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亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした  作者: 凛蓮月
本編

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24/41

24.生きていて欲しいから【side ルド】

 

 修道院のリヴィの部屋に通された。


 ベッドに横たわるリヴィの姿を見て、これが夢なら良いのに、と思った。


 フラフラと、側に寄る。

 リヴィは苦しそうな顔でうなされていた。


「リヴィ……」


 あれだけ感染しないように、と言っても、病は人を選ばない。

 何故街中を駆けずり回っていた俺ではなく、病人を看護していたリヴィが発症する?

 何故、俺が好意を持った女性の生命を奪おうとする?


 ベッドの側にしゃがみ込み、リヴィの額に乗せている濡れタオルを、近くに汲んで置いてある水桶に浸し絞り、再び額に乗せた。


「……ん…」


 うっすらと目を開けたリヴィが、ぼんやりと俺の方向を見ると、眉根を下げて笑った。


「えへへ、熱が出てしまいました……」


 か細い声で、申し訳無さそうに苦笑する。


「苦しくないか?」

「は……い、だいじょぶ……」


 声を出すのも辛そうに、だが心配をかけまいと笑顔で話すリヴィの姿に泣きそうになった。


「薬は飲んだか?飲んだなら大丈夫だから……」


 王都から支援された薬は、数日前に届いた分で患者たちにほぼ行き渡っているはずだ。

 だから今、高熱があっても薬さえ飲めば大丈夫。


 だが、リヴィの言葉は信じられないものだった。


「ナハトが……、発症しちゃって。

 ここにあったのは、それが最後だったの……。

 だから、私は飲めてないの……」


 ドクン……と、心臓が一際大きな音を立てた。


「でも、大丈夫、私は頑丈だから。心配しないで、ね?」


 弱々しく笑うリヴィの姿が、儚く消える幻を見た。


「薬、飲まなきゃだめだ。待ってて、薬……どこかにあるはずだ」


 フラフラと部屋を出て、詰所に戻った。

 隊長に事情を説明し、まずは医療所に置いてあった薬の在庫を確認する。先日の残りがあるかもしれないと思って。だが。


「……なんてこった……」


 医療所は荒らされ、保管庫は破壊されていた。

 医師は往診に出て不在のようだった。


「うへぁ、火事場泥棒ってやつですかねぇ」

「ここ以外に薬のある場所は……」


 隊長が苦い顔をしながら頭を振った。


「俺のツメが甘かったんだな。不足したらこういう輩が出て来ると想定しなきゃならんだった。警護人置いとくべきだった!クソッ!」


 隊長が空っぽの薬の保管庫をガン、と殴った。


 足が震える。


 リヴィに間近に迫った死を感じて、背中がぞわりと寒くなった。


(なんで、こういう時、俺じゃなくてリヴィなんだよ……)


 怒りと絶望でどうにかなりそうだった。


 その後、街中を走って薬を探したが、たった一つが見つけられなかった。


「クソッ、王都からの物資はいつ届く!?」

「三日前に来たばかりですから、あと半月は先かと」

「馬がありゃあひとっ走りするんだが」


 アミナスに馬を持つ家は少ない。持っているのは裕福な商家や領主様くらいだ。

 だが街が閉鎖され、裕福な商家の主は馬車で街の外に避難した。

 領主様の馬は売り、そのお金で食料と薬を近隣の街から買い集めている。

 だから、今、アミナスの街に馬はいない。


 だが、その言葉に俺は光を見出した。

 王都からの物資を待つのではなく、取りに行けば良いんだ。


 だが薬を持っているのは。


 ──ふと、思い出した言葉。


『君には世話にもなったし、何か御礼がしたい』


 リヴィ──レーヴェの父親である、スタンレイ侯爵の言葉。

 スタンレイ侯爵に会えてないのもあるが、まだ御礼を頂いて無い事を思い出した。


 だが。

 侯爵に頼ると、きっとリヴィは連れ戻されるだろう。

 ……もう、二度と会えなくなるかもしれない。


 けれど、俺の中で選択肢は決まっていた。


「隊長、俺が王都に行きます」

「正気か!?馬も無いんだぞ!?」

「待ってるだけじゃ、リヴィの生命が危ない。走って行けば明後日には着くでしょう。

 幸い俺は貴族に伝手があります。だからそこを頼ります」


 隊長は戸惑いを隠せないように視線を泳がせる。

 反面、俺の気持ちは穏やかだった。


 リヴィが生きていてくれるなら、何だってしたかった。


「分かった。準備してやるから、リヴィちゃんに挨拶くらいしとけ」

「……はい」


 ちょっとばかり泣き笑いになったのは許してほしい。



 再びリヴィの部屋に来ると、リヴィは寝ていた。


「ル……ド…」


 彼女の口から自分の名が紡がれる。

 掛布からはみ出したリヴィの手をそっと取った。


「リヴィ、大丈夫だ。俺が助けるから待ってて」


 優しくゆっくりと言い聞かせるように。

 きっとこれが最後になるから。


「ルド……、行かない、で……、そばにいて……」


 うなされながらも縋るリヴィの姿に、思わず『行かない、側にいる』と言いそうになる。

 でも、それをすれば、リヴィの生命が危ない。


「ごめんね。俺は行くよ。薬を貰いに行ってくる。リヴィを死なせないから」


 手に、触れるだけの口付けをすると、リヴィの閉じられた瞼からぽとりと雫が溢れた。

 親指の腹でそっと拭い、頬に貼り付いた髪を避ける。

 熱くなったその手をそっと掛布の中に入れ、額のタオルを交換すると、俺は立ち上がった。


 廊下には心配そうな顔のべハティさんがいた。

 リヴィの話によく出て来た先輩で、たまに会った事がある。


「すみません、べハティさん。リヴィをお願いします」

「それは勿論よ。でも……貴方達は……」


 べハティさんの言わんとする事を想像して、ここにも、俺たちを応援してくれていた人がいたと知った。


「べハティさん。私はリヴィが生きてくれていたらそれで良いんです。

 例えそばに居られなくても、彼女がどこかで生きている。そう思うだけで、幸せになれるから」


 その時彼女が笑っているならば、今からやる事が正解だと思える。

 彼女を死なせたくない。

 もう、失いたくない。


 瞳に涙を浮かべたべハティさんは、一度目をきつく閉じて、ゆっくり開いた。


「リヴィの事は任せて。頼んだわよ」


 そうして俺は修道院を出た。


「ルド!必要なもんはこん中に入れといた。持ってけ。無理はするなよ」


 隊長が準備した荷物を持たせてくれて、ばんっと背中を叩いた。相変わらず力が強いが背骨が折れる心配も無くなった。

 それだけ警備隊で鍛えて来た。

 体力を付けてきた。

 それさえも、今日この時の為なんじゃないかって言ったら貴女は笑うかな。


「行ってきます」


 そうして俺は王都を目指す。

 走って行けば明後日には着くだろう。


 アミナスに来る時はスタンレイ侯爵家の馬に騎乗した。

 王太子だった時は馬車だった。

 自らの足で行くのは初めてだ。


 不思議と疲れは無い。むしろ高揚している。


 王都に着いたらスタンレイ侯爵家を目指す。

 侯爵は会ってくれるだろうか。


『私にできる事はさせて貰う』


 そう言って下さったから、迷わずリヴィを助けて下さいと請う。


 薬があれば、リヴィは助かる。

 容態が落ち着いたらきっと侯爵が王都に連れて帰るだろう。

 そしたらアミナスの修道院にいたリヴィは、レーヴェ・スタンレイ侯爵令嬢に戻る。

 リヴィは説得すると言っていたが、死にかけた娘を侯爵は離さないだろう。


 それで良いと思った。

 リヴィが生きているなら、もうなんだっていい。


 ──本当なら、俺が幸せにしたかった。

 リヴィと二人、慎ましやかに暮らせると、夢を見ていた。

 頑張れば、いつかは、なんて、思っていたけれど。

 叶わない願いもあると知った。


 最後まで足掻くって決めていたけれど、今度ばかりは難しそうだ。


 人は必ず別れがやって来る。

 アンジェリカとは死で別れた。


 それを、知っていたのに。


 訪れる事が無い〝いつか〟がある事を、知っていたのに。


 道が分かれたなら、潔く身を引こう。

 これからは、リヴィ──レーヴェの幸せを祈ろう。


 彼女には生きていてほしいから。




 リヴィにはもう二度と会えないかもしれない。

 今後、彼女以外の誰かを愛する事は無いだろう。




 それでも、俺の気持ちは晴れやかだった。


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