25.あなたの願い【side ルド】
アミナスから王都へひたすら走る。
無事に戻ったら警備隊にも馬を飼うよう隊長に進言しよう。
──苦しい、キツイ。
喉奥が切れて血の味がする。
冷たい空気の中、息を切らせて進んで行く。
(──バカだな、こんな必死になって)
王太子だった頃はこんなに走る事も無かった。
馬車移動が当たり前で、気付けば目的地に着いていた。
馬車でなくても馬があった。
走って行くなんて考えられなかった。
でも、王都に近付く度、リヴィを助けるんだ、という気持ちが強くなった。
途中休憩を挟んだり、歩いたり、仮眠しながら、王都に辿り着いたのは二日後の昼前だった。
このままでは汗臭くボロボロなので、せめて湯浴みをしようと簡易宿に入り汗を流した。
簡易宿とはいわゆる連れ込み宿的目的だが、商人などの間でも身支度をする為によく利用されている。
ある程度の防音も整っているので商談に使ったり用途は様々だ。
隊長が持たせてくれた荷物の中に着替えがあったので身奇麗にして整える。
宿の食堂で腹ごしらえをしてから、すぐに侯爵邸に向かった。
「アミナスから来ました、警備隊のルドと申します。至急スタンレイ侯爵様にお取り次ぎ願いたい」
「おっ、あん……貴方は!元気だったか、でしたか?ちょっと待ってな…ってて下さい」
俺の顔を見て慌てる門番に苦笑しながら、スタンレイ侯爵様を待った。
「運が良かったな。今日は侯爵様は自宅で執務をなさっておいでだ。案内するよ」
「ありがとうございます」
門前払いされなかった事に安堵し、案内人に付いて行った。
「久しぶりだな」
「御無沙汰しております」
丁寧にお辞儀をし、侯爵様に促されてソファに腰掛けた。
以前は高級ソファなんて当たり前だったのに、今はその質感や柔らかさが落ち着かなかった。
「今日は何の用事かな」
「……以前、侯爵様が仰っていた御礼を頂きに参りました」
侯爵様の眉がぴくりと動く。目はまるで俺を射抜くように見ている。
「決まったのか。では言ってみよ。私にできる事ならば何でもしよう」
一度目を瞑り、ひと呼吸してから開き、侯爵様を見据えた。
「今、アミナスの街ではツェンモルテ病が流行っています。だいぶ落ち着きはしたもの、まだ薬は足りません。大至急、薬をアミナスに届けて欲しいのです」
「……それが、君の望みか?」
侯爵様は真意を探るように俺を見据える。
その貫禄に気圧されぬよう、膝の上で拳を握り締めた。
「……大切な人が、ツェンモルテ病にかかってしまいました。街に薬の在庫がありません。発症して三日は経過している。だから今すぐにでも彼女の為に薬が欲しいのです。
……でも、きっと彼女は自分だけが助かるのを良しとしないでしょう。だから、侯爵様が集められるだけの分を届けて下さい」
薬はリヴィだけのものがあれば良いと思った。
だが、リヴィは他に患者がいたら辞退する。
だから一つではだめだと思った。
「……分かった。すぐに届けさせよう」
「──っありがとうございます!」
侯爵様は早速側に控えていた者に言付け、動いて下さった。
「早馬で届ける。明日にはアミナスに着くだろう。……修道院で良いのかな」
「お願いします」
侯爵様の瞳には娘を心配する気持ちがありありと見てとれた。
本当ならば、今すぐ自身が飛んで行きたいのだろう。
だが侯爵家の長である。自身が感染してもいけない。
だから必死に堪えているようで、申し訳なく思った。
「そこにいる娘は連れて帰るが構わないか?」
予想はしていたけれど、実際に言われてズクリと胸が痛んだ。
だが。
「構いません。元を辿れば私のせいですし。それに……
彼女が生きていれば、どこでも良いのです」
リヴィは沢山考えて、俺との道を選ぼうとしてくれた。
それでもご両親と話す事は大事だと思うから、いずれ一度は王都に帰る事にはなっただろう。
その結果、もし別れる事になっても、リヴィが生きていれば。幸せに笑っているなら、それで良いと思う。
「……そうか。……鈍感なのは誰に似られたのか」
「え?」
「いや。……そうだ。君はまだ時間はあるか?」
「いえ、すぐにでもアミナスに戻ろうかと思っています」
「そう言わずに。君に会ったら王城に来て欲しいと、王太子殿下から言われていたんだ」
侯爵様のその言葉に目を瞬かせた。
フレディ王太子殿下の意図が分からない。
……なんの用だろう?
それからスタンレイ侯爵様に連れられて、王城へと案内された。
見慣れた執務室の扉を叩くと、懐かしい声がした。
「お久しぶりですね、義兄さん」
そこには、俺が見た時よりも少し大人になったフレディの姿があった。
「私は義兄では……」
ハッとしてすぐに跪く。だがフレディ殿下はくすくすと笑った。
「私と貴方の仲でしょう?こちらへどうぞ」
「はっ、すみません。失礼致します」
ソファに促されると、フレディ殿下も対面に座った。
「貴方に御礼を言わなければと思いまして。
ツェンモルテ病の薬の開発費用を支援して頂いていたおかげで、今回の対策がとれました。
ありがとうございます。
つきましては褒美を取らせようと思いまして」
「褒美……ですか?」
それは思ってもみないものだった。
王太子だった頃、私的財産を使い薬の開発費用に当てていた。
それが功を奏し、今回の感染拡大を阻止できたそうだ。
だが廃嫡された身に王太子殿下から褒美を頂いても良いのだろうか。
「遠慮無く言ってください。ほら僕叔父さんだし、甘えると思って」
にっこり笑う殿下に思わず苦笑いをした。
殿下の方が年下だから叔父さんと言われるのに抵抗があるけれど。
多分、褒美を貰うまで帰れないだろう。
少しの間、思案して。
「私に褒美を頂けるなら、国の医療発展に御尽力頂きたく思います。
貴族だけでなく、平民も等しく治療ができる制度を作ってほしいのです」
貴族ならばどんなに高価でも薬を買えるだろう。
だが平民は手が出せず、それゆえ寿命に差ができてしまうのではと危惧したのだ。
生命を選別してはいけない。
だから病を患っても、誰しも等しく適切な治療が受けられたら、と思った。
「もっと欲深くなっていんじゃないか?例えば爵位とかいらない?
あらこんな所に伯爵位が、って君にあげられるけど」
殿下がおどけて言う。
確かに爵位を貰えればレーヴェとの未来を望めるだろう。
だが、それを望むのは違う気がした。
「私の……一番大切な人ならば、きっと自分の事よりも街の人の為に望むと思いまして。
その方の願いを叶えたいのです」
フレディ殿下は真面目な顔つきになった。
「……分かった。医療制度の改革に力を尽くすと約束しよう。貴賎を問わず、全ての民が憂い無く人生を送れるように」
「ありがとうございます。……よろしくお願いします」
「……伯爵になって、アミナスを統治しようとは思わなかった?」
フレディ殿下が伺うように言う。
「私の願いはアミナスだけでなく、国全体の事でございます。王太子殿下ならできると信じております」
「謙虚かと思ったら欲が深かった。頑張りますよ。期待に応えられるように」
そうしてお互い固い握手を交わして。
安心したのか俺の視界は暗転した。




