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亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした  作者: 凛蓮月
幸せになる為に【side ルド】

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幸せへの答え

 

 リヴィの妊娠が分かって、間もなく悪阻が始まるかと思いきや、そうでもなかった。


「診療所にいる緊張感がいい感じに中和してくれてるのかしら」


 本人も拍子抜けするくらい軽くて、警備隊から仕入れた悪阻対策の豆知識の出番は無かった。

 その代わり、野菜の酢漬けをやたらと食べたがった。

 買い物に行っておじさんから「お祝いだ」と貰ったそれを食べたら数日で無くなってしまったのだ。

 無くなったらそればかりが気になり、数日置きに警備隊からの帰りに買っていた。


 だがそれはある時ピッタリと止んだ。


「安定期に入ったからですね」


 いつでも食べられるようにストックしてあった為、暫くそれが食卓に上がった。

 暫くは野菜の酢漬けは食べたくないな。


 安定期に入り暫くすると、見た目にリヴィのお腹が出てきた。

 お腹が出てくるとリヴィはお腹の中で何かが動いているのを感じるらしく、不思議だと何度も触っていた。


 もう少し出てくると、外からでも分かるくらいボコボコと動いているのが分かった。


「今日は元気いいなぁ。患者さんにもすっごい愛想振りまいてたのよ」

「活発な子になるかもしれないな」


 リヴィのお腹を触りながら、子に話し掛ける。


「お父さんだぞ〜……」


 ぽこっ。


「あ、動いた!分かってるのかなぁ。既に天才かもしれないぞ」

「ルドは親の欲目多くない?」

「リヴィに似て賢いんだよ」

「もう」


 リヴィのお腹はだいぶ大きくなって、歩くのもきつそうにしている。

 だからなるべく家事を手伝ったりしてリヴィの負担を減らすべく動いた。

 使用人たちがいた頃は全て任せきりで良かったが、リヴィの為に動ける事に小さな幸せを感じていた。


 ――そうか。

 幸せになってもいいとか、そういうんじゃなくて、俺はリヴィから幸せを貰っていたんだ。

 リヴィの為に動ける事、リヴィの為に何かをできる事が嬉しいんだ。


「リヴィ」

「なあに?」

「リヴィ、ありがとう。俺に幸せをくれて」


 リヴィはきょとんとして、それから顔を赤らめた。


「ど、どうしたの?急に」

「うん。何か、リヴィがいて、リヴィの為に何かできる事がすごく幸せに感じてた」


 改めて言うと照れるが、リヴィが生きていてくれる。それだけで満たされる。

 失う事は怖い。

 だが怖がってばかりでは得られるものも得られないだろう。


「リヴィ、お腹の子を守ってくれてありがとう」


 こうしてお腹の子が生きていて動いているのを感じさせてくれるのはリヴィが守っているから。

 だから、リヴィが安心して産めるよう、俺は二人を守ろうと決めた。



 いよいよもうすぐ産まれるという時期になって、いつになるか俺はソワソワとしていた。


「こういうとき男は何もできないんだから、どっしり構えときなー」


 近所の子沢山お母さんから背中を叩かれ発破をかけられた。



 そして、それは前触れも無く訪れた。


 街の警備から戻った俺に、留守番役の隊員から伝言を貰った。


「ルドさん、奥さん産気づいたってよ!」


 その声を聞いて詰所から駆け出した。


「ルド!産まれたら奢れよ!」


 警備の報告も片付けも放り投げたのは後から反省する。だが今はリヴィの無事をただ祈りながら走った。



「リヴィ!!先生、リヴィは、リヴィは大丈夫ですか!?リヴィは生きてますか!?大丈夫ですか!?」

「落ち着いてください」


 落ち着いてなんかいられなかった。

 リヴィは無事なのか、何も異常は無いのか、酸欠の頭でそれだけが知りたかった。


「リヴィは、リヴィは」


 医師に縋り付き、うわ言のように口走る俺を正気に戻したのは――べハティさんからの平手打ちだった。


「うるさいよ!しっかりしなよ、男でしょう!?

 リヴィは今出産してる。新しい生命を産もうと戦ってるの。ただ騒いで邪魔するなら家に帰りなさい」


 べハティさんはリヴィの後輩として診療所で働いていた。彼女の言葉に苦しかった息が落ち着いてくる。

 深呼吸して、息を整えた。


「すみません、大人しくしておきます。

 でも、リヴィが心配なんです。お願いします、リヴィを、リヴィを助けてください。

 無事に産まれるように、助けてください……」

「貴方の事情は聞いてる。しっかりしなさい。

 リヴィはそんなヤワな女じゃないわ。リヴィを信じなさい」


 その言葉にハッとなる。

 俺はリヴィを信じたようで信じていなかった。



『ルド、私は簡単には死なないわ。

 その為に私は強くなったの。私は貴方のそばにいる』


 リヴィの言葉を思い出す。

 そうだ、リヴィはずっと戦っていた。

 生きる為に。

 死なない為に出産に向けて体力を作っていた。


 母上は――出産近くなっても食も細く痩せていたと聞いた事がある。

 その為体力が無く、力尽きたのだと。


「べハティさん、リヴィをよろしくお願いします」

「任せなさい」


 出産には時間がかかるそうなので、警備隊へ休暇届の手紙を出した。

 ちょうど警備隊方面に帰る職員が言付けてくれると言ったのだ。


「リヴィ、がんばれ、俺が付いてるからな!」


 出産室の前でリヴィに声をかけた。


「お父さんはあっち!邪魔しないでね!」


 リヴィから返事は無く、職員に追い出された。

 だが今はそれどころじゃないのかもしれない。

 出産には男では想像を絶するほどの痛みが伴うという。

 あんな狭い場所から人間を生み出すのだ。女性はすごい。一生勝てないだろう。

 対して男はこんな時何もできない。

 それがもどかしくて辛かった。


 数時間が経過した。

 診療所の産室前の椅子に座っている俺の前に警備隊の隊長がやって来た。


「休暇届、受理した。一ヶ月やる。

 嫁さんと子ども、労ってやれよ」

「隊長……」

「ベハさんは……」

「あ……リヴィと産室にいます」

「そうか」


 隊長はポリポリと頬を掻いて残念そうにしていた。


「じゃあ、またな」

「ありがとうございます!」


 休暇が一ヶ月貰えたのは嬉しい誤算だ。

 しっかりとリヴィを介抱しようと決めた。

 だから今は無事に産まれてきてくれ――。



 リヴィが産室に入って半日以上が経過した夜明け頃、中から産声があがった。

 心配で全く眠れなかったが、声を聞いた瞬間一瞬にして疲れが飛んだ。


「ルド、おめでとう。母子共に無事よ。

 ちなみに男の子だったわよ」


 べハティさんが真っ先に知らせてくれた。


「ありがとう、ありがとう、ございます……」


 頭を下げると涙が溢れて止まらなかった。

 リヴィが無事で、子も無事で。

 また一つ、幸せが増えた。


「リヴィ!リヴィ、ありがとう、ありがとう、リヴィ!」


 嬉しくてたまらなくて、扉に向かって何度もお礼を言った。


 産後の処置をしたあと、少しの時間リヴィに面会を許された。

 すぐにリヴィのそばに行き、手を握った。


「ルド、私たちの子どもだよ」

「あ、ああ、うん。お疲れ様。無事で良かった。ありがとう、うん。リヴィ、本当にありがとう……」


 リヴィが生きている。まずその事が嬉しかった。

 嬉しくて、ずっと泣いてしまった。

 涙腺緩いけど、嬉しい時に涙が出るなら思い切り泣いていいとトオーイさんの書物にあったから遠慮しなかった。


 そしてリヴィの無事を確認した瞬間、母上が亡くなってしまった事を乗り越えられた気がした。

 リヴィは生きていてくれた。

 それがありがたくて更に涙が出た。


「名前、付けてあげなきゃ」

「うん、考えたんだけど。……ルカはどうかな」

「ルカ?」

「うん。呼びやすいように短い名前がいいかな、って思って」

「いい名前。……ありがとう」


 そうしてふわりと笑った。


「ありがとう、リヴィ。愛しているよ」


 言いながら涙が止まらず、リヴィは苦笑しながら涙を拭ってくれる。

 当たり前だけど指先が温かくてそれがまた嬉しかった。


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