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8.廃太子【side ジェラルド】

 

 澄み渡る青空が拡がる。

 雲一つ無い、清々しい朝。


 私は王城の自室で侍女に起こされる前に目を覚ます。

 いつものように王族に相応しい華美な服装ではなく、質素な服を着る。

 フレディにアドバイスされてから、着替えは自分でやるようにした。

 今までは侍女の手を借りていたが一人で着るとなると装飾が邪魔だったり後ろはできなかったりと不便だった。そこは仕方なく手伝って貰った。

 これを機に王族の服装を見直しても良いかもな、とフレディに言ったら苦笑いと共に同意された。


 物心ついた時から過ごした部屋を見渡す。

 未練は無いが最後だと思うと感慨深い。



 あれから何度か住む予定の街であるアミナスに行き、警備隊の詰所も訪ねてみた。

「再就職先を探している」と言うと簡単な剣のテストをされ、即採用となった。

「今の仕事が休みの日に慣らしたい」と言うと

「訓練したいなら好きな時に来ていい」と、寮の部屋を貰えた。

 私が王太子だと気付いていて気を使われているのかと思ったが違った。

 他の隊員たちと扱いが同じだった。


「お前筋肉が圧倒的に足りないから本格的に働き出すまでになるべく体力付けとけ」


 詰所の隊長からばんっと背中を叩かれた。

 骨が折れるかと思うくらい痛かった。


 一泊二日で訓練に参加した事もある。

 夜はお腹が空いたがあまりにも疲れ過ぎて食欲が湧かなかった。

 隊長が夕食を包んで部屋に持って行け、と持たせてくれた。

 部屋に帰ってすぐベッドに沈み、目が覚めてから湯浴みを、と思ったが時間切れで入れなかった。

 汗だくのままではさすがに臭かったので、うとうとしながら身体を拭いた。


 だが再びそのまま寝てしまい湯を張った桶に顔を突っ込んで目が覚めた。少し温くなっていた。

 慌てて床を拭き、身体を拭いた。


 さっぱりするとお腹が空いてきたので包んで持ち帰った夕食を食べた。

 食堂にはあるが、今は自前のナイフとフォークは持って無いから仕方なく手掴みだ。

 これも慣れないといけないのか、と思った。


 今までとはがらりと違う生活。

 だが不思議と嫌だ、とかキツイな、とかいうのは無かった。

 最初だからかもしれないが。


 帰城してからも慣れる為に様々に工夫をしていった。

 少しずつ、平民に近付けるように。


「なんだか身体つきが逞しくなりましたね」


 毎日空いた時間に鍛錬をしていたらそれなりに筋力は付いてくる。

 もう少しでフレディが立太子し、私は同時に市井に下る。

 彼にはアミナスの街の警備隊に所属する事を報告した。


「私が成婚した暁にはアミナスでパレードでもして貴方にお披露目しますよ」


 フレディはにやりと笑った。

 気付けば婚約解消から約三年が経過していた。



 そして、フレディの立太子の日。


「皆の者、これからはフレディ・サージェントが王太子となる。努力家で広く見渡す目を持つ者だ。彼を支えていってほしい。

 それから、我が嫡子であるジェラルドは廃嫡とする。これは決定事項だ」


 ざわりと聴衆から悲鳴や歓声が上がる。

 その中へフレディが歩を進めると、しん、と静まり返った。


「フレディ・サージェントです。

 この度王太子を拝命しました。私が国を導くにあたり、皆さんの助力が必要です。

 どうぞよろしく頼みます」


 その声は広く響き渡り、落ち着き払った少し高めの声は有無を言わせない力強さもあった。

 ぽつりと、まばらに拍手が聞こえるとそれはさざなみのように拡がりやがて大きな拍手となった。

 私はそれをホッとしながら壇上の袖から見ていた。


 婚約者のマリエッタも紹介された。

 フレディにエスコートされ壇上に立つ二人は幸せそうに微笑み合う。


 私はレーヴェに対し、同じ事ができていただろうか。──答えは否だ。

 

『私は生涯アンジェリカ唯一人を愛する。

 仕方なく迎える妃を決して愛する事は無い。

 飾りで良いならその覚悟を持って来るが良い』


 最初からそう宣言をし、アンジェリカだけを愛すると決意した。


『私が生涯を通して愛するのは、亡くなったアンジェリカただ一人だ。

 この先貴女を愛する事は無いだろう。それでも良いのか?』


 だが実際にレーヴェに出逢い、惹かれてしまった。あんな宣言をした手前、簡単に変わろうとする己の心など認めたくなかった。


『貴女とは政略結婚だ。対外的な義務は果たす。だが会話や触れ合いは必要最低限だ。

 ……本当ならば、アンジェリカ以外触れたくなど無いのだがな……』


 そんな事を言いながら、いつも触れたくてたまらなかった。

 誰かの温もりが嬉しくて。

 唯一、エスコートの時だけは許される気がした。


 壇上の二人が眩しかった。

 私は、幸せを手放したのだ。

 彼女からの愛を捨てておきながら彼女からの愛を未だに願う愚かな男。

 私は目を伏せ、暫くそのままでいた。


 だが、もう、進まなければならない。



 祝宴はまだ続く。

 だが私は壇上の袖からそっと退場した。

 廃嫡されし王子は、自ら舞台を降りたのだから。



「王太子殿下」


 愚か者は闇夜に紛れそっと城をあとにしたが、身分ある者に呼び止められた。

 深く腰を折り礼をする。


 私は廃嫡された平民だ。

 目の前にいるのは元婚約者の父であるスタンレイ侯爵。私が見下ろして良い人物では無い。


「殿下、顔を上げて下さい」


 私はすっ、と顔を上げ、膝を突いた。

 平民となった私は上の者の許可無く頭を上げる事は許されない。そして上の者を見下ろす事もできない為、スタンレイ侯爵より少しだけ背が高い私は膝を折る事にしたのだ。

 侯爵は顔を強張らせ、緩く頭を振った。


「恐れながら尊き御方。私は既に廃嫡された身。王太子という身分も返上致しましたゆえ、私の事は以後『ルド』と呼び捨てて下さい」


 スタンレイ侯爵は目を見張る。しばし逡巡し、躊躇いがちに口を開いた。


「……では、ルドよ。これから先、行く宛はあるのか」


「御心配痛み入ります。ここより少し離れておりますがアミナスの街の警備隊に所属致しております」


 アミナスの名前に、侯爵がわずかに反応した気がした。だがそれを悟られないようにしてか、侯爵はごくりと喉を鳴らす。


「アミナスか。そこには私もよく行く。

 ああ、ちょうど明日行く予定がある。そこまで私が送って行こう」


「しかし……」

「君は警備隊に入るという事は、貴族の護衛を引き受ける場合もあるのだろう?侯爵家の馬車の護衛を頼みたい」


 警備隊はその街の散策をするお忍び貴族の伴をする事もある。気に入れば詰所を通さず護衛を頼む事も。

 少し悩んだが貴族からの申し出を断る理由も無い。


「承りました。謹んでお受けさせて頂きます」


「そうと決まれば今日は我が侯爵邸で休むが良い。出発は明日。良いかな」


「かしこまりました」


 何の巡り合わせか、アミナスへは明日、スタンレイ侯爵と共に行く事になった。




 翌朝、夜明けと共に目が覚める。

 庭の一画を借りて剣を振る。これは毎朝の日課だった。

 スタンレイ侯爵の客人として招かれたので、汗を拭いてから朝食を頂き、荷物の整理をしてエントランスで侯爵の訪れを待った。


「早いな」


 侯爵の言葉を受け一礼する。


「馬車に乗るかい?」

「いえ」

「では馬は乗れるな?彼に一頭貸してやってくれ」

「侯爵様、私は歩きで……」

「我が家の護衛は皆平等に騎乗する。遅れは取らないように」

「……かしこまりました」


 ここまでして貰える程の事ではないのに、と戸惑いはあるが確かに遅れを取っては逆に迷惑だ、と皆と同じ様に騎乗し、護衛としてお伴をする事になった。



 朝早くに出発し、翌日の昼過ぎにはアミナスの街の外れに到着した。

 少し遅めの昼食を摂ると、着いて来てほしい場所があると言う。


「ただし、この兜を被るように」


 それは頭を全て覆うタイプの兜だった。

 言われた通りに被る。下は一応侯爵家から支給された騎士服だが見た目がチグハグで不格好だ。

 そんな事を思いながら侯爵のあとを付いて行く。

 向かった先は修道院だ。



「君がこの街に住むなら、知っておいて貰いたい」


 修道院に到着し、門を潜る前、侯爵に声を掛けられた。何を、と思って侯爵を見る。

 扉がギイ、と音を立てる。中から出てきたのは一人の女性だった。



「レーヴェ」


「お父様、お母様……」


 兜に隠されていなければ取り乱していたかもしれない。その姿を見て鼓動が早鐘を打つ。

 顔から汗が噴き出てくる。

 みるみるうちに、涙が溜まる。


 私が会いたくて、逢いたくて、たまらなかった女性がそこにいた。


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