31.邂逅【side ルド】
27話後のルドの話です。
王宮でフレディ殿下と握手をして、ホッとしたのかいきなり視界が暗転したあと。
俺は夢を見ていた。
「ここは……」
目を覚ますとそこは一面の白い花畑。
ああ、死んでしまったのかな、とぼんやりと思った。
リヴィには生きてほしかった。
例え自分が死んでも、まあいっか、と諦めにも似た感情でごまかす。
──嘘だ。
本当なら俺が幸せにしたかった。
リヴィの幸せを祈るとか言いながら、その実二人で幸せになりたかったんだ。
きれいごとを言いながら、未練がましく。
理解ある振りをしながら、縋っている。
奥底から湧き上がる様々な感情が、双眸からこぼれ落ちる。
最初から間違えた。
時を戻せたらいいのに。
全部やり直せたらいいのに。
全部、夢であればいいのに。
花畑の真ん中で、ただ一人。
流れ落ちるものは白い花にぼたぼたと落ちていく。
「リヴィ……レーヴェ……」
会いたい。会って触れたい。
もう叶わないのか?
手を繋ぐ事も、抱き締める事も、頬にかかる髪を避ける事も、話す事、笑い合う事。
これら全て、もうできないのか?
ゆっくりと立ち上がる。
フラフラと、彷徨い歩く。
先は何も見えない。けれど出口を探してひた走る。
白い花びらが散って行く。
いやだ、いやだ、いやだ、会いたい。
リヴィに、会いたい。
生きて、会いたい。
『こっち』
「──!?」
聞きなれない男の子の声がして立ち止まり振り返る。
だが誰もいない。
辺りを見回すが人影は無い。
『こっち。はやく』
だが声のする方向へ歩き出す。
幻でも何でもいい。
リヴィに会えるなら何でもする。
『……ずっと、見てた。何となく僕に似てて、目が離せなかった』
「誰だ!」
『僕も早く気付いてたら良かった。周りの言葉を聞いてたら良かった。
きみはできたんだね。だから、生きるべきだ』
その声は悲しみが含まれていて、だが微かな希望と諦めない心が宿っている気がした。
『あっち。光を辿って行って』
声の主が少しずつ輪郭を顕にした。
「きみは……」
『勝ち気なお姉さんに頼まれた。貴方が来たら追い返せって。ああ、お姉さんはもうここにはいないよ。未練は無いって次に行った。
あと、貴方の行動見てたら、僕も次は頑張れる気がしたんだ』
ミルクティー色の髪をした少年は、にっこりと笑った。
『彼女の事が大好きなら、手を放しちゃだめだよ。じゃなきゃ僕みたいに後悔したまま終わってしまう。
生きてるうちは諦めないで、頑張って。
少ないけれど、僕の幸運を、貴方にあげる』
とん、と優しく背中を押され、少年は光に導かれて行く。
俺は少年が指し示した先にある光を認め、振り返った。
「ありがとう、きみの名前は……」
『─────!』
遠くに消えていくその声を聞き取れなかったけれど。
力強く手を振っている姿を見てある予感がした。
『次は頑張れる気がしたんだ』
もし、次、少年に会えたなら。
全力で応援しようと誓った。
「お、目が覚めたか」
「ここは……」
目が覚めて、ぼんやりとしたまま視線を彷徨わせる。
見知らぬ天井、だが部屋の意匠から王宮内部である事が分かる。
そこへ、ぬっ、と顔を差し出してきたのは……
誰だ?
遠い記憶、どこかで見たような気がするが思い出せない。
「俺が誰だか分かるか?」
「いえ……、すみません」
「謝る必要は無いぞ。そうだな、俺の事はトオーイとでも呼んでくれ」
「トオーイ、さん……」
トオーイさんは元々キラキラの金髪だったんだろうなぁという壮年の男性で物腰の柔らかい不思議な人だった。
刻まれた皺の感じから、年は俺の一回りくらいは上だろうか。まだ若々しい。
気さくに話し掛けて来るのに気軽に話し掛けてはいけないような、そんな雰囲気。
伺うように見ていると、トオーイさんはにっと笑った。
「念の為熱があったからツェンモルテの薬も飲ませた。
熱は下がったようだね。フレディくんが心配していたよ。
ああ、俺はこの国を通りすがっただけなんだ。気にしないでくれ」
「は、はぁ……」
通りすがっただけでフレディ殿下と知り合いになるなんて、只者では無いのでは?
「きみはフレディくんと握手して倒れたんだよ。フレディくんには人を気絶させる能力でもあるのかと思ったが無かった。
おそらく疲労だろう、と医師は言っていたよ。
二日間熟睡していた」
「そうですか……」
「フレディくんからきみの話は聞いたよ。それで興味が湧いてね。直接話したくてうずうずしていた。目覚めて良かったよ」
何の話をしたんだろう。
ぼんやりとした思考を巡らせる。
「いまはまだ目覚めたばかりだろうから、話せるようになったら聞かせてくれ」
そう言うとトオーイさんは使用人を呼びに行くと言って部屋を出た。
(生きてる……)
トオーイさんとの会話は夢ではないと実感させてくれた。
手を上にかざし、手を握り拡げ、再び強く握り締める。
二日間熟睡していたというなら体力は万全だろう。
熱も無いし、あまり城に長居もしてられない。
ベッドから起き上がるが、一瞬くらりとして再び枕に吸い込まれた。
額に手を置き項垂れる。
王宮に……王都にいたら、過去に戻りたくなるから早めに立ち去りたいと思った。
「……情けないな…」
独りごちたところで、扉が叩かれる。
入って来たのはフレディ殿下だった。
「目が覚めたと聞いたので。大丈夫ですか?」
「っ、すみません」
慌ててベッドから降りようとして、床に座り込んだ。まだ本調子では無いらしい。
「無理はしないでくださいね。
貴方が倒れた時には冷や汗ものでしたよ」
「申し訳ございません」
フレディ殿下は短く溜息を吐いた。
「目覚めた時、男性がいらっしゃいましたでしょう?」
「え?ええ、はい」
「今回のツェンモルテ病の薬作成に王国資金もだいぶ使ってしまったんですが、あの方が支援して下さったんです」
「……え」
確かに身分高い方だろうと思ったが、国相手に支援できるくらいの方とは想像もしておらずびっくりした。
「で、アミナスに行きたいらしいのでご一緒して下さいね」
「えっ」
突然の提案に言葉を失った。
思わずごくりと唾を飲む。
「私……で、よろしいのでしょうか?」
「本当ならば僕がお伴したかったのですが、王都を離れるわけにはいきませんからね。
なので貴方に託します」
聞けば元側近の方と気ままな旅をしているらしい。
そうして、体力を回復させた俺は、その高貴なる方と共にアミナスに帰る事にしたのだった。




