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亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした  作者: 凛蓮月
本編

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16/41

16.鎮魂祭の朝【side リヴィ】

 

 鎮魂祭は、朝から忙しかった。

 屋台のスペースは決められていて、みんなで設置した。


 修道院には私を入れて5人の女性が身を寄せている。今日は全員で屋台の売り子と、孤児院の子たちのお世話を交代でするのだ。


 屋台では刺繍を施したハンカチやレース、小物や手作りのお菓子、パンを売る。

 女性や子どもたちをお客様として想定している。


 朝起きていつもの質素な服に着替え、井戸の水を汲み顔を洗う。

 最初はその冷たさにぶるりと震えていた。

 侯爵家にいる頃は汲んだばかりの井戸水が冷たいなんて知らなかった。

 使用人たちが適度に温めてくれていたのだろう。

 それが当たり前だったけれど、修道院に来てから色んな事が当たり前では無いと知った。


 みんなは元気かな。

 お父様やお母様、弟や妹。

 執事、侍女、料理人、庭師、洗濯メイドたち。

 きっとみんな、私たちの為に働いてくれていただろう。


 王太子殿下の婚約者としていた時もお礼は欠かさなかったけれど、彼らの苦労を知って改めて御礼を言いたくなった。

 ──ここにいる限りは無理なんだけど。


 本当は気付いている。

 ずっとこのままではいられない事。

 でも、変わっていく事が怖い。


 私はジェラルド殿下に恋をした。


 けれど、それはたぶん、本当の恋ではなかった。

 恋に恋していただけなのだろう。


 だから、きれいごとのままでいられた。

 それは欲深くなり、愛されたいと願ってしまった。

 心が黒く染まり、アンジェリカ様の事を恨めしく思うようになった。


 ずっと、ジェラルド殿下の心を縛る彼女が嫌いだったのだ。

 そして、ジェラルド殿下から想われる彼女を羨ましく思っていた。

 打算と欲にまみれた恋。

 殿下の為に頑張って、殿下の為を想っている振りをした醜い恋。


 アンジェリカ様の冥福を祈りながら、その実自分の恋心を弔いたかったのだ。



 顔を洗いさっぱりしてから髪型を自分で整える。

 だいたいいつも三つ編みか後ろで一つに括る。

 髪を切ろうとしたけれど、お母様に止められてしまった。

 髪型を整えたら朝の身支度は終わり。


「おはよう」


「リヴィおはよう、早速だけど小麦粉振るって」


「分かりました」


 屋台に出す用のお菓子を手分けして作っていく。

 簡単なクッキーとドライフルーツ入りのカップケーキ。

 それから木の実が入ったパンを焼く。


 材料を混ぜ合わせ、生地を休める頃には子どもたちもやって来た。


「手を洗ったらお手伝いお願いね」

「はーい」

「早く味見したいなぁ」

「沢山はだめよ〜」


 一気に賑やかになる調理場に、慌ただしく時間は過ぎて行く。

 貴族でいる時はもっとゆったりだったなぁ、とふと懐かしくなった。


「リヴィー、ナハトがおしっこ漏らしたー!」

「リヴィー、アルバとシュミネが喧嘩してる!」


 忙しい時に限って子どもたちに何かが起きる。


「ちょっと待っててね」

「リヴィは大人気だねぇ」

「ベハと違って優しいもん」

「なんだとー?」


 怒る真似をしたべハティときゃーっと逃げて行く子どもたちを横目に見て苦笑しながら呼ばれた方へ行った。


「ナハト、お着替えしよっか。おいで」


 足下に水溜りを作ってしまいショックを受けるナハトの足を拭いて、履いていたものを脱がせて拭く。


「リヴィ、ごめんね」

「いいのよ。少しずつ慣れていこうね」


 新しい服に着替えてぐずるナハトの頭を撫でて、抱き締める。

 すると、安心したのか次第にぐすぐすがおさまってきた。


「アルバとシュミネはどうしたのかな?」


 ナハトを抱っこしたまま、不貞腐れた二人を見ると気まずそうな顔をした。


「アルバがリヴィと鎮魂祭回るって言うから!」

「いいじゃねぇか、お前には関係無いだろ!」


 どうやらシュミネはアルバと私が鎮魂祭を一緒に見て回るのが面白くないみたい。

 身に覚えがある感情に、私は苦笑いをした。


「売り子もあるからあまり時間は取れないけど、私はみんなと回りたいな。アルバもシュミィも、ナハトもね」


 シュミネは納得いかないみたいな顔だけど、基本的に優しい子。


「いっぱいお手伝いしたらリヴィと時間取れる?」

「そうね。その分時間は作れるかも」

「じゃあ手伝う」

「ありがとう」


 シュミネの頭を撫でると照れくさそうに微笑んだ。

 子どもたちの笑顔に癒やされる。

 貴族だった時も慰問はしていたけど、毎日接して感じるのは大人以上に様々な事に敏感だと言う事。

 それを内に抱えてしまう事。

 だから少しでも不安が無くなるように寄り添う。


「よし、じゃあお菓子作りに戻ろっか」

「うん!アルバも行くよ!」

「なんだよお前……」


 呆気にとられたように言いながらアルバも手伝いに来てくれる。

 また言い合いをしながら調理場に向かう二人を見て笑みが漏れ、ふと、遠くを見ていた。


(あんな風に、言いたい事を言えるようになれたかな)


 過去を思い出しては今と比べ、頭を振る。

 たぶん、私たちは今の立場でないと互いに向き合えなかった。

 正しい選択だったのか、分からないけれど。


「リヴィー、早くー!」

「はーい、今行きます」


 思い出すのはルドの優しい笑顔だった。




 鎮魂祭は街の広場に祭壇が設置される。

 祭壇に花を捧げ、亡くなった方の為に祈り、弔うのだ。

 祭壇に集まる人を見込んで様々な屋台が並ぶ。

 修道院の屋台は大盛況で、予定していたよりも早めに売り切れそうだ。

 午前のうちに子どもたちと見て回り、午後から売り子として店番をしていた。

 ピークは過ぎたようで、お客様もまばらになった頃べハティが私を手招きして椅子に座らせると、後ろで一つに結んでいた髪を解いた。


「いつでもルドさんが迎えに来てもいいように髪型整えておこうね」


 そう言って、器用に編んでいく。

 誰かに髪型を整えてもらうのは久しぶりで、懐かしくなると同時に切なくなった。


「うん、美人さん!」

「ありがとう、べハティ」


 髪はおろして、サイドを編み込んだ以前はよくしていたアレンジで、私は嬉しくて何度も編み込んだ部分に触れていた。


 真上に来た太陽が少し傾きかけた頃。


「リヴィ、迎えに来た」


 警備隊の制服に身を包んだルドが緊張した面持ちでやって来た。

 釣られて私も緊張して来る。


「花は、どこかで買えるのかな」

「あっ、うん、祭壇の近くに出店があるからそこで……」

「じゃあ屋台見ながら行こうか」


 自然とルドから手を差し出され、無意識にその手を取った。

 それが意外だったのか、ルドは一瞬固まって、息を呑む。


「い、行こう」


 顔が赤くなっているルドに私まで釣られてしまう。


 はからずとも手を繋ぐ形になって、何とも言い難い空気に二人ともぎこちなく言葉も少なくなっていた。


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