無職
僕らは≪神の石≫で≪職業≫を選定された後、宮殿の内部を案内してもらった。食堂や訓練所などの公用所を案内してもらった後、夕食の時間と明朝に訓練を開始することを伝えられた。
一人一人にあてがわれた部屋の中で僕はこの先どうしようか試行錯誤していた。
が、どうしても詰みだった。職業は≪無職≫、魔力はなし。代わりにあるのはいつの間にか持っていた刃のない剣だった。
≪神の石≫で職業が決まった後、この剣に何か特殊な能力がないかフィアナが調べてくれたが、分かったことは僕以外の人間がこの剣を握ると、剣が拒否しているのか誰も持つことができなかった。
ただ、それだけだ。僕は変な剣を持っているだけで、この国のどの人間よりも弱い。
「はぁ~」
何度目か分からないため息が出た。薫や音無先生は励ましてくれたが、何もできないことには変わりがない。
「フィアナ姫がアルブ様に僕の能力について聞いてきてくれると言っていたけど、そこに望みをかけるしかないか・・・」
身体の動きが鈍くなってきて、気力もどんどん底をついてきた。今日は色々なことがありすぎた。夕食まで寝よう。
願わくはこれが夢でありますように。
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コンコン
ドアの音で目が覚めた。身体が死ぬほど重いが、鞭を打って身体を起こした。
「はい・・・」
「私だけれど」
薫だった。さっきまで学生服だったが、見覚えのない装いに着替えていた。
「ちょうどさっきフィアナ姫に服を仕立ててもらったのよ。達哉君だけ来なかったので呼びに来たのよ」
僕が寝ている間にクラスメイト達はロザリア王国の服に着替えていたらしい。
「それよりどう?似合ってる?」
薫は白色のブラウスに黒いワンピースのようなコーディネートをしていた。普段の学生服の凛とした薫も魅力的だが、可愛い風のファッションも良く似合っていた。
「可愛‥っ、凄く似合っている!」
ちょっと恥ずかしい言葉が反射的に口から出そうになったが、ギリギリでこらえた・・・はず。
「ふふ、ありがとう。前半は聞かなかったことにしてあげるわ」
「///フィアナ姫のところに行ってくる!伝えてくれてありがとう、樋口さん!」
ほほ笑む薫を見て、居心地が悪くなった僕はフィアナのもとに向かった。
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フィアナの元に向かうと僕用に支給されるはずの着替えを受け取る。
そして、僕の職業についてアルブ神に聞いてくれているはずなので、僕はその成果が気になっていた
フィアナは申し訳なさそうにしていたので、良いことは聞けなかったのだろう。
「申し訳ありません。アルブ様も達哉様の職業、そして、その剣についてはご存じなかったようです」
「そうですか・・・」
「で、ですが、アルブ様がお連れになった勇者様です!絶対に何か特別な力があります!時間をかけて探していきましょう!」
フンス、と僕を励ましてくれている。本当に良い人だ。さっきまで憂鬱だったが少しばかリ元気が出た。
部屋に戻ろとすると、
「あっ!忘れる所でした。≪勇者≫の山本様より伝言を預かっています。」
嫌な予感しないが、フィアナの手前、聞かないわけにはいかなかった。
「『夕飯は一緒に食べよう』とのことです」
「・・・分かりました。伝言、ありがとうございます・・・」
僕は再び憂鬱な気分になって部屋に戻った。
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夕食の時間になると、食堂に向かった。
「おーい久保君」
山本たちが下品な声で僕を呼んだ。
断れば良いところを僕は身体が条件反射でそっちに身体が動いてしまった。
「どうだ、何か良い職業でも得られたか?」
僕の回答が分かっていて聞いてきた。
「無職のまんまだよ」
僕は端的に事実を伝えた。
そうすると、山本は僕の背中をバンバン叩いて笑いだした。
「そうかそうか。こっちの世界に来ても無能のまんまか(笑)」
「まあ君みたいなのが力を持っても困るしね」
「違いねえ(笑)」
「≪透明化≫とか持ってたら女湯とかを覗きそうだしな」
食堂で女子たちが悲鳴を上げた。
「静かにして」
音無先生有無を言わさない圧力で周囲を黙らせた。
「今はクラスメイトを馬鹿にしている場合じゃないでしょう?」
「ですがね、実際、久保はー」
「山本君、新川君、中藤君、細山君、後は久保君も、君たちには伝えなきゃいけないことがあるから後で食堂に残りなさい」
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「で、何ですか?僕らに残れって。明日は朝が早いんですよ?」
山本たちはヘラヘラしながら、音無先生には早く部屋に戻らせろと暗に伝えている。
「ん、じゃあ単刀直入に」
音無先生が息を吸う。
「クソ童貞ゴミカス野郎共、これ以上久保君のあることないことを噂で流してイジメをやるようなら潰すぞ?」
笑顔で恐ろしいことを言った。
僕はもちろんだが、山本たちも固まっていた。普段の音無先生からは考えられないような怒気を感じて、僕らは口が動かなかった。
再起動した新川が
「ぼ、僕らがそういうことを行ったという証拠はあるんーーー」
新川が言い切る前に音無先生がスマホを机の上に出した。そして、音声ファイルを開いて山本たちに聞かせた。山本たちはみるみるうちに顔面蒼白になっていったが、不幸なことに電池が切れてしまった。それに安堵して声を上げてきた。
「他のやつらに聞かれなければこれは証拠になりませんね」
ニヤニヤしながら攻守が逆転したことに優越感を覚えているようだった。
「ん、そう。だからこれは取引」
「取引?」
「私はこれを元の世界に戻った時に公表するつもり」
「ッ」
「だけど、元の世界に戻るためには不本意だけど君らの力が必要。だから条件を吞んでくれたらこのデータを消す」
「条件とは・・・?」
「一つ。二度と久保君をイジメない。二つ。クラスメイト全員で元の世界に戻れるように協力すること」
山本たちにとっては面白くない展開だろう。
自分たちが窮地に陥っているのだから。
だけどそれしか術がないと判断して、
「・・・分かりましたよ。条件を呑みます」
「ん、契約は成立。スマホは渡すわ。そのスマホを破壊したとしても元の世界のPCにはバックアップがあるから余計なことはしないようにね」
山本たちは面白くなさそうに部屋に戻っていった。姿が見えなくなると、音無先生はフーっと息を吐いた。
「ごめんなさい・・・これ以上良い解決策が見つからなかった・・・」
「いえ!先生のおかげで本当に助かりました!」
本心から出た感謝の言葉だった。あの生徒指導室でのやり取りが嘘ではなかったと分かって本当に嬉しかった。
「ん、でも油断はしないで。私が見ていないところで何をやるかは分からない・・・」
確かにあいつらなら狡猾な思いつきそうである。
ただ表立ってイジメられることがなくなるだけでも救いだった。
「とりあえず、明日は早いから部屋に戻りましょう。君の剣については私の方でも調べてみる・・・」
「はい!」
無職で魔力ゼロだが、僕を取り巻く人間関係のトラブルが解消しそうなので、久しぶりにぐっすり寝れそうだ。
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音無のせいで俺らはストレス解消の久保は実質取られてしまった。
「音無にやられたな」
「どうする?そのスマホを捨てればさっきの約束なんていくらでも反故にできるけど・・・」
「いや、元の世界にバックアップを取ってあるだろうから、それは悪手だろ」
正直、俺らにとってあのデータを公表しないと契約した時点で不利益を被ることはない。
が、
「なんかムカつくな」
音無にしてやられたというのは胸にわだかまりが残るし、何より久保にいい顔をされるのはムカつく。
すると、俺の頭では名案が思い付いた。
「じゃあこういうのはどうだ?」
ニヤリと笑って俺は自身の考えを伝えた。
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僕は夕飯を取りに行った。
とはいっても突然友達ができるとかポジティブなことが起こるわけではない。
でもゼロからスタートはできるかもしれない。
食事を配膳されるときに僕の番になった。
その時、配膳してくれる召使の視線に一瞬違和感を感じた。
しかし、気のせいだと思って、シチュー風の異世界料理をいただいた。
「うまい」
見た目通りの味だった。
「美味しいわね」
「ん、美味しい」
隣にいる薫と正面にいる音無先生がシチュー風味の異世界料理に舌鼓を打った。
「チューシと言うらしいわね・・・」
「惜しい・・・」
僕らがそんな感想を抱いている間に
「私は二日ぶりの食事・・・、給料日がまだ先だったから異世界転生できてラッキー・・・」
「ちゃんとご飯は食べましょうよ・・・」
僕ですら、一日一食は食べていたのに・・・
「パチンコで溶かしてしまった・・・」
僕と薫は何も言えなかった。
ただ見た目通りダメ人間だったことに謎の安心感を得てしまう。
「そのダメ人間を見る目。なんか照れる///」
これ以上この話をすると、開けてはならないパンドラの箱を開けてしまうことになりそうである。
「クラスのマドンナと美人教師と食事なんて良い身分だね~」
そんな話をしていたらニヤニヤしながら山本たちが絡んできた。
「君たち・・・」
「相変わらず気持ちが悪いわね。近づかないでほしいわ」
音無先生は普段の先生モードで視線で釘をさし、薫が心底嫌がっていた。
一瞬山本たちがキレそうになったがアルカイックスマイルをなんとか維持していた。
「わかってますよ。それと樋口。僕たちはただ≪剣聖≫様と≪付与師≫様に構われている≪無職≫様に≪勇者≫として力を貸してほしいと頼みに来ただけだよ。」
無職のところを妙に強調されたが、
「そう、どうでも良いから早く消えて」
「おい、調子にのるー」
「やめなさい。今のは樋口さんが悪い・・・謝りなさい」
薫ははぁーと息を吐いて
「言い過ぎたわ、ごめんなさい・・・」
不承不承と言った感じだった。
「まあいい・・・仲良くやろう」
「それと、久保君・・・協力の件は大丈夫だよね・・・」
クラス全員で帰るには山本の≪勇者≫の力は必須である。だから僕はどれだけ嫌いでうらみがあったとしても仲間の数だけ力を増す≪勇者≫の支持者になる他ないのである。
「よかった。明日から訓練、よろしくな」
ニコニコ笑ってくる山本たちに違和感がぬぐえないが今の時点では何もできない。
用事を済ませたのか、踵を返して、僕らから離れていった。
そして、クラスメイト達が僕に対するいつもの悪ノリがないことに疑問を抱いているようだった。
薫はさっきからゴキゲン斜めである。
「あんなのと幼馴染だっていうのは黒歴史だわ・・・」
「ん?、初耳」
僕は聞いていた。放課後のゲーム対決で僕に負けると、表面上はあまり変化がないのだが、不満や鬱憤をよく口にしていたので、意図せず知ってしまった。
「達哉君と先生だけにしか言っていませんから」
「なるほど・・・」
僕の方を音無先生が見て
「なるほど・・・」
「どういう意味ですか・・・?」
「何でもない・・・」
音無先生が何か得心が言ったようだが、何か引っかかる感じがした。
その後は無言で夕飯を食べて、食堂を後にした。
その時に配膳の時に感じた視線を四方八方から感じたが気のせいだと思って部屋に戻って、明日の訓練に向けて寝た。