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亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした  作者: 凛蓮月
エピローグ

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37.巡るもの

 

 鎮魂祭で元侯爵──レーベンとは別行動をしていた元国王のジュードは、従者を伴い出店を楽しんでいた。

 長らく国王として国を治め、個より公を優先して来た彼にとって、のんびりと街の祭りを楽しむ事など一度も無かったな、とふと思った。


 賑やかな祭りの喧騒に身を委ね、出店を見ていると。青い髪の少年とぶつかった。


「ごめんなさい!」

「大丈夫だよ。坊やはケガは無いかい?」

「平気だよ。おじさんは無い?大丈夫?」

「おじさんはほら、元気だからね。心配無いよ」


 そう言うと、少年はニコッと笑った。その笑顔にジュードは既視感を覚えた。


「坊や、一人かい?親御さんはいないのか?」

「お父さんはね、もう少しお仕事してくるんだって。お母さんはエルと一緒にいるよ。あっ、遅くなりました。

 僕の名前はルカって言います。おじさんは?」

「おじさんは……、通りすがりのジュードだ」

「ジュードさん!よろしくね!」


 少年──ルカはまた、輝くような笑みを見せた。それは、己が忘れていたものを呼び起こす。


(不思議だ……。この子の笑顔は人を惹き付ける。それに誰かに似ている……)


 ルカを見ながら、ジュードは己の過去を思い返していた。



 ジュードの両親は愛の無い政略結婚だった。

 公式の場以外では大した会話も無く、跡継ぎのジュードが産まれた後は互いに公務に勤しむ日々。

 家庭の温かみも無く、ただ王族としているだけ、というものがジュードの中の常識だった。


 だから、自身が妻を迎えた時、父親と同じ対応をした。

 彼自身も政略結婚だった。

 侯爵家と公爵家に適齢期の女性がいなかった為、伯爵家から迎えられた。

 名はマーガレット。

 婚約者の時から義務的に接しているが、最初から愛しているわけでは無かった。

 自身は作った笑みを向けていたが、マーガレットからは綻ぶような笑みを向けられた。

 それは愛を、愛される事を知らないジュードを波立たせた。

 自身の変化に戸惑いはあったが、態度を変える事は無かった。


 婚約者だから、義務で接しているだけ。

 それは意図せずとも相手に伝わるものである。


 結婚してからも『王太子として』動くジュードは、マーガレットに義務的に接した。

 それでも、あくまでジュードの中では義務とは別に、優しく、慈しもうとしていた。自身に向ける笑みを見たかったから。


 けれど、それと反比例するように、妻の笑顔は消えていった。


『ジュード様、たまには私とお茶をしませんか?』

『すまない、この仕事が終わらないんだ』

『ジュード様、夜会の衣装の事なのですが』

『私は分からないからきみに任せるよ』

『ジュード様……、私、子を授かりました』

『そうか、身体を大事に厭うように』


 一見は労るような言葉。

 だがそこには、愛も、温もりも無かった。

 上辺だけの言葉に、マーガレットは次第に生きる気力を失っていった。

 割り切れる程、強くなかった。


 マーガレット懐妊後、王太子は玉座を譲り受けた。

 国王の体調が思わしくなかった為、早めに譲位されたのだ。

 ジュードの母は早くに亡くなった為王妃の仕事はマーガレットが担っていたが、悪阻で抑え気味だった為必然的にジュードに負担が行った。

 仕事が忙しいからとまともに会う事も無い。

 いつも妻が寝た後にベッドに入り、起きる前に出て行く。


 そして。


 弱りきっていたマーガレットは、最期の力を振り絞り跡継ぎとなる息子を産み、儚くなった。


 跡継ぎ誕生の知らせと、妻の死を聞かされたジュードは、心臓をわし掴みにされたような錯覚を覚えた。

 持っていた書類を落とし、侍従の制御も振り切り妃の部屋へ駆け出した。


 そこで待っていたのは、産まれたばかりの力強い泣き声と、静かに横たわる妻の姿。

 まともにその姿を映したのはいつだったか。

 微動だにしない妻は痩せ細り、唇はカサついていた。


 震える手で、唇に触れるとヒヤリとした。

 そのまま頬に、髪に、額に触れていく。

 ボタボタと、己も分からぬものが目から溢れ、ジュードの顎から妻の顔に落ちた。

 まるで、半身を抉られたような錯覚をする。


 その部屋の中では、赤子と、国王と、二人の泣き声が響き渡った。



 その後は死んだように生き、それでも国を治める為がむしゃらに働いた。働いていなければ勝手に涙が出てくるからだ。


 そのうち、跡継ぎが一人ではいけないと大臣たちはジュードに側妃を宛がおうとした。

 それが、後にフレディの母となる、当時は伯爵家令嬢だったオリアナだ。

 彼女もまた、ジュードに恋をし、笑みを向けた。


 だが、ジュードは側妃を拒んだ。どうしても無理だった。

 己が見たかったのはこの笑みでは無い。


(私は、マーガレットを……)


 それに気付いたジュードは、遺された息子には目をかける事にした。

 とはいえ相変わらず忙しい事に変わりは無かったが、その幸せを願っていた。

 婚約者を亡くし失意に陥っていた息子を慰める意味でも新しい婚約者を早急に据えた。


 それが間違いだと気付いたのは、レーヴェが在りし日のマーガレットに重なったからだった。


 ちなみに、その後オリアナはジュードを諦めきれず王宮メイドとなり、前王の世話係となった。

 そこで世話をするうちに前王と一夜を共にし、身ごもったのがフレディである。

 彼女もまた、亡くなった妻を愛する男性を愛し続ける事はできなかったのだった。

 前王はオリアナの懐妊を知らずに亡くなった。

 元々フェルトン公爵の妹付きの侍女だった事から彼女を頼ったが、伯爵家に嫁いだ彼女より公爵家の方が良いと判断されてフェルトン公爵に匿われたのだった。


 オリアナの件を聞いた時は父親を嫌悪したが、息子の願いを叶えられたのはフレディの存在があったからだと思えば、何がどう作用するか分からないと苦笑した。



「おじさん、大丈夫?」


 ルカに呼ばれ、ハッと意識を戻した。慌てて向き合い笑顔を見せる。


「ちょっとぼーっとしてたみたいだ。ごめんね」

「うん、いいよ。僕そろそろ行くね。おじさんまたね!」


 ルカはそう言って駆け出して行く。

 その姿がかつて夜に紛れ、侯爵に連れられて行く息子の姿と重なった。


(まさか……彼は)


 追い掛けようにもルカは人混みに紛れ既に遠くへ行ってしまった。

 まるで夢だったかのように。


 ジュードはそれからルカを探した。何となく、会いたかった。だが小さな子どもの姿はすぐに隠れ見当たらない。

 呆然としながら失意に駆られていると、小さな手が自身の手を包む。

 ハッと顔を上げると、見知らぬ少女。

 じっと見て来る姿はかつての妻に似ていると思った。


「エル、知らない人に付いていっちゃだめ……」

「……ジェラ……ルド……」


 そこにいたのは驚きに目を見開いたかつての息子。その隣には妻である元婚約者の女性が同じく驚いて立っていた。


「お父さん!」


 探していた声の主が呼んだのは、もう見る事は無いと思っていた息子に向けてだった。ルカの隣には元侯爵の姿。


 ジュードは奇妙な巡り合わせに不思議な縁を感じた。




 アミナスから帰ったジュードは、王宮の一角にある墓にマーガレットの花を備えた。

 その墓には己の過ちから死なせてしまった妻が眠っている。


「マーガレット、先日、ジェラルドに会ったよ。奥さんとも仲良くやって、家族みんなとても、幸せそうにしていた。

 娘のエルはきみに似ていた。息子のルカとは友だちになったよ」


 物言わぬ墓を前に、ジュードは呟く。

 生きていればきっと笑顔で相槌を打ってくれただろう妻は、今は冷たい石の下に埋められている。


 もしも、彼女が生きていれば。

 もしも、自分の気持ちに早くに気付いていれば。


 もっと違った未来があっただろうか。


 ジュードは頭を振った。


 個より公を優先してきた彼は、王族としては正しかったかもしれない。

 だが夫として、男としては不正解だった。

 だから、息子が公より個を優先した時、止める事ができなかった。

 同時に眩しくもあった。

 己ができなかった事を躊躇なく選べる事が、羨ましくもあった。


 アミナスで見た、小さな家の中の光景を思い出す。

 温かみに溢れる、幸せそうな親子。己が叶えられなかったものがそこにあった。


「せめてジェラルドは、幸せになってほしかった。私の選択は、間違いでは無いよな……」


 優しい風が吹き、さらさらと、マーガレットの花が揺れる。


 まるで肯定するかのように。


「マーガレット、─────」



 ジュードの言葉は風に乗り、空へ向かう。


 今は亡い、最愛に届くように。




【完結】



この度は、当作品を最後までお読み頂きありがとうございました。

また次回作でお会いできますように。


↓↓↓↓↓↓

以下は本編最終話あとがきにて掲載したエンドの、私の中での結末です。


 【おまけ】

 それぞれのエンドの行く先


 1〜4話→悲恋エンド

 レーヴェはアミナスの修道院で生涯を過ごす。

 ジェラルドはその場で廃嫡、行方不明に。


 5〜10話→それぞれの道を行くエンド

 兜の騎士は別の人、友人以上になれるかな?

 ルドはアミナスに住むが二度とリヴィには会わない。謝罪もできず未練を抱えたまま死んだように生きる。だいぶ時間が過ぎた後誰かと出会えるかも?だが多分心変わりは難しい。


 11〜13話→和解エンド

 ルドは恋心を封印。

 良き知人としてそのまま過ごす。

 リヴィは表情を取り戻し誰かに見初められる?

 ルドはそんなリヴィを応援する。


 この先のエンドはリヴィの幸せを優先し、ルドは身を引く事になる。


 14〜19話→友情エンド

 互いに互いの幸せを応援。

 リヴィはそのうち誰かに見初められて新たな恋ができるようになる。

 ルドは封印できない、溢れた気持ちを過去の行いを悔いながらリヴィを応援する(顔で笑って心で大泣き)



 20〜23話→身分差悲恋エンド

 リヴィはレーヴェに戻り、親の言う人と結婚

 ここまで来るとルドを再び好きになっているので、愛の無い結婚生活に

(イクティノスに僅かながら可能性があるのはこのエンド。レーヴェは諦めているのでルド以外なら誰でも良い)

 ルドはアミナスで独り身のまま。でも仲間がいるから救われていていつかは思い出になる。

(引きずるタイプなので結婚は難しいかも)


 24〜27話→身分差身を引く悲恋エンド

 薬はルドが取りに行くが、そのまま会わずにサヨナラ。

 身分差悲恋エンドの道を辿る。



 28〜31話→それぞれの道を行くかもエンド

 互いが互いを信じず待たず、だとこのエンド

 もしも、ルドが城行きを辞退しトオーイさんに会わなかったらのif。

 リヴィが平民になった事を知らないルドが、アミナスに戻った時に心折れていたのを慰めてくれた女性と懇意になっていて、努力は台無し。

 リヴィが深く傷付くパターン。

 一番のバッドエンド。



 二人でハッピーエンドになる為には、後悔と反省、改心はもちろん、周りの協力と後押しが不可欠でした。

 何気ない選択と、誰かとの出会いが運命を変える。

 最後まで諦めず足掻いた人に、ハッピーエンドはあるのです。




【裏設定、作中の名前の由来】


 生きる

 リヴィ→英 リヴ live

 リヴィの父→独 レーベン leben

 リヴィ本名→デンマーク語 レーヴェ leve


 街 アミナス(生命)

 国 オルヴォワール(また会いましょう)


 マリーゴールド(花言葉 生きる)


 ツェンモルテ(10日、死神)

 10日後に死神が来ると恐れられたという意味で付けた名前です


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