29.決意【side リヴィ】
王太子妃マリエッタ様との会話は、当たり障り無い物から始まった。
お茶会はどうやら私と二人だけのようで、使用人達は下げられている。
しばらく談笑していたけれど。
やがてカップをソーサーに戻したマリエッタ様が私を見てきた。
「私ね、レーヴェ。ジェラルド殿下にはお姉様に一途でいてほしかったの」
目を伏せ、追憶するようにマリエッタ様は話し始める。
マリエッタ様のお姉様──つまりアンジェリカ様の事だ。
「幼い頃、二人を見て憧れていたわ。けれど、お姉様は病で亡くなってしまった。
その後殿下は貴女に出逢い、自分の責があるとはいえその身分を捨ててまで貴女を追い掛けた」
私はマリエッタ様の言わんとする事を探ろうと身構えた。
憧れの二人を引き裂いた女に見えるかしら……、と不安に駆られる。
「うっわアッホー、って思ったけれど、同時に羨ましくも思ったの」
その表情を変え、大げさに言ってみせるマリエッタ様に目を瞬かせた。
今、なん、て……?
「女を追い掛けて平民になったと思ったら、実は女はまだ身分の高いままでした、とか何の冗談?って。
それでいて自分は身を引くとか相変わらずヘタレって言うかポンコツって言うか」
うんうん、とマリエッタ様は腕を組み頷いた。
私はその言葉に付いて行けず、戸惑うばかり。
「普通はしないわよね。安泰な未来を捨ててまで、ただ、謝罪しに行くなんて」
そう言って、マリエッタ様は優しく微笑まれた。
「そこまでされたら、『ずっとお姉様を好きでいて』っていう私の気持ちは独り善がりでしかないのだと思ったわ。
まあ唯一の王太子殿下だったし、義務もあるのだろうけれど。
何より、生きているのだもの。日々が移ろうように、人の気持ちも変わっていく」
「マリエッタ様……」
「正直私には真似はできないわ。でも、貴女も、追い掛けて行くのでしょう?」
「はい」
決意を胸に淀み無く返事をすると、マリエッタ様は微笑まれた。
「仕事はどうするの?住む場所は?」
「アミナスに行ってから探そうと思います。
それまでは修道院にお世話になりながら」
「それなら、今度アミナスに建てる診療所に勤めない?」
「診療所……?ですか?」
聞けば、王太子殿下の指示で国の各所に平民でも気軽に来れる診療所を建設するそうだ。
国の機関で医師を育成し、それぞれ常駐してもらう。
そこで働く人を大々的に募集するらしい。
「フレディがね……ジェラルド元殿下からお願いされたらしいの」
「ルド……からですか?」
その名前を聞いて思わず目を見開いた。
王太子殿下にお会いしていたなんて。
「ツェンモルテ病の薬を私費で開発支援していた褒美に爵位を提示したのだけれど。
それよりも身分の分け隔て無く治療を受けられるように整備してほしいと願われたの」
その言葉に驚いた。
爵位より、そちらを優先させるなんて。
「貴女ならきっとそうするだろう、って言ってたらしいわ」
マリエッタ様はふふっ、と笑った。
私は確かに今回の事があって、薬の心配が無いといいと思っていた。
高額になると貴族は助かるだろうが平民は命を落としてしまいかねない。
貴族の生活を支えるのは領民──つまり、市井に住む者たちだ。
大多数の平民の生命を守る事は国の発展にも繋がるだろう。
ルドはそれを王太子殿下に提案した。
今になって、個より公を選ぶなんて。
「……バカだなぁ……。……本当に、バカ……」
頬を伝うものはぽたりとドレスに吸い込まれる。
「マリエッタ様、このお話、有難く受けさせて頂きます」
「ええ、よろしくね。私も知ってる方がいたら何かとやりやすいから助かるわ」
私も少しでもマリエッタ様に、国に貢献できるよう頑張ろう。
そう決意をして、マリエッタ様とのお茶会を終えた。
マリエッタ様とのお茶会の後、私は無事に除籍された。
名実ともに平民となったのだ。
平民となれば王太子妃殿下と会うのは難しいと判断され、保留になっていたと聞いた。
「お父様、今までお世話になりました。
親不孝をお許しください」
「手助けはしてやれないが、お前は私の娘だ。
幸せを祈っているよ」
せめてもの餞別に、と着る物と少しの雑貨を頂いた。
寂しそうな表情の家族に頭を下げて、侯爵邸をあとにした。
ひとえに診療所に勤めると決まっても、いきなりでは何をしたらいいか分からないし傷病人への接し方があるそうなのでまずは王都にある機関で研修を受ける事になった。
訓練をし、正しい医療知識を学んだ。
外傷、病気、様々な知識を頭に叩き込む。
学ぶ為の費用は国と貴族の出資で賄ってくれるそうだ。
しかも寮と食事付き。力の入れようが分かって身も引き締まる。
取得した知識量に合わせた実地訓練をするとお給金も貰えた。
修道院でのバザーなどでお金を稼いだ事はあったけれど、初めて自分の身体一つで稼いだお金を貰った時は大事に使おうと決めた。
ルドには手紙を出した。
『必ずアミナスに帰るから待っていてほしい』と書き添えて。
ルドからは『身体に気を付けて頑張れ』と労われた。
何度もやり取りをした。
お互い忙しくて会えないけれど、未来の為の準備期間だと言い聞かせて。
無我夢中でやってたら、私が王都に帰って来てから二年が経過していた。
「これから皆さんは研究所を卒業し、それぞれ街の診療所で働いてもらいます。
ここで得た知識を存分に発揮し、医療の発展に努めてください」
今日は研究所の卒業式。
教授から労いの言葉を頂いた。
貴賓席には王太子殿下の姿もあった。
アミナスに行くのは私だけみたいで不安だけど、現地にも一人いらっしゃるみたい。
卒業式が終わったあとは寮の後片付けをして、荷物を詰めた。
ルドには今日卒業式で、すぐにアミナスに行く旨を手紙で伝えていた。
逸る気持ちを押さえ、寮の門をくぐろうとすると。
「リヴィ」
私の名前を呼ぶ声。
くぐもっているけれど、いつか聞いた懐かしい声。
顔を上げて見ると、兜を被った騎士の姿をした人。
「迎えに来た」
私は思わずその騎士の姿をした人の胸に飛び込んだ。




