黒聖女
「んん~、ここは・・・?」
目を覚ますと知らない天井が見えた。
洋風の童話にでも出てきそうな部屋の内装である。
「俺は確か・・・」
そうだ。大蛇と戦って、そのまま毒と疲労でぶっ倒れたはずだ。
≪魔剣≫はいつも通り俺のすぐそこにある。
しかし、身体は不思議なことに全くの無傷であった。
理由はこの家の住人が答えてくれた。
「目が覚めたみたいね」
声が聞こえた方を見ると、黒を基調にした修道服に身を包んだ女がいた。
女はベールで目を隠しているが、その隙間から深奥のルビー色の瞳がのぞいていた。
髪は雪のような白さで、腰まで伸ばしている。
修道服で隠すことができないくらいにはスタイルが良いと思わせられた。
しかし、その立ち居振る舞いは聖職者といったイメージとはどこか違うと思わせる。
「あなたが俺を助けてくれたのか?」
「ええ、そうよ。」
簡潔に認めた。
「そうか・・・ありがとうございます」
「お礼はいいわ。それと敬語もいいわ」
ぐう~~~
部屋中に俺のお腹の音がなった。そういえば碌に食べ物を口にしていなかった。
女はクスっと笑って
「まずは夕飯にしましょう」
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「ご馳走様」
肉じゃがとパンのような食べ物をごちそうになった。
普通にうまかった。
「今更だけど、俺は久保達哉。改めて助けてくれてありがとう」
「私はイーリス。元聖女よ。お礼ならこれから返してくれればいいわ」
「元・・・?」
「ええ。でも今はそんなことはどうでもいいのよ!」
「うお!」
イーリスは食い気味に身を乗り出してきた。
「俺は今何も返せるものがない・・・」
「物品なんかいらないわ!私は貴方の力が欲しいのよ!」
「力・・・?」
「ええ!貴方ヨルムンガンドを追い払っていたでしょ!?」
「ヨルムンガンド・・・?」
「あの大蛇よ!」
イーリスは俺が大蛇、ヨルムンガンドと戦っていたところを見ていたらしい。
それよりこの女の勢いに押されてしまう。こっちが素なのだろう。
「貴方の力があればあの鬱陶しい蛇から解放されて、この≪奈落の樹海≫から脱出できるの。命を救ってあげたんだからそれくらい手伝いなさい」
助けてあげたんだから、その命を私のために使いなさいと言ってきやがった。
「そもそも、何で俺の力が必要なんだ?倒さなくても逃げ切れるんじゃないのか?」
「絶対に無理。クソアルブに私の監視を命じられた大蛇だから、逃げようとしたら感知される。昨日もそれで捕まりかけたし・・・」
なるほど、いや、待て。この女今逃げようとしてヨルムンガンドに捕まりかけたっていったな
「まさか・・・」
イーリスは目が泳いでいる。ってことは俺があんなところでヨルムンガンドに遭遇したのはこの女のせいってことじゃ・・・
「盛大なマッチポンプじゃねぇか!!」
俺は心の底から叫んだ。
「し、仕方がないでしょ!こんなジメジメした樹海で十年以上も一人でいるなんて気が狂いそうになるのよ!」
逆ギレされた。流石に俺もブチ切れて盛大に言い合いになった。
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「もういい・・・疲れた」
「そうね・・・私も悪かったわ・・・」
言いたいことをお互いに言いまくって、疲労感が凄い。
最後に一番気になることを聞いた。
「俺がヨルムンガンドを追い払ったときに見捨ててその隙に逃げちまえばよかったじゃないか?」
「わたしだってそれは考えたわよ。だけど、私のせいで人が死んだら後味が悪いじゃない・・・」
どうやらクズではないらしい。俺がヨルムンガンドと遭遇したのは本当に事故なのだろう。
さっきまでは強い言葉で自己擁護をしていたが、落ち着けば自分の責任だということに気付いたのだろう。
「ハアハア・・・それにしても人と話をするなんて、久しぶりだわ・・・」
さっきまでの言い合いを思い出して、イーリスは感慨深く呟いた。
本当に全く人と関わってこなかったんだな
「そういえば、クソアルブって言ってたけど、ロザリア王国の≪現人神≫のことだよな」
「そうね。貴方もロザリア王国の出身なのかしら?」
「いや、俺はこの世界の人間じゃない」
「どういうこと?」
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「なるほどね・・・貴方は異邦の勇者なのに無職で魔力ゼロ。そして、その≪魔剣≫を所持しているからアルブから危険視されて殺されかけた。で、間一髪のところで転移の魔法を発動させて≪奈落の樹海≫に飛ばされたのね・・・嘘をついているようにも見えない・・・運が良いのか悪いのか・・・」
俺の話を聞いて同情のまなざしをむけてきた。改めて俺の運のなさは相当なものだなと思った。
「そして、あなたのその≪魔剣≫なんて剣、見たことないわ。魔力を食うなんてとんでもない能力じゃない。それならヨルムンガンドを追い払えるのも納得だわ」
≪魔剣≫をまじまじと見ながらそうまとめた。
「まあ、≪魔剣≫がジョーカーなのはわかるけど、俺自身は無職の魔力ゼロだ。そこら辺の魔力なしの獣に負けてしまうのが現実だ。ヨルムンガンド戦も遊びで遠距離から魔法を放ってきてくれているだけだったからなんとかなったけど、魔力を使わない攻撃をされていたら俺は詰んでいた・・・」
「なるほどね・・・」
イーリスは腕を組んで考え込んでしまった。幻滅されたのだろうか?悪癖だが俺は目の前の人間が突然黙り出すと悪口を言われている気分になる。この辺りはどうしても治らない。
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5分ほど経っただろうか。イーリスは顔を上げた。
「いいわ。当初の予定通り組みましょう。貴方の力はこの場所から抜け出すのに必須だわ」
イーリスはそういった。
「ただし、貴方にはやってもらいたいことがある」
「やってもらいこと?」
何だ
「まず一個は基礎体力の向上。こればっかりは何をするにしても必要。それに『魔剣:飛式』というあなたの唯一のスキルは体力を消費するんでしょ?」
「そうだな」
ヨルムンガンドを追い払ったときの一回しか使っていなかったが、あの時の疲労感はすさまじかった。基礎体力の向上の必要性は俺も感じていた。
「次に実戦慣れね。話を聞く限り、全く実戦の経験がないんでしょ?」
これも納得。
「実戦に関しては私が修行してあげるわ」
これには驚いた。イーリスはお世辞にも近接戦闘が得意そうな見た目ではなかった。
「私を侮ってる?ならステータスを見せてあげるわ」
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イーリス レベル:50
≪職業≫:黒聖女
≪スキル≫:空間 再生 瞬間模倣 攻撃魔法強化 腐魔
≪呪い≫:『 』
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何だこのチート・・・ってか『黒聖女』って何よ。
「黒聖女っていうのは神に反逆した聖女が堕ちるとそうなるのよ」
イーリスは俺の顔から心を読んだのだろう。
「ってことは何か悪いことでもしたん?」
「違うわ・・・私の場合はっっ、隠れて!!!」
俺は突然突き飛ばされ、部屋に戻された。
「何すんだ!!」
「黙って!アルブが来るのよ!!!」
「え?」
意味が分からない。俺は寝ていた部屋に強制的に戻された。
「絶対に声を出さないで!!」
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イーリスは外に出た。すると、俺たちが召喚されたときの魔法陣が発現し、一瞬光るとアルブが出現した。
『久しいなイーリス』
『ええ、お久しぶりです。「アルブ様」』
アルブとイーリスの声が窓越しに聞こえてきた。
『相変わらずつれないな。いい加減我のモノになる気はないか?』
『死んでも嫌です』
首の前で親指を下に向けながら、首を斬るジェスチャーをする。しかも笑顔で・・・
アルブ相手に不遜がすぎる。俺は家ごと吹き飛ばされるのではないかと不安になる。
『全く・・・。貴様の目には呪いをかけてやったのに余計な魔道具を覆いおって・・・本来なら無理やりにでも剥がすのだが・・・』
『私に呪いをかけて堕とした相手の言うことなんて聞くわけないでしょ?後それをやったら≪腐魔≫を開放する。死ぬことになるけど、魔力の塊である貴方は困るでしょ?』
『そうだな・・・全く・・・本来なら魔族相手に≪勇者≫と並んで切り札になりうる存在なのだがな・・・』
話を聞く限りだとイーリスはアルブ相手に切り札とも言うべき力を持っている。そして、アルブはそれを魔族との闘いで利用したいからイーリスの不遜な態度に殺すことができないというわけか。
『まあ良い。最悪の場合はこちらにも手がある』
そう言って退去するのかと思ったが、思い出したかのようにアルブはイーリスに振り返る。
『そういえばヨルムンガンドが傷を負ったらしいのだが何かしたか?」
「っ」
俺はハッと息を呑んだ。
『何の話かしら?』
イーリスはとぼける。
『いやな。ヨルムンガンドの様子を見に行ってみたら、片目が失われていてな』
『それがどうしたのよ』
『それがまるで魔力を奪われたかのような傷を受けていた。』
『それで?』
『知っていることがあれば吐け!』
アルブは神意を開放してイーリスにプレッシャーを与えた。俺は隠れているが、そのプレッシャーの余波を受けて、冷や汗がだらだらと流れてきた。
『何も知らないわよ』
イーリスはきっぱりと言い切った。
『むしろヨルムンガンドを倒せるような何かがあるならぜひ探しに行こうかしら』
イーリスはそこに軽口を加えて、アルブを挑発した。
『まあいい・・・また来る。いい加減この生活にも飽きただろう?強情を張っていないで我のモノになった方が利口だぞ」
『ご忠告ありがとうございます、二度と貴方に会わないことを祈っているわ』
イーリスがそう言うと、アルブは来た時と同じように魔法陣を発動させ、一瞬光ると姿が消えた。
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アルブが去ったのを確認すると、俺たちは会話を先ほどの会話を続けた。
「つまり、私はアルブの悲願である魔族の殲滅において切り札になりうる≪スキル≫、≪腐魔≫を持っているから狙われているのよ」
「≪腐魔≫・・・?」
「そう。私を中心に一定範囲内で魔力持ちの上限魔力をゼロにする能力よ。だけど、私の寿命を引き換えにする能力だからほとんど使えないけどね」
「なるほど・・・」
「私は元々本当にただの敬虔な神の聖職者だった。だけど、魔族との戦闘が始まったくらいに≪腐魔≫の能力を発現してしまった。ただの聖女にふさわしくない能力だったので、アルブの元につきだされたの」
確かに一般的に聖女と言えば体力の回復や状態異常を治したりといった能力がほとんどなイメージがある。破壊的な能力に目覚めるのは例外なのだろう。
「けれど私の能力はアルブにとって物凄く有用だった・・・だからアルブは私の両目に呪いをかけてきた・・・」
「呪い?」
「そう呪いよ」
だから、目をベールで覆っているのか。微かにルビー色の目が見えているが、おそらくベールが呪いを遮断しているのだろう。
「ちなみにどんな呪いなんだ?」
俺は好奇心から聞いてみたかった。
「・・・・・・・・・・≪魅了≫よ」
何か長い間があったが、≪魅了≫の呪いをもらったらしい。
「直接目が合うと、相手が私に魅了されてしまうのよ。まあそんなものなくても私は魅力的だと思うんだけどね」
凄いことを言っているけど、確かに美人だから否定する材料もない。
「話を元に戻すわね。私は突然呪いを受けて今まで崇拝の対象であった目前のアルブに猜疑心を抱いてしまった。このままだと私はアルブの傀儡になってしまう。そう思った私は逃げ出した。だけど途中で捕まってこの≪奈落の樹海≫で監視されながら暮らしているってわけよ!ああークソ!!、なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ!!」
最後の方は自身の境遇に対して怒りを抱いているらしい。
俺も同じようなものだから、アルブの理不尽に怒りたくなるのも良く分かる。
ただ、俺は一つ疑問があった。
「≪腐魔≫が強力なのはわかったけど、イーリスは捕まってここにいるんだよな?ということはアルブはイーリスを無力化する術があるのになぜそれをやらないんだ?」
イーリスは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら答えた。
「・・・・・あいつが私に惚れているからよ。絶対にごめんだけど」
「・・・そうっすか」
俺は痴情のもつれかと力が抜けた。
「じゃあ何で≪魅了≫の呪いをかけたんだろうな」
「知らないわよ。神の考えることなんて。この話は終わり。それより明日は朝から修行よ。覚悟しなさいね。」
無理やり感が否めないが、話はここまでということらしい。
イーリスは部屋から出て行ってしまった。




