったのだろう。

決着はついた。

「負けました」

僕は自分の玉が詰んでいることが分かって投了の挨拶をした。

「ふふ、昨日の放課後は負けたからやり返せたわ」

「途中まで完全に同じ局面だったからね・・・」

「知っているでしょう?私、負けず嫌いなのよ」

薫は楽しそうだ。僕は負けてしまったが、清々しい気分だ。

さっきまで鬱屈としていたが、今は完全にスッキリしている。

「樋口さん、ありがとう」

薫なりに僕を励まそうとしていてくれていたのは察している。

何度も何度も僕の部屋に訪ねてきてくれたのだ。本当に感謝しかない。

「////べ、別に達哉君のためじゃないわ。私はただ対等に遊べる相手が欲しかっただけで、そう!私の都合よ///だからお礼なんていらないわ///」

声だけだが、照れていることが良く分かる。

「さて、今回は私が勝ったんだから言うことを聞いてもらおうかしら」

「そうだね」

「まずは昔話を聞いてもらおうかしらね」

「一つじゃないんだ」

「あら、ご不満?」

「いや別に」

「そうそれじゃあ聞いてもらおうかしらね」

コホンと軽く咳をして、

「私は中学3年の頃にいじめを受けていたわ。主に山本の関係でね」

「えっ?」

驚いた。薫がイジメられていた・・・?

「ふふ、驚いているわね?」

「それはそうだよ。樋口さんのイメージからは全く想像できないよ・・・」

言っちゃ悪いがイジメていたという方がしっくりくる。

「私は曲がりなりにもあれの幼馴染。そして親の関係で一緒にいなければならない時間が多かった。だからでしょうね、私たちが付き合っているという噂を流れていた。それが原因で女からの嫉妬にさらされてしまったのよ・・・」

黙って聞くしかなかった。本当に思い出したくないのだろう。扉越しだが薫が過去を思い出して怒っているのが分かった。

「私はあれに相談したわ。『助けてくれ』って。けれど、助けるどころかイジメられる方が悪いと言って放っておかれたわ。私は絶望したわ。幼馴染なんだから助けてくれると思っていたのに・・・!」

フ―っと息を吐いて深呼吸の音が聞こえた。感情の高まりを抑えているのだろう。

「そんなわけだから私はあれを恨んでいるのよ」

「なるほど・・・」

そんな過去があったのか・・・それは確かに山本に対して、嫌悪感を抱くのはわかる。

「でも、そんなカスのことはどうでもいいのよ、本題はここから」

「本題?」

「そうよ」

声が弾んでいる。さっきとは打って変わって楽しそうだ。

「修学旅行でのことよ。私は女子グループに修学旅行先でハブられたのよ。私は情けないことに方向音痴でね。携帯もまだ持っていなかったから、一人途方に暮れていたわ・・・どうすればわからなかったときに、ガラの悪い不良に絡まれてね、泣きそうになっていたときに、ある男の子が助けてくれたのよ」

何か聞いたことがというか身に覚えのありそうな話だ。

「何だったかしら。確か『この女は俺のモノだから失せろ』だったかしら。随分香ばしいセリフだったからよく覚えているわ」

「やめてくれ!!!あれはガラの悪い人達に立ち向かうために自分を鼓舞しようとしたというか、舐められたらよくないというか、なんていうか仕方がなかったんだ!」

クスクスと笑っている。僕の中では封印していた記憶だ。

あの時は勝手に身体が動いてしまった。身体が動いた手前何かしなきゃいけないと思って無我夢中だったから、女の子の顔もちゃんと見ていなかった。

「改めて、あの時は助かったわ。ありがとう」

僕はどう反応して良いか分からなかった。頬が紅潮し、身体が熱を帯びてきた。

まさかあの時の女の子が薫だとは思わなかった。偶然とはいえ、助けた女の子が後になってお礼をいってきてくれたのは嬉しい。

黒歴史が増えてしまったけど・・・


「さて、次のお願いよ。顔を見せてもらえるかしら」

僕らはずっと扉越しに話をしていた。

薫の話を聞いていたら不思議と僕も薫の顔が見たくなっていた。

「OK。今開けるよ」

カギを開けた。すると、腕が廊下に向かってグイっと引っ張られ、僕の頬に柔らかい唇の感触が触れた。


「達哉君が好きよ///これからも一緒にいて///」


「えっ?えっ?」

今キスをされたのか?それより今告白されたのか?誰が?僕が?

「返事は・・・今はできそうにないわね・・・」

薫ははぁーっとため息を漏らす。フリーズしているのを見てこりゃダメだと思ったのだろう。

「明日改めて、返事を頂戴。待っているわ」

そういって薫は自分の部屋に戻ろうとしていた。そこで何を思い出したのか一度こちらを振り返って、

「そうそうこれが最後のお願い。明日からは私のことを『薫』と呼びなさい。いつまでも苗字呼びは悲しいわ」

そう言い残して薫は自分の部屋に戻っていった。

僕はその様子をただ見ているだけしかできなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

何が起こったのか理解するのに物凄く時間がかかった。

今の状況を整理しよう。

僕が修学旅行で出来心で助けたのが薫で、僕は今その薫に告白をされたのか・・・?

頬を触ると、さっきの薫の唇の感触が残っている。

それを思い出すと、また熱くなる。

僕は薫のことを大事な友人だと思っていた。

高校で唯一仲良くしてくれて、薫とやる放課後のゲームが何よりも楽しかった。

いや認めよう。僕は薫が好きだ。

ただ薫の方がどう思っているのかは不安だった。

薫は作ろうと思えば友達なんていくらでもできる。

だから心のどこかで薫がいつか僕に飽きてしまうのではないかと不安だった。

自分の思いに気付きたくなくて、大事な友人として自分が傷つかないようにしていた。

けれど、薫は僕に思いを打ち明けてくれた。

女の子に告白させている時点で情けないが、しっかり誠意をもって応えよう。

「それにしても樋口さんが僕のことを好きだったなんて」

思い出してニヤニヤしてしまう。

さっきまでの憂鬱な気分はどこかに行ってしまった。今なら世界が敵でも戦える気がする。

コンコン

ノックが聞こえてきた。薫だろうか?

「達哉様。アルブ様がお呼びです」

フィアナの声でアルブ様に呼ばれていたことを思い出した。

「忘れてました!ダッシュで行きます!」

さっきまでの浮かれた気分を放り投げて、扉をバンっと開けてアルブ様の元に走っていった。

フィアナが驚いていたが、後で全力で謝ろう。

足に力が入り、身体に翼が生えたようだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「来たか・・・」

アルブ神がつぶやいた。

「遅くなり申し訳ありませんでした!」

精神誠意謝った。神様相手に不敬をやらかしているのに、僕は落ちついていた。

「ふむ。先ほどに比べて活力が満ちているな」

「は、はい」

流石、アルブ神だ。人間の機微を一瞬で見抜いてしまった。

「まあ良い。貴様には伝えねばならぬことがある」

「何でしょうか?」

普段なら悪いことを想像してしまうが、隠された力を僕が抱いているのでは?という期待がある。

「≪死ね≫」

「え?」

僕に対して、避けようがないくらいの高次元の魔法が放たれた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「やはりか・・・」

いつの間にか握られていた≪魔剣≫を目の前に構えていた。もしそれを構えていなかったら死んでいただろうということは容易に想像できた。

「な、なぜ?」

突然のことに思考が追い付かない。先ほどの不敬が祟ったのだろうか?だとしたら、今から土下座をする。

「貴様のその≪魔剣≫は危険だ。我を殺せる剣など我が許すわけがない」

「アルブ様を殺す・・・?」

意味が分からない。僕にそんな特別な力があるなら魔王を倒すために使う。アルブ様に使おうなんてこれっぽっちも思っていなかった。

「貴様の意志などは関係ない。≪死ね≫」

さきほどの即死の魔法が放たれた。身を守らなければ死ぬ。理屈は分からないがこの≪魔剣≫はアルブ神の攻撃を無効化できるらしい。

「不遜だな・・・神の一撃を無効化など・・・」

アルブ神は少しイラついているようだ。出口を探すと入ってきたところしか見当たらない。そうなると、このままアルブ神に身体を向けながらバックステップで逃げるしかない。

幸いなことにあの一撃必殺の魔法は僕の≪魔剣≫が封じてくれる。

このまま何とか逃げ切る計算を張り巡らし、目の前のアルブ神に集中する。

「全く憎たらしい。なんだその希望に満ちた眼は?もしや我の能力がこれだけとでも思っているか?」

言うと目の前から、アルブ神が消えた。

「後ろだ」

僕は背中に激痛を覚えた。

「がああ」

身体が割けてしまいそうだ。背中を熱い線が走っている。それが斬られたということだと気づくのに時間はかからなかった。

「貴様のその≪魔剣≫は魔力を食うようだな。だが、それの使い手は全くの素人。この世界で一番弱い」

そうだ。己惚れていた。

僕は無職の無能で魔力もゼロだ。そんな僕がなぜ神に対抗できると思ってしまったのか

「ごめんなさい。許してください。なんでもします。ごめんなさい、ごめんなさい」

僕はその事実に気付いて、土下座をした。傷の痛みなんて忘れた。恥も外聞もない。どんなに惨めでもいい。とにかく生きたかった。

「・・・惨めだな。これが我を殺す可能性のある者だと?」

アルブ神は鼻で笑った。

「許してください許してください許してください許してください」

僕はもう謝るしかなかった。涙もとめどなく溢れる。

「もう良い、貴様に用はない。全く予言とは面倒なものだ・・・」

僕の周りを光が包んだ。足元を見ればここに召喚された魔法陣の上だった。

「消えるが良い。せめて一撃で終わらせてやる」

魔力がアルブ神の前に充填されていく。

ああー、僕は死ぬんだ。走馬灯のように今までのことが思い出させられる。

「はは、碌な思い出がないじゃん・・・」

思い出すのは嫌なことばかり。本当によくこんなことばかりで生きてこれたもんだと自分に関心してしまう。

「では、さらばだ。恨むならその≪魔剣≫の所持者となってしまったことを恨め」

先ほどとは段違いな魔法が僕に放たれた。

≪魔剣≫を振る力も残っていない。このまま死のう。


『達哉君が好きよ///これからも一緒にいて///』


「っっ」

唐突に薫の顔が思い出された。


『明日改めて、返事を頂戴。待っているわ』


そうだ。僕には明日の約束がある。

「こんなところで終われるかっっ!!」

右手に握っている≪魔剣≫を自分の足元に描いてある魔法陣に突き刺した。

すると、魔法陣の光が僕を包み込んだ。

「何っ!!?」

初めてアルブ神の動揺した表情が見えた。

僕は身体が光に覆われていく中で〚ざまあみろ』と中指を立てて意識を失った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「まさか魔法陣が発動するとはな」

ネズミの最後のあがきには驚かされた。しかし

「座標を設定しない≪転移≫など自殺と同じである。だとすれば、トドメなど刺さなくても適当なところで野垂死ぬか・・・」

まあ良い。我を殺せる可能性のある不穏分子は排除できた。

「フィアナ、消えた久保達哉に関することは委細任せた」

さきほどまで姿を見せなかったフィアナが夜の月光の中で微笑みながら現れた。

「はい。どのように説明いたしましょう」

「謀反を起こして処罰したとでも言っておけばよかろう。幸いなことにあの者は異邦の勇者の中では嫌悪の対象らしいからな」

「承知いたしました」

フィアナはその場から退室した。

誰もいなくなると、アルブ神は大笑いをした。

「これで我が勝てる!忌々しい魔族を滅ぼすためにやるべきことは済んだ!後は≪勇者≫と≪剣聖≫を育てれば、我は解放される!」

けたたましい笑い声が宮殿中に流れる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

図書館で魔法を研究した帰りに、一部始終を見てしまった運の悪い教師が一人。

「大変っ・・・久保君が消えてしまった・・・探さないと・・・!」


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