23.奔走【side ルド】
リヴィと別れ詰所に戻ると、王都から食料品と薬が届いていた。
「王太子殿下夫妻がすぐに動いて下さったそうだ。 足りなければまた送ってくれるらしいが、如何せん数に限りがあるから薬師たちに頼んでフル稼働で生産中らしいぞ」
隊長の言葉にとりあえずホッと胸を撫で下ろした。
フレディ王太子殿下は薬の開発を引き継いでくれていたらしい。
「今発症している方に配りましょう。余ったものは医療所に保管しておきます」
アミナスの街から商人の出入りが無くなったと気付いた時にはツェンモルテ病患者が増え始めていた。
食料品から始まり日用品などが品薄になった。
俺たちは領主様の館へ行き、食糧庫の解放をお願いした。
幸いアミナス領主は既に動いてくれていたようで、王都への報告と支援要請をツェンモルテ病患者第一号の患者が出ると共に行っていたらしい。
最初、その病名を聞いた瞬間奈落の底に落ちて行くかのような錯覚に襲われた。
(あれから10年経過して、なぜ今……)
アンジェリカも、発症の前日まではカラカラと笑っていた。
だがある日珍しく王太子妃教育を休んだので、心配で御見舞に行ったが、ブラックリー公爵家から面会を断られた。
それが三日続けば不安にもなる。
毎日公爵家に行くが門前払い。
そのうち王城の私室に閉じ込められ、出られなくなった。
『ブラックリー公爵令嬢様は流行り病におなりです。万が一殿下に感染れば大変な事になります!』
『アンジェリカが病気なら側に居て励ましてやらないと!離せ!』
『だめです!行かせません!お治りになりましたら報告が来るようになっていますから、ご辛抱下さい』
俺の腰に「意地でも行かせないぞ」と従者が纏わり付き、止めた。
それからずっと快癒を祈ったが、祈りは届く事なく。
『ジェラルド、ブラックリー公爵令嬢が亡くなったそうだ……』
父上の力無く項垂れた声で、俺は従者が止めるのも聞かずに一目散に駆け出した。
『アンジェリカ……、なんで、一緒に国を治めるって、言ったのに……』
アンジェリカの棺を抱き、いつまでも離れられず、鎮魂の祈りが終わり、棺を埋める時になっても慟哭は止まなかった。
棺が埋められ墓石に代わっても、その場から動けずただ呆然としていた。
たった10日間で世界から色が無くなった。
王城のそこかしこに散らばる思い出の場所で、アンジェリカを想い辛くなった。
それから王太子予算を必要な分以外は薬の開発に回した。
レーヴェと婚約してからも、それは続いた。
婚約者への贈り物はしていたが、必要最低限だった。
それでもレーヴェはいつも『嬉しい』と笑ってくれていたんだ。
(リヴィ……!)
俺の意識を戻したのはリヴィの笑顔だった。
(しっかりしろ!絶望してる場合か!)
ばしっ、と両頬を打ち気合を入れる。
それから隊長に進言して、街の人たちに声を掛けて回った。
『必要な外出以外は避けるように』
『なるべく人混みには行かないように』
『患者が出たら隔離して、すぐに報告するように』
流行り病は人から人へと感染する。
だから接触を避けるように一戸一戸説明して回ったのだ。
特に抵抗力が弱い子どもやお年寄りは熱が下がらない可能性がある。
男性より女性の方が重症になりやすい。
だから家族で暮らす家から回った。
それでも流行は食い止められず、徐々に患者数が増えて行った。
医療所に置いてあった予備の薬もあっという間に無くなった。
不安で押しつぶされそうになった時、リヴィの顔を見に行った。
だが万が一があってはいけない。
少しの間顔を見るだけに留めた。
でも、リヴィが生きているのを感じるだけでまた頑張れると思った。
(絶対にリヴィだけは失いたくない)
そう、思っていたけれど。
「隔離できないからって、ここに……」
家が狭く隔離できないから、と、徐々に修道院に患者が集まって来た。
主に子どもたち。
一家を支える男の世話をする妻は泣きながら子どもを修道院に預けに来た。
すぐにいっぱいになり、教会にも患者が押し寄せた。
「大丈夫、ルドから教えてもらった対策して、感染しないように気を付けるわ」
「だめだ、リヴィ、貴女にかかったら……」
「ルド。大丈夫、私は死なないわ。王都で流行った時も感染しなかったのよ?」
俺の頬に手を添え、リヴィは笑う。
「私ね、ツェンモルテ病が流行りだしても何もできなかったのが悔しかったの。
ルドたちは走り回って食料を配ったりしてるのに、私も何か手伝えたらって思ってた。
だから、せめてここにいる患者さんたちのお世話をして、励ましたい」
リヴィの笑顔は人を和やかにさせる力がある。
励ましてもらえばきっと元気になるだろう。
「ここに薬と食料品を回してもらえるようにする。だから、くれぐれもかからないようにしてくれ……」
「分かったわ。ルドも気を付けて。男性の方が丈夫でも、絶対なんて無いんだから」
「大丈夫だよ。リヴィの笑顔を見れるだけで特効薬になるから」
ぼふっ、と顔から火が出そうなくらいに真っ赤になるリヴィが可愛過ぎて、思わず額に口付けた。
本当はリヴィだけ俺の住んでいる寮の部屋に匿いたかったけれど、きっと頷いてくれないだろうな、と思った。
困っている人を見捨てない。
弱者に手を差し伸べる優しさは誰も真似出来ないものだ。
それからもツェンモルテ病の感染拡大を防ぐ為奔走した。
街を閉鎖し、王都からの支援物資を届ける馬車以外は出入りを制限された。
薬の供給が追い付いて無いのは、王都でも流行ったからだった。
だがフレディ王太子殿下の迅速な対応で拡大までには至らず、今では落ち着いて来ているらしい。
さすがだと思った。
俺は拡大を食い止められていないから、交代して良かったと思った。
そして。
ツェンモルテ病患者の数が徐々に減って来て、街が落ち着きを取り戻した頃。
「ルドさん、リヴィの熱が、下がらないの……」
べハティさんが蒼白な顔をして詰所に来て縋る様に、俺の目の前が真っ暗になった。




