幸せへの道標
産後一週間程を診療所で過ごし、リヴィは帰宅した。
これ以上いると診療所で働きかねないからと医者から待ったがかかったのだ。
「産後の過ごし方はこの先の未来に影響があるそうよ。是非無理はしないようにね。
診療所は暫くお休みでいいわ」
「すぐ戻るわ」
「だーめ。ちゃんと話聞いてた?今のリヴィは赤ちゃんのお世話が仕事。見た目には分からないけれど、内臓傷付いているのよ。感情だって昂ってるんだから。
一ヶ月は無理は禁物。いいわね?」
「……分かったわ」
さすがのリヴィもべハティさんの迫力には負けるようで。
診療所から出て家で療養する事にしたようだ。
帰宅すると、リヴィとルカを寝室へ誘導した。
『帰ったらリヴィはご飯作ったりするだろうからまださせちゃダメよ』
べハティさんに言われた通り、リヴィが動きたがったから寝室に押し込んだ。
警備隊から休暇を貰えたんだ。
リヴィの世話は俺がするからリヴィにはルカの世話に集中してほしかった。
王族貴族の時には当たり前にいた乳母はいない。
二人だけで赤子を世話しないといけないのだ。
その日から始まったルカとの生活は、今までの二人だけの時とは全く違っていた。
ルカは寝ている時以外はほぼ泣いていた。
乳をやってもおむつを替えても泣くときは泣く。
ルカが泣きやまずリヴィが不安そうにしていると余計に。
抱っこしていればおさまるが、ベッドに寝せると泣き出して、リヴィがずっと抱っこして俺が買い物に出ている間にルカを抱いたまま寝ていて落としそうになった事もあった。
「どうしよう、ルカの訴える事が分からないわ……」
そうして自分を追い詰めてしまうリヴィは涙ぐむ事が多かった。
「リヴィ、ルカはたぶんお母さんが大好きなんだ。ずっとお腹の中にいたから、離れたくない気持ちが強いのかもしれない」
ルカが泣く理由が分からない、母親失格かもしれないというのは近所のお母さんが「何となく分かるものよ」と言っていたからだろう。
だが俺も分からないからリヴィが気にする必要は無いと思うんだ。
「でもいつもルカを抱っこしてたらリヴィが参ってしまう。
だから俺を頼って。俺もルカの父親だ。
子どもは二人で育てるんだから」
それからリヴィは肩の力を抜いた。
常にルカを見張るようにしていたが、俺に任せて眠る時間を増やした。
夜中に泣き声で起きて乳をやる事は代われないのがもどかしいが、ルカを抱っこするリヴィを支えるくらいはできる。
月日が過ぎて重くなってくると抱っこすら辛そうだったからルカを抱っこするときはクッションをあてるなどして負担軽減した。
周りの経験者の知恵がとてもありがたく、新米親の俺たちは四苦八苦しながらルカを育てた。
俺は今まで生きてきた中で大半は王子として暮らしていた。
その時は当たり前の事が当たり前としてある事に気付いていなかった。
だが平民となり、それがいかにありがたいことなのか思い知った。
何もしなくても食事が出て、着替えもあって、快適に過ごせる空間があった。
欲しいものは言えばすぐ手に入り、それが当たり前だった。
だがそれは本当は当たり前じゃなくて、身分が低い者はだからこそ手に入れたがり大切にするのだろう。
更に愛する人がそばにいて、喜びも幸せも悲しみさえ分かち合える。
それがどうしようもなく嬉しくて、何度御礼を言っても足りないくらいだ。
リヴィは俺のせいで生命を絶とうとしてしまった。
だが侯爵が救ってくれた。
今もこうして生きていてくれている。
それがとても嬉しかった。
「そろそろ私一人でも大丈夫。いざって時はべハティに頼るわ」
「心配だなぁ。くれぐれも無理はしないように」
結局リヴィの体調を考慮して、俺は仕事を二ヶ月半休んだ。
その頃になると要領を得、ルカも夜眠るようになったのでリヴィも寝不足が解消されつつあったのだ。
だがそろそろ働きに出ないと生活面も不安だった。
「リヴィ、俺はもっと頑張る。リヴィの希望を叶えられるように。
全部は無理かもしれない。けどなるべく叶えたいと思う」
どうしたって贅沢はさせてあげられない。
でも日々の生活の中で小さな幸せはリヴィにあげられると思った。
「ありがとう、ルド。ルカがいて、ルドがいて、アミナスの街の人が助けてくれて。
私今幸せだよ。
欲を言えばもう一人子どもほしいかなぁ、なんて」
子どものお世話は大変だけど、愛する人との子だから愛おしい。
「うん。授かりものだから確実とは言えないけど、俺もリヴィとの子、ほしい。
リヴィと育てたい」
ルカが無事に産まれて、リヴィを失うかもしれない恐怖は克服できた。
勿論毎回付きまとうだろうけど、リヴィは簡単に死なないと約束してくれた。
だから、リヴィを信じたい。
その後リヴィはもう一人の子、エルを生んでくれた。
その子は俺の母上の肖像画に何となく似ている気がした。
数年後。
「ジュードさんから手紙来たよ!
わっ、また色んなおもちゃが入ってる!」
鎮魂祭で出会ったルカのお友達二人は、頻繁に色々な物を買ってはルカに贈ってくれる。
それはもう競い合うようにして。
「これはエルにかなぁ?ジュードさんもレーベンさんもまた来るって」
引退した二人はアミナスに別荘を買い温泉目当ての保養と称して住み始めた。
その別荘にルカは友人の家に遊びに行くような感覚で行っている。
そのうち王都の学園にも通わせろと言いだしかねないな……。
「ねえ、ルド」
「……すまん」
「私たち、除籍されたのよね……?」
「そのはずだ」
あくまでも友人の立場の祖父たちの暴走をこれからどうやって止めるのかが悩みの種だが。
「でも、ルカは嬉しそうね」
「ああ」
いつかはルカもエルも、俺たちのように自分の道を見つけるだろう。
子どもたちが幸せになれるよう、道標を示せる親になりたい。
なるべく選択肢を増やしてやりたいから益々がんばらねばと思うのだ。
――あと、友人の助けは借りなくて良いくらいにはなりたいな。
「ルド」
「ん?」
「ありがとう。私、すっごく幸せを感じてる」
リヴィから改めて言われて、思わず目を逸らしてしまった。
「俺も、リヴィがいて、ルカとエルがいて、幸せだ。……リヴィ、ありがとう。
俺と一緒にいてくれて」
そう言うとリヴィは目を細めて笑った。
この笑顔を守る為なら、何でもできる気がする。
愛している、俺の家族。
かけがえのない、幸せへの道標。
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