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4.兜の騎士【side リヴィ】


 兜の騎士は「ルド」と名乗った。

 兜に遮られくぐもっているけど男の声だった。

 私の両親に雇われている訳では無く、街の警備隊に所属しているらしい。

 両親の後ろにいた時はその時だけ雇われたそう。でも気に入られたのか、たまに護衛をする事もあるそうだ。

 兜は取らない主義らしい。謎だわ。


 ルドは毎日来るわけではない。

 彼には護衛騎士の仕事があるから私は頻度が少なくても気にしないけど、本当はもっとここに来たいらしい。

 でも生活もあるし、お金は稼いでおかないと、と言っていた。


「お金を稼ぐのがこんなに大変だとは知らなかったな」


 そうぼやいていたから元は貴族とかなのかもしれない。ちょっとだけ親近感が湧いた。

 ガサツに見せても所作がきれい。

 高位貴族の次男以降なのかな。


 ふと考えて頭を振る。私はもう貴族ではない。

 王太子殿下の婚約者でも無ければ社交界に出るわけでもないからどこの家の誰かなんて気にする必要は無いのだ。



 ルドはいつも昼過ぎに修道院に来て、持って来た昼食を私の隣に座って食べる。

 兜は被ったまま、口だけ出してかぶりつく。

 食べ終えたらごろりと寝転がり、少しの間昼寝する。

 きっちり計ったように10分で起きて、「また来る」と言って出て行く。


 別に何をするわけでもなく、それだけ。


 晴れた日は庭で。

 雨の日は修道院の中で。


 30分にも満たない短い間。


 何でもいいから話したいと言っていたのに、まともに話したのは最初の自己紹介だけ。

 いよいよこの人が何をしたいのか分からず、ともすればこんな事をしている暇あるの?という疑問さえ湧いてくる。


 けれど、隣にいるだけで何故だか安心できた。

 騎士だからかもしれない。

 街を守る、警備隊だから、無意識に安心しているのかもしれない。


 はっきりとした理由は分からないけれど、私の中でルドを待っている気持ちがあるのは確かだった。



 ルドがいるからか、街中で王太子殿下の結婚間近という話を聞いても心がざわつく事が減ってきている。


 未だに苦しくなるのは変わらないけれど、三年以上経っている。

 きっと殿下も覚悟を決めたのだ。

 舞台を降りた私は観客の一人として見守らなければと思い始めた。



「王太子の結婚も間近だな。割と仲良いらしい」


 ある時、寝転んでいたルドがぽつりと呟いた。

 私は思わず刺繍の手を止めた。

 その言葉が真実か確かめようもないけれど、……私に酷い言葉を浴びせ、婚約を解消されて少しは反省したのかなと思うと少しだけ胸の痛みが和らいだ気がした。

 次の婚約者には優しくしているのだろう。でももう二度と会わないだろうから関係無い。


「それは良かったですね」


「……ああ」


 でも、ルドが話題を出すのは珍しい。


「リヴィ……は、結婚とか、しないのか?」


 反対方向を向いているルドの言葉にピクリと反応する。


「……私には一番縁がない言葉ね」


「そうか」


 私はこの先結婚するつもりは無い。

 相手がいないし、また誰かを好きになる事が怖いのだ。

 あの時のように無条件で全てを受け入れようなんて考えにはもうなれない。


「ルドさんはどうなんですか?」


 聞いてきた本人はどうなんだろう?

 興味本位に聞いてみたけど。


「俺はそんな資格無いから」


 いつもより硬い声音。

 何だか聞いてはいけなかったみたいで口をつぐんでしまう。

 資格が無いなんて後ろ向きな言葉、彼には似合わない気がした。

 でも彼の事をよく知らない私が決め付けて良い事でも無い。

 私はそのままやりかけの刺繍を再開した。


 ルドもそれ以上何かを言う事は無かった。




「最近騎士様といい感じね」


 いつものようにルドが来て、いつものように昼食を食べて寝転んで10分きっかりで起きて帰った後、先輩であるベハティから声を掛けられた。


「そうですか?ただ昼食を食べて昼寝してるだけですよ」


「リヴィもちょっと空気が和らいでるわ」


 自分では気付かないけれど、和らいでると言われて悪い気はしなかった。


 生きているのか生きていないのか分からない感覚はもう無い。

 少しずつ、温かな気持ちが湧いてくる。


「……リ…ヴィ」


 ベハティが目を丸くしている。


「あなた……今、笑っ…て……」


 ベハティの瞳が潤んでいく。


 自分では気付かないけれど、ベハティが言うなら私は今笑ったのだろう。


「えへへ……?」


「また戻ったわ!でも、良かった、笑えるようになって」


 ベハティが私を優しく抱き締める。その温もりにじんわりとしてきた。



 その後、またいつものようにルドがやって来た。


「こんにちは」


「リヴィ……、君……」


 ルドもベハティみたいに固まっている。

 相変わらず兜で表情は読めないけれど、暫く微動だにせずそこに立ち尽くしていた。


「……す、すまない、庭に、行こうか」


 ハッとして、手を差し出された。

 こういう事が当たり前のようにできるのは、やはり平民では無いのかもしれない。

 私の中で、ルドの事を知りたいという気持ちが芽生えていた。


 いつものように口の部分だけ外して昼食を食べるルド。

 その唇は少しかさついている。

 身体付きはプレートに覆われているけれどがっしりして頼りがいがありそう。

 でもそれはよくいる貴族男性と比べると、というもの。

 街中の働くおじさまたちに比べると筋肉の付き方は優しい方かもしれない。

 手も騎士だからか大きくてゴツゴツしてる。

 肉体労働なんか知らない貴族男性と比べると荒れた手だけど、不思議と嫌では無いな、と思った。


「……さっきからずっと見られてる気がするんだが……」


 兜の下からくぐもった声がした。私は不躾にまじまじと見てしまっていた事を恥ずかしく思って俯いた。


「す、すみません」


 心臓がどくどく鳴っている。

 それは嫌な感じではなく、羞恥心から。


「いや、構わない。……君になら見られても」


「え……」


 二人の間に流れた風が私の熱くなった頬を冷やしていく。でも、視線が交わったわけでもないのに熱くなった頬の熱は取れない。


 しばし無言の時が流れた。


「君が、何かに興味を持ってくれたのが嬉しい。始めに会った時は何ものにも興味が無い様にただ息をしているだけのように見えたから」


 ルドの言葉にどきりとして息を呑んだ。

 確かに以前の私はただ、生きているだけだったから。


「私が変わったというのなら、それはあなたがいたからです」


 今度はルドが息を呑んだ。


「そうか……。……──そうか」


 くぐもった声が、掠れている。

 まるで実感したものを確かめるように。


 ルドが側にいる事が、私にとって安らぎとなっていた。

 殿下に恋をしていた時のような熱に浮かされたものではないけれど、穏やかな気持ちにさせてくれる。


 彼とこれから先どうなるか、なんて分からない。


 お互い結婚は考えていないからこのまま友人関係でいるのも良いかもしれない。


 ただ、優しいこの空間が私にとってかけがえの無いものであるのは確かだ。



 叶うのならば、ルドが幸せを見つけられるまでこうして会えたら。



 ──ふと、そう思って小さく胸がつきりと痛んだ。


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