19.歯止めをかけるもの【side ルド】
鎮魂祭でリヴィを迎えに行くと、いつもとは違った髪型をしていた。
それは婚約者だった時によく見た髪型で、懐かしさと苦しさで何とも言い難い気持ちになった。
迎えに行く前に買ったネックレスの入った袋が隊服のポケットにあるのを確認してからリヴィの所へ行く。
「リヴィ、迎えに来た」
声を掛けると、照れたように笑う。
べハティさんに声を掛けて、屋台から出て来た。
「花は、どこかで買えるのかな」
「あっ、うん、祭壇の近くに出店があるからそこで……」
「じゃあ屋台見ながら行こうか」
そう言って手を差し出すと、当たり前のように手を乗せられて心臓が飛び跳ねた。
「い、行こう」
久し振りにリヴィの手が重ねられて、その温かく柔らかな感触が触れた箇所から色付いて行く。
婚約している時、早く離そうとして強引なエスコートになってしまったが、今は離したくない。
リヴィの速度に合わせて歩く。
街中の人が集まっているせいか、時折ぶつかりそうになる。だからリヴィを守るように目的の場所まで行った。
祭壇に捧げる為の花をリヴィと選んだ。
故人が好きな花が良いらしい。アンジェリカがどんな花が好きだったのか聞かれ、オレンジと答える。
「ではこのお花にしましょう」
リヴィが代金を支払い、花を手渡された。
「鮮やかなオレンジ色だな。何ていう花だ?」
「マリーゴールドです」
その花を持って祭壇前に並ぶ。
手に持った花を見て、遠い日がふと蘇る。
だがその輪郭は朧気に浮かんですぐに消えた。
祭壇に花を捧げる。
目を閉じ、手を合わせ、祈りを捧げる。
(アンジェリカ……。俺、好きな人ができたんだ。君のこと、愛していた……。
亡くなった後も忘れられなかったのに、……ごめん)
彼女に対して申し訳無い気持ちが無い訳ではない。だが、リヴィへのこの想いは止められなかった。
一目惚れして、優しさに触れ、笑顔を見て、気持ちが止められなかった。
ただ、彼女を好きでいたい。
側にいたい。
だから、リヴィから「好き」だと言われ、思わず抱き締めてしまった。
夢でもいい。
側にいられるのなら、何でもいい。
リヴィの胸元に迎えに行く前に買ったネックレスを飾る。
俺とリヴィの瞳の色の石が二つ並んだのを見つけた瞬間、思わず買ってしまった物だ。
本当ならもっとデザインを凝ったり石を吟味したりして選べたら良かったが、──俺はその力を捨ててしまった。
今まで贈った物に比べたら小さくて頼りないかもしれないが、リヴィは嬉しそうに何度も触れて。
その姿がまた愛おしくて。
つい顔が緩んでしまう。
何度も己を窘めても、勝手にニヤケて格好がつかない。
それからの一週間は本当に幸せで。
友人より一歩進んだ関係は、まるで恋人同士のようで。
互いに笑い合って、昼休憩があっという間に終わってしまうくらいだった。
(このままうまく行けばもしかして。
いや、それは高望みすぎる。しかし奇跡が起きたらあるいは)
鮮やかになる未来を想像し、更にニヤケてしまう。
リヴィと寄り添い、慎ましくも二人で暮らす未来。
望んでも良いだろうか……?
いや、だが、しかし、それでも。
そんな自問自答をしながら、俺は浮かれながら街を巡回し、警備隊の詰所に戻った。
「お、帰って来たか。ルド、お客様だぞ」
詰所の門番である同僚から呼ばれ、俺は足取りも軽くお客様が待っている控室へ向かった。
「久しぶりだな」
「お久しぶりでございます」
「顔を上げなさい。今日は御礼を言いに来たんだ」
お客様はスタンレイ侯爵様だった。
浮かれた気持ちを正し、長年染み付いた貴族への対応で失礼の無い様に挨拶をする。
「御礼……ですか?」
「ああ。レーヴェの事だ」
スタンレイ侯爵はずっとリヴィではなく、レーヴェと呼んでいる。その事に特別に違和感を持った事は無かった。
だが。
「最初は君を恨んだりもしたが、レーヴェの表情が戻ったのは君のおかげだろう?
そろそろ王都に連れて帰ろうと思ってね」
スタンレイ侯爵の言葉に、ガツンと頭を殴られたように感じた。
それは、つまり。
「レーヴェはまだ侯爵家の籍にあるんだ。
娘を想って諦めずに待って下さっている方もいる。親としては幸せになってほしいからね」
リヴィはつまり、まだ侯爵家令嬢で。
「レーヴェの気持ちも聞くが、近いうちにとは思っている。
君には世話にもなったし、何か御礼がしたい」
私は、廃嫡された平民で。
「ありがとう……ございます。……すぐには、思い付きませんので……、後程でもよろしいでしょうか……」
ドクドクと嫌な音を立てる鼓動を必死に押さえる。
「もちろんだよ。私にできる事はさせて貰う」
侯爵の声が、ぼやけて聞こえた。
スタンレイ侯爵は丁寧に辞し、馬車に乗り帰って行く。
俺は拳を握り締めた。
強く、唇を引き結ぶ。そうでなければ叫んでしまいそうだった。
廃嫡された事を後悔する事はない。
レーヴェを傷付け、心を壊した責任。
公より私を優先した時点で王太子としての資格は無いと自覚した。
フレディという相応しい人がいたから何の壁も無く平民となった。
平民とならなければ、リヴィに会えなかった。探しに行けなかった。
謝罪もできなかった。
もし王太子のまま謝罪したら、リヴィは私を許さざるを得なかっただろう。
王太子の謝罪を受け取らなければ不敬になるからだ。
だがそれはリヴィを追い詰めるだけだ。
だから、王太子の身分を捨てた。この立場を後悔したことは今まで無かった。
リヴィとルドとして出会い、話し、笑い合えた事は、レーヴェとジェラルドではできなかった。
だが。
リヴィがまだ貴族籍にあると言うのなら。
しかも侯爵家。
「……身分が、違いすぎる」
それはまるで、俺とリヴィは決して結ばれる事はできないのだと嘲笑われているようで、涙も、乾いた笑いも出なかった。
これが、俺がレーヴェにした事への報いなのだと、誰かに言われているような気がした。
翌日リヴィの元へ行くと、元気が無かった。
「私は……まだ、貴族だったの……」
呆然とした、リヴィの言葉。
それは現実なのだと、突き付けるものだった。
〝足掻くのだ。愛する彼女の為にできる事を探すのだ〟
書物にはそう書いてあったけれど、可能性はゼロに等しいだろうな、と、固まったまま思った。




