プロローグ2
薫と教室で別れて、僕は音無先生のもとに向かった。
正直この先生のことは苦手だ。というよりも恨んでいる。
僕は今の状況を打破しようと、相談を持ち掛けたことがある。
相手はもちろん音無先生だ。
僕は当時の状況を伝えた。
山本を筆頭にイジメを受けている旨。あることないことで噂をバラまかれて困っていること。
それに対して、音無先生は
「ん、任せて」
と言ってくれた。
けれど、その一言から今まで全く状況は変わらない。
結局僕の言ったことは戯言だと処理されてしまったのだろう。
職員室に着いた。
コンコンとノックを叩き、扉を開けた。
「音無先生はいますか?」
僕の声が聞こえたのか、音無先生は首だけ僕の方に向けて、僕にこちらに来るように促した。
音無典子。現国の先生である。いつも気だるげで眠そうにしている。顔は端的に美人だが、自分の容姿に興味がないらしいので、髪や服はいつもボサボサ。末っ子のようにみんなに可愛がられるタイプであり、僕以外の生徒の悩みには親身になって聞いてくれるらしいので、生徒人気もある。
「どうしたの?」
僕の気もしらないで叫びたくなったが我慢する。
自分の手に持っている退学届けを音無先生に見せる。
気だるげそうな目が大きく開かれる。
退学届けを受け取って、すぐにポケットに突っ込んでしまう。
「生徒指導室に行こ・・・」
「はい」
生徒指導室に着いて、僕も音無先生もお互いに沈黙である。
これ以上黙っていても、仕方がないので僕から言葉を発した。
「僕はイジメを受けていました。うつ病にもなりました。先生にも相談したけど、何も変わりませんでした。だから辞めます」
僕はなるべく平静でいようとしつつ、言葉の尻に棘を含ませて音無先生に伝えた。
「先生には伝えましたよね?けど、先生は僕以外の生徒には親身になってくれる「良い」先生だけど、弱い立場にある僕のような生徒のことは見て見ぬふりをするんですよね?」
もう明日から会うことはないと分かって溜まっていた鬱憤をすべて晴らしてやろうと決めていた。
「何か言ったらどうですかっ?!」
久しぶりに怒鳴り声が出た。もう生徒指導室の意味もないくらいに大きな声が出たので、外にも聞こえているだろう。
「ごめんなさい・・・」
ようやっと出てきた言葉は謝罪だった
「そんな謝罪でっっ!?」
僕が再び怒鳴ろうとしたときに、音無先生はスマホを差し出してきた。
「これは・・・?」
「まずは聞いてみて・・・」
スマホには音声ファイルが一面にある。
なんだこれ?
目線だけをスマホから音無先生に上げると、音無先生は黙ってうなずいた。
『久保のやつ、今日も面白かったな(笑)』
『それな。中学の時に女子のリコーダーを集めるのが趣味だって噂を流したらめちゃくちゃ動揺してくれたよな(笑)』
『それな(笑)苦労してコラ画像を作っておいてよかった(笑)』
『あんときの写真はクラスのグループに送っておくわ(笑)』
『頼んだ(笑)』
次の音声ファイル
『カンニングしたって俺が言ったらあいつの信用は全くなくなったよな』
『そりゃそうだろ。山本は学年でトップクラスの成績で生徒会に入っているしな』
『しかも自分の好感度を上げるために、久保を庇って話を大きくしないとかとんだマッチポンプだよな(笑)』
次の音声ファイル
『煙草をあいつの鞄に入れた時の反応面白かったな(笑)』
『そうそう(笑)滅茶苦茶動揺してたな(笑)』
『どうしていいのかわからなくて顔面蒼白になっていたな(笑)』
『動画は取ってあるぞ(笑)』
なんだこれ・・・?
僕は目線だけ音無先生に向けた。
「ごめんなさい・・・証拠をそろえるのに時間がかかった」
音無先生は心底申し訳ないといった感じで僕に頭を下げてきた。
僕は茫然としていて何も反応ができない。
ということは僕が一人で勘違いしていただけなのか?
音無先生はずっと僕の味方だった・・・?
「山本君はこの学校の理事長の息子。私が久保君のことを生徒指導の教師に伝えてももみ消されてしまった・・・」
音無先生は憎々し気に当時のことを思い出している。
「だから、私は確実な証拠を揃えた・・・すべては明日の全校集会のために」
「明日・・・?」
明日のことなんて頭の中から完全に抜け落ちていた。もう今日で学校に来る気はなかったからだ。
「明日は私が全校集会で挨拶をする・・・そして、学校外のお偉いさんがたくさん来る・・・
だから、明日の暴露は隠蔽できない・・・!」
普段の音無先生からは全く想像できない表情だった。今まで何もできなかった無力感、憤りをあらわにした。そして、僕を優しく見た。
「改めてごめんなさい・・・本当に遅くなってしまった。久保君が苦しんでいるのを知っていて、ずっと見ているしかなかった・・・けど、明日から君の学校生活は激変すると約束する。だから、明日も学校に来てみない・・・?」
音無先生の懇願に僕は不思議と涙が出てきた。
「本当に明日からイジメがなくなるんですか?」
「もちろん・・・」
「山本たちはいなくなるんですか?」
「もちろん・・・イジメの代償は何があっても払わせる」
感極まって、自然と涙が出てきた
「僕はあじだがらっ、楽しくいぎられるんでずば?怖がらなくていいんでずか?」
「もちろん・・・」
もう耐えることができなかった。涙が止まらなかった。裏切者だと思っていた音無先生は誰よりも僕のために行動してくれていた。とても嬉しかった。
そして、ようやく地獄から解放される。寝ても覚めてもいじめられることばかり。ご飯を食べても砂の味。何をしようにも息切れしてしまう。
そんな感情がぐちゃぐちゃになってもう自分の感情が抑えきれなくなった。
生徒指導室で泣き止んでからは音無先生に謝ったり、逆に謝られたりしたり良く分からなくなった。
辛くて耐えたあの地獄で恨んだあの時間は僕の中ではすっかりとなくなっていた。
明日からどうなるのか。明日が楽しみなんて久しぶりだった。
僕は下駄箱に向かって意気揚々と向かっていると先ほど別れた薫がいた。
「あの、達哉君。やっぱり退学なんてやめない?その、私じゃ何も力になれないかもしれないけれど、で、でも達哉君が辞めないためならお父さんに頼んだりしてイジメのことを止めてもらうこともできるかもしれない。それから、それから・・・」
薫は僕のことをずっと待っていてくれたのだろう。
普段では絶対に見れない薫のパニックになった姿。なんとかして退学を止めようとしてくれている姿を見て僕の心はほっこりした。
「あなたが退学をするなら私は―――」
「しないよ」
僕は笑顔で答えた。
「えっ」
「退学は取りやめた」
薫は間抜けな顔を晒した。今日だけでたくさんの薫の顔が見れたのだから物凄く得した気分だ。
薫は再起動して普段の凛とした表情に戻ってきたが、目元が赤くなっている。
「そ、そう・・・なら別にどうでもいいわ。けれど私をここまで心配させたんだから今日は何か奢りなさい///」
「っ///」
不意うちの照れ隠しに僕も顔が赤くなった。普段の綺麗な薫はいつも見ているから慣れているが、このギャップは反則だ。
「返事は?」
「わかった―――へ?」
突如僕らを白い光が覆った。
「何・・これ・・・・?」
「樋口さんっ」
反射的に手を伸ばして薫の腕を取った。
何がなんだか分からないが薫だけは離してはいけないと思った。
そして、僕らは完全に光に包まれた。
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「何だったんだ?・・・」
だんだんと視界が開けてきた。
そこで見たのは魔法陣らしきものの上にいる自分のクラスメイト達と音無先生、そして、金銀で装飾された荘厳な宮殿であった。
内部にはメイドのような使用人や騎士。そして、この宮殿の主とその隣で礼儀正しく柔和に微笑んでいる王女様。
こんなのはフィクションだ。夢だ。けれど僕の頭では正解にたどり着いていた
「異世界転移じゃん・・・」
僕らは異世界転移をしたらしい・・・