30.再び、私は貴方を愛するのです【side リヴィ】
ルドの背中に手を回すと、ゆっくりと温かい腕に包まれた。
未だに信じられなくて、ルドの背中に回した手で服をぎゅっと掴む。
「……リヴィ?……迷惑、だった、かな…」
「違うの、迷惑とかじゃなくて」
足が震える。
喜びと、信じられない気持ちが混ざって声まで震えてしまった。
「ルド?本当に、ルドなの……?」
「ああ。……王都ではあまり顔を見られてもいけないだろうからまた兜。
……久しぶり、リヴィ」
その柔らかくて低く、くぐもった声は間違いなくルドのもので。
眦からじわりと溢れたものはルドの服に吸い込まれた。
「わた……し、私、も、平民になりました」
「……っ、ああ……」
今度は私の背中に回された腕に力がこもる。
「お薬、ありがとう。貴方のおかげで、私、生きてます」
「……うん、無事で良かった。生きててくれて、ありがとう……」
「私、貴方と、対等に、なりたくて。
王太子妃殿下の紹介もあったけど、お仕事も頂いて、自分の力で生活できるように」
「ああ、王太子殿下から聞いた。アミナスにできた王立診療所に、リヴィが来るって」
抱き締める腕の力がまた強くなり、ルドの声が掠れた。
言いたい事、伝えたい事は沢山あるのに、上手く言葉にできない。
ジェラルド殿下へ、──ルドへの様々な感情を出し切った時、最後に残ったのは『愛』だった。
傷付けられた過去は消えない。
けれど、その傷を癒やし、私の苦しみや醜さも受け止めてくれたのはルドだけだった。
「アミナスに帰ろう、ルド」
「リヴィ……」
ルドは一旦私の身体をゆっくりと離し、目の前で跪く。
「リヴィ、これからも私と共に生きて下さい。
私はアミナスの警備隊のルドという肩書しか持ちませんが、貴女を幸せにすると誓います。
子どもは……作れませんが、めいっぱい貴女を愛します。
応えて頂けるならば、どうか、この手を取って下さい」
熱のこもった金の瞳で見つめられ、息が止まりそうになった。
私は震える手を、差し出された手に重ねた。
「ルド……。……っ、私は、何の肩書も持ちません。ですがっ、貴方と、共に生きていけるよう、日々努力していきます。
私は貴方がいれば、それだけでいいのです。
未熟者ですが、よろしくお願い致します」
「リヴィ!」
返事をし終わると、立ち上がったルドに手を引かれ再び腕の中におさまった。
「ありがとう……、愛している」
ルドの肩が震え、耳元で囁くように吐息が漏れる。
そして、見つめ合って、口付けようとして。
兜にぶつかった。
「……!!」
思わず口元を押さえると、ルドは兜を抱えて項垂れる。
「やってしまった……!!」
何だかその光景が嬉しくて愛おしくて。
私は声をあげて笑った。
「あのー、お取り込み中すみません。
別に子ども作っていいですよ」
声のした方向に目をやると、そこにはフレディ王太子殿下がいらっしゃった。
私とルドは慌てて頭を下げる。
「ああ、いいよ、気にしないで。
えーと、兜くん?」
「は、はい」
「これは独り言だけど。
僕はね、廃嫡された王族の血が次世代に繋がれようと気にしませんよ。ましてやそれを担がれるような甘い政治はしないつもりです。
むしろ血を繋いで貰ったほうが緊張感があっていいかもしれませんね」
フレディ殿下はにやりと笑った。
その目は将来の為政者としての素質を感じるもので、思わず冷や汗が出てきた。
「僕はハッピーエンド至上主義者なんです。
流行りの『ざまー』も嫌いではありませんがね。
でも、与えられた環境で足掻いて、何度踏み倒されても起き上がって、それでも幸せを得ようとする話が好きです。
ハッピーエンドじゃない話は時間を損した気持ちになるから。
だから、あなた達もいい加減、幸せになって下さい」
「殿下……よろしいのですか?」
「構いませんよ。それとも、貴方はこのまま魔法使いにでもなるつもりですか?」
「この世界に魔法はありません」
「東国の言い伝えでは30歳まで」
「殿下!!」
フレディ殿下の口を、立ち上がったルドが塞いだ。
「僕、いい指南書を持ってるんです。僕が尊敬する、とある国の国王陛下が書いたものなんですが。
貴方にピッタリなのでお祝いに差し上げます」
「……ありがとうございます」
二人のこそこそするやり取りに呆気に取られながら。
「リヴィさん。これからアミナスの王立診療所で働くんですよね。頑張ってくださいね」
「勿体無きお言葉、ありがとうございます」
「僕の甥っ子、よろしくね」
「殿下!!」
フレディ殿下が耳元で囁いたので、私は驚いて後退り、ルドは私を殿下から引き剥がして抱き寄せた。
「仲良く幸せに。結婚式は呼んで下さいね」
フレディ殿下は笑いながら侍従の方に連れられて行った。
あとに残された私とルドは、顔を赤くしたまま目を合わせて。
「行こうか」
「ええ」
そうして手を取り合って歩き出した。
「リヴィ、がんばれ、俺が付いてるからな!」
「お父さんはあっち!邪魔しないでね!」
苦しみながら悶える私に大きな声で叫び、診療所の職員に追い出されるルド。
何か応えなきゃいけないけれど、私は今、新たな生命を産み落とそうとしている。
正直ルドを構ってられないので、追い出してくれて良かった。
「リヴィ、もう少しよ、はいそこでいきんで!」
「うぅ〜〜〜〜っ」
手伝ってくれるのは修道院にいたべハティ。
彼女も診療所で助手として働き出したのだ。今度は私が先輩になったけれど、頼もしいのは変わらない。
「出てきたよ!リヴィ、短く呼吸して」
「はっ、はっ、はっ」
最大の痛みの中から、何かが出て来る感覚。
次いで、高らかに上がる産声。
その声を聞いた瞬間、今までの痛みを全て忘れてしまったように感じた。
「おめでとう、リヴィ、男の子だよ。頑張ったね!」
「ありがとう、べハティ」
力強く泣く、小さな生命。
様々な偶然が重なって産まれた、私の子ども。
「リヴィ!リヴィ、ありがとう、ありがとう、リヴィ!」
扉の外からルドが叫んでいる。
何度も何度も、ありがとう、と。
産後の処置を終え、ようやく許可されたルドが入室してきた。
その目は真っ赤に潤んでいて、私と隣で寝ている赤ちゃんを見ると、またぐすぐす泣き出した。
「ルド、私たちの子どもだよ」
「あ、ああ、うん。お疲れ様。無事で良かった。ありがとう、うん。リヴィ、本当にありがとう……」
泣きながら私のそばに寄って来て、手を握る。
「名前、付けてあげなきゃ」
「うん、考えたんだけど。……ルカはどうかな」
「ルカ?」
「うん。呼びやすいように短い名前がいいかな、って思って」
「いい名前。……ありがとう」
「ありがとう、リヴィ。愛しているよ」
ルドは泣き腫らした目を潤ませ、私に愛を囁いた。
そんなルドの涙を、愛しく想いながら拭う。
これからきっと、私たちには貴族だった頃には考えられないような事が待ち受けているだろう。
楽しいこと、嬉しいことばかりでは無い。
悲しいこと、苦しいこともあるだろう。
でも。
ルドと、色んな事を分け合って乗り越えて。
ルカと親子三人で暮らしていく事が楽しみでもある。
たくさん喧嘩して、たくさん仲直りをしよう。
生きていれば、何回だってやり直せるのだから。
亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした。
それでも。
私は再び、貴方を愛したのです。
「これからも、よろしくね、お父さん」
ちょっと照れたルドの頬に、私は口付けた。
この度は『亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした』を本編完結までお読み頂きまして、まことにありがとうございます。
元々この作品は、前作『記憶が戻ったら』で高まった甘々な思考を一度クールダウンしたくて短編で書き出したものです。
本来ならば『想いの反比例』の途中、ジェラルドが呼ばれたところで終わりでした。
が、知人の方から「後悔してほしい」とお声を頂きまして、続きを書いて今の状態に仕上がったものです。
兜の彼の正体は、どうしようか書きながらも迷っていました。
兜を取ったら「いや貴方本当に誰?」とするか、それとも、と。
最終的にはルドさんの猛プレゼンにより正体決定致しました。
それにより、ヒーローに異論が出るだろうなぁというのは感じておりました。
『元サヤ』タグを付けなかったのは『新たな関係』として書きたかった為です。反対派の皆様申し訳ございませんm(_ _ )m
今回感想欄を閉じた事で皆様からの御意見を聞けなかったのは、これで良いのか、納得して頂けるのか、と悩みながらでした。
今作は多数離脱も予想していたので、離脱した場所でそれぞれエンディングとなれるよう、引きを弱めたのもありました。
ちなみに
1~2話→悲恋エンド
3~8話→それぞれの道を行くエンド
9~12話→和解エンド
(先を読む方はここまでが序章)
13~17話→友情エンド
18~21話→身分差悲恋エンド
22~25話→身分差身を引く悲恋エンド
26~29話→それぞれの道を行くかもエンド
30話→ハッピーエンド
このような内訳で書いておりました。
タグの「作者の中ではハッピーエンド」は、兜くんをヒーローとか認めない!という方が少なからずいるだろうな、という予想のもとです。
兜くんをヒーローと認めて頂けるならハッピーエンドです。
甘々をクールダウンのつもりが、途中二人があまりにも想いが反比例し合うので(ルドが追い掛けたらリヴィが逃げ、リヴィが振り向いたらルドが逃げ)思いの外長くなりました(汗)
さて、無事にハッピーエンドを迎えた今作ですが。
番外編もいくつか更新します。
・27話、視界暗転した後のルドの事
・フレディの背景
・お忍びで孫と対面した爺様の話
よろしければお付き合い下さいませ。




