32.信じて待つ【side ルド】
アミナスへの道中は、トオーイさんと側近の方という二人と馬車で向かった。
『街道沿いを歩いていくよ?』
『貴方にそんな真似はさせられません』
『歩いて行かなきゃ困った人に会えないじゃないか』
『そこの男で我慢してください』
三人とフレディ殿下のやり取りを見ながら、最終的には用意された馬車に乗った。
「改めて。私はトオーイ・イコーク。こっちはお伴のグレさんとトリさん」
トオーイさんに言われ、お伴の二人が会釈する。
「まぁ、勿論これは仮名だ。実名を名乗るとちょっと色々とあるからね」
そう言ってウインクした。
洗練された身のこなし、黙っていても漏れ出る男の魅力、だが、真面目な顔で口を開けば出て来る言葉は不思議なもの。
お伴の方二人は慣れているのか彫刻のように微動だにしない。
何故こんな方がここにいるのか疑問は尽きないが、国を救ってくれた方というのはよく分かる。
「先程から熱い視線を感じるんだが、すまない、私には愛するたった一人の妻がいるんだ」
「す、すみません、そんなつもりはありませんでした」
「それは良かった。ジャンルが変わってしまいかねないからね。変わっても元に戻すけど」
よく分からない事を言う不思議な方はフッ、と笑った。
「冗談はさておき。
私が何故この国へ支援したのかが不思議、といったところかな」
「……そうですね。見たところ貴方はおそらく高貴なる御方でしょう?その方がお伴二人しか連れずに出歩いて良いのかな、と思いますし、そんな方が何故支援をして下さるのかが疑問です」
トオーイさんは目を瞬かせたあと細めて笑った。
「そうだね。諸国行脚の気まま旅の途中、たまたま通りかかったこの国の王太子殿下が私のファンらしくてね。
王宮に招待されて色々話してるうちに、きみの話に興味を持ったんだ」
「おれ……私の、ですか?」
「ああ。婚約者の女性に先立たれ、その女性に愛を貫こうとして新たな婚約者を傷付けた男が、自らの地位を捨ててでも新たな婚約者の女性を追い掛けた。
やってる事は王族として、いや、男としては失格だけどね。
聞けば新たな婚約者を愛していたと言う。傷付けたのは変えられないけれど。
……その後のきみの行動を聞いて私は見直したんだ。それに、その女性にとっては特別になったんだな、って思ったんだよ」
トオーイさんの言葉に複雑な感情が湧いて俯いた。
確かにやってきた事は最低最悪で。未だに苦い思いをする。
だが、こんな俺でもリヴィにとっての特別になれたんだろうか。
「たぶん、10人いれば半分くらいはきみを認めないだろう。私も娘にされたら地の果てまで追い掛けてやる。
……だが、きみの想い人にとっては、間違いなくきみは特別な人だ。一緒にいたいと言われたのだろう?」
その言葉は俺の心に拡がっていく。
例え千人に認められなくても、リヴィが笑ってくれるなら。
「ありがとう」と言ってくれるなら、それで良いと思った。
「まあ、そんな彼女にとっての英雄くんを、ちょっと助けたくなったのさ。
話の対価と思って受け取ってくれ、と支援したんだ」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、トオーイさんはにっこり笑った。
「ちなみに私はハッピーエンド至上主義なんだ。
きみの話もハッピーエンドを目指してくれ」
「……リヴィが生きていてくれるなら、私はハッピーエンドですよ」
侯爵家に戻ったリヴィは、きっと父親から縁談を勧められるだろう。
彼女を想う人に嫁いで、きっと笑顔でいるはずだ。その方がリヴィも幸せになれる。
「きみはそうかもしれないね。でも、それで彼女がハッピーエンドになれるのかな?」
胸の痛みをやり過ごしていると、トオーイさんは呟くように言った。
「恋愛は二人でするものだ。ってこれは私の腐れ縁側近の言葉なんだけど。
彼女の気持ちは聞いたかい?きみが勝手に決め付けて無いかい?」
その言葉にどきりとした。
『……私、勝手に決められるの好きじゃないわ』
『ごめん……』
『私の道は私が選びたい。ちゃんと考えるから。だから、否定しないで』
身を引こうとした時、リヴィは言ってくれた。
『私は、ここに居たい。働ける場所と住む場所を探して、修道院から自立して。
夜も、ルドに会いたい』
未来をしっかり見据えて。
『ちゃんと、お父様を説得してみせます。
私の気持ちを分かって貰えるまで、何度も説明して、除籍して貰います。
だから……私の側に居て下さい』
強い眼差しで。
「彼女を信じる事だね。大好きなら、愛しているなら、手を離しちゃだめだよ」
トオーイさんの優しい声が響く。
夢の中でも誰かに言われた言葉。
俺は窓の外のぼやけた景色を、鼻をすすりながら眺めていた。
アミナスに帰って来た。
トオーイさんは一通り街を見て回り、領主様に挨拶をしてから帰国した。
その時領主様が預かったという手紙を読んで。
『妻に会いたくなった。じゃっ、またね!』
そう言って歩いて行こうとして、お伴の方から馬車に乗せられていた。
お伴の方からも『頑張って下さいね』と労われた。
それから数カ月が過ぎた。
俺は相変わらず警備隊員として過ごす日々。
ただここにリヴィはいない。
そんな中、リヴィから手紙が届いた。
『親愛なるルド
お元気ですか。私は今、アミナスの王立診療所で働けるように、訓練を受けています。
ありがたいことに王太子妃殿下からご紹介を頂きました。寮と食事付きでとても快適に学べています。
これから約二年間、皆様の役に立てるよう、ここで必要な知識を学びます。
あれからスタンレイ侯爵家と決別し、私は何の身分もない女になりました。
けれど、私は私の道を選びました。後悔はありません。
二年間、あまり会えないかもしれません。
ですが、必ずアミナスに帰るから待っていてください。
リヴィより 愛を込めて』
フレディ殿下は約束通り医療の発展に務めて下さっているようで、近々王立の診療所ができるらしい。
「リヴィ……」
思わずその手紙を抱き締めた。
リヴィが俺との道を選んでくれた事への喜びと、申し訳無さと、ありがたさ。
決意したらひたむきになる芯の強さを感じて、俺も決意した。
『彼女を信じる事だね。大好きなら、愛しているなら、手を離しちゃだめだよ』
『生きてるうちは諦めないで、頑張って』
助言をくれた人たちに、感謝しながら。
『親愛なるリヴィ
何があっても応援してる。
身体に気を付けて頑張れ。リヴィならできる。
会えなくてもリヴィを信じて待ってる。
リヴィに相応しくあれるよう、俺も努力する。
愛している ルド』
それから二年間は本当に会えなかったけれど、何度も手紙のやり取りをした。
「ルド~~、ほら、リヴィちゃんからの手紙」
にやにやした同僚から手紙を受け取る。
慌てて手紙を受け取ると、同僚は苦笑した。
「あともう一通、ファレル?王国から来てるぞ」
「ファレル王国?」
ここから随分と離れた王国の名前を聞くとは思わず、受け取って中身を読んでみた。
『親愛なる友人ルドへ
離れている間、手紙のやり取りは大事だぞ!
きみの幸せを祈る。だが、女性を蔑ろはダメ、絶対!
ちなみに彼女の勉強は二年間らしいから、迎えに行くと良いと、妻が言ってたよ。
きみの友人 トオーイ・イコーク』
単純明快、一言だけの手紙。
けれど、その便箋に記された紋章を見て驚きに目を見開いた。
なぜなら、ファレル王室のものだったから。
王太子だった頃、姿絵を見た事があった。どこかで見たような気がしたのはそのせいだったのだ。
「……これは……、しっかり頑張らないと、だな……」
頼もしい友人を得た俺は、リヴィとの再会を信じて待つ事にした。
そして。
「リヴィ、迎えに来た」
リヴィは目に涙を溜めたまま、とびきりの笑顔で駆け寄ってきた。
ようやく会えた。
ぎゅっと、リヴィを抱き締める。
生きて再会できた事を噛み締めながら。




