14.突き動かすもの【side リヴィ】
もうすぐ開催される鎮魂祭で、私はアミナスに来て欠かさずにアンジェリカ様の冥福を祈っている。
彼女に対して黒い気持ちになってしまった自身を醜く感じて、許しを請いたかったから。
鎮魂祭は広場に設置された祭壇に花を捧げるのだ。
ルドがアミナスに来たのは一昨年の鎮魂祭が終わったばかりの頃だった。
昨年は警備にあたっていたらしい。
だから、今年はアンジェリカ様の為に花を捧げてみてはどうかと思ったのだ。
ルドは私の前でアンジェリカ様の話をしない。
それは有り難いのだけれど、思い出話をしたい時もあるかもしれない。
正直、私はあの頃のように笑って話を聞けはしないだろう。
でも、ただ、彼のそばにいて、話を聞くだけ。
想いを昇華するのに誰かに聞いてほしいときに、それが私ならいいと自然と思えるようになってきた。
けれども、ルドは今年も仕事らしい。
私も修道院で出す屋台で売り子として働くから暇ではないけれど、べハティにお願いして少しの間なら、と抜け出せるようになっている。
その間にルドと祭壇に花を捧げられたらと誘ってみた、のだけれど。
ルドは豆鉄砲を貰ったみたいな変な顔をした。
「あ、……その。……うん、ありがとう」
しっくりいかない、というような顔。
複雑そうな表情に、少し不安になった。
余計なお世話だったかな。
「リヴィ」
ルドの表情は硬く、戸惑いがあった。
「アンジェリカの事、ありがとう。でも、リヴィは気にしないで良いんだよ」
悲しげに微笑むルドの表情から、きっとまだ忘れられていないのだろうと察する事ができる。
亡くなって十年近くが経過しても未だ彼の心を占めるアンジェリカ様に対して羨ましいと思ってしまった。
「以前はアンジェリカ様の話を聞くのは辛いと思っていました。でも今は大丈夫です。
何とも思っていません。だから、いつでも話してくださいね」
「あ、ああ……。ありがとう……」
何故か悲壮な顔をしたルドは、お昼休憩時間が終わったのでフラフラと出て行った。
「リ~~ヴィ~~」
「わわっ」
ルドが門から出たあと、べハティが呆れたような顔をして私を見て来た。
じとりと見られ、はぁ~~と大きな溜息を吐いた。
「ねぇ、一つ聞くけど。リヴィはルドさんの事、どう思ってるの?」
未だじとっとして見られて、私はたじろいだ。
ルドの事、どう思ってるのか、と言われても。
「以前は酷い事を言われたけど、今は一緒にいて楽しいし穏やかになった人、かな?」
「好きじゃないの?」
どきりとした。
「好きか、嫌いかって言われたら、もう嫌いでは、無いけど……」
とは言っても好き、とも言い難い。
彼の心には未だ忘れられない人がいるのではと思えば、好きになっても無駄なんじゃないかと思ってしまうのだ。
確かに以前、好きだと言われた。
でもどうしてもアンジェリカ様と比べてしまう。
我ながら面倒くさいと思う。
「…私はさ、リヴィ。ルドさんの元彼女の事なんか知らないけど。でも、今のルドさんは貴女を想ってるんじゃないの?」
べハティの言葉が刺さる。
「過去を気にしてばかりじゃ、未来に進めないよ?
私たちは生きてるんだから。気持ちも日々変わっていく。どうするの?明日ルドさんが『彼女ができたのでもう来ません』とか言ったら」
その言葉に胸の辺りがもやがかかったようになった。
今はルドは暇さえあれば私の所に来てくれる。
ルドは分からないけれど、友人のような関係だとも思っている。
でも、日々事態は変わっていく。気持ちも。
いつかはルドの気持ちも変わる事があるのかな。
──今のままがいいな。
このまま穏やかに、楽しい事だけを見ていたい。
「嫌……かも。でも、今はこのまま、がいい、かな……」
「それはいつまで?ずっと修道院にいるの?その間にルドさんに彼女ができても構わない?」
べハティは真面目な顔をして見てくる。
いつにない矢継ぎ早な質問と厳しい表情にどきりとした。
「リヴィがいつまでいようと構わないけども。
ご両親やルドさんは貴女の幸せを願っているわ。
貴女の幸せはずっと変わらずにいる事?それとも
誰かと一緒にいる事?」
べハティの言葉に、息を呑んで、何か言おうとしたけど結局口をつぐんだ。
私の幸せ──。
今、こうして修道院で穏やかに毎日を暮らせている事はそれなりに幸せ。
少し物足りなさはあるけれど、何ものにも脅かされない。
「リヴィはもう少し欲深くなっていいんじゃないかなぁ。
自分を抑え込まないで、我慢しないでさ。
いい子過ぎるのも、寂しいものよ」
べハティが私の頭を撫でる。
ここに来た時からずっと親身になってくれた、お姉さんのような存在。
「もっと甘えていいんだよ」
ぎゅっと抱き締めてくれる。
「人は一人きりじゃ生きていけないんだからね。誰かと支え合っていけるなら、その人を離しちゃダメだよ」
べハティの言葉が沁みてくる。
『ゆっくり考えなさいね』
べハティはそう言っていたけれど。
私は一歩、踏み出して、駆け出す。
「リヴィどこ行くのー!?」
「警備隊の詰所!」
〝がんばれ!〟
べハティが叫んでる。
それを背中に受けて、私は街中を駆けて行く。
侯爵令嬢だった時は〝はしたない〟って言われる事も、ここに来て沢山してきた。
息を切らせて、詰所まで走って行く。
「こんにちは!っ、はぁ。ルド……、ルドは、いますか?」
息を整える間も無く、私は詰所の受付の方に聞く。受付の方もびっくりして、目を瞬かせた。
「リヴィちゃん?ああ、ルドなら、訓練場にいるよ」
「ありがとうございます!──っ、あっ、入ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ!見学はいつでも歓迎だ」
「ありがとうございます!」
しっかりとお辞儀をして、訓練場に急ぐ。
その姿を探しながら。
「──ルド!」
見慣れた藍の髪を見つけ、名前を叫ぶ。
すると彼は振り返り、驚愕の眼差しを向けてから私の方に走って来た。
「り、リヴィ?どうしたの?」
私はその間にぜえはあ言いながら息を整えた。
ここまで夢中で駆け出して来たけれど、今は息切れしてしまっている。
でも、今すぐに言いたかった。
「ルド、私と鎮魂祭、一緒にまわってほしいの」
「えっ……、でも、リヴィは屋台が……」
息を整える為、深呼吸をする。
それからルドを見上げた。
「うん。ルドも、警備があるだろうから、少しの時間でいいのです。私に、10分だけ時間を下さい」
真剣な目で見れば、ルドも真剣な顔になった。
「リヴィちゃん、いいよ~!10分でも20分でも一緒にいな~」
「わっ」
ルドが口を開こうとすると、同僚の方がルドの肩に腕を回して言って来た。
「こいつヘタレでしょ。リヴィちゃんから誘ってくれて良かったなぁ」
また別の同僚の方がルドの脇腹を突いた。
それを見て、私は羞恥が襲ってきた。
気付けば私とルドの周りには、訓練場にいた警備隊の方々が集まって来ていたから。
「あ……、そういう、事なので……。
その、考えておいて下さい!ではっ!」
「あ、リヴィ!迎えに行く!から、待ってて」
駆け出して帰る途中の私に、ルドが叫ぶ。
私は止まって振り返り
「待ってます」
それからまた駆け出した。
後ろからやいのやいのと声がしていたけれど、早くこの場を立ち去りたくて急ぐ。
「べハティ!あのっ、鎮魂祭、当日、屋台っ」
「はいはい落ち着く落ち着く。いいよ、抜け出しても。頑張れ」
全てを悟っているかのようなべハティの笑みに、私は息を整えながらこくこくと頷くだけだった。
その後は鎮魂祭で売る物を毎日必死に作った。
刺繍は我ながら良い出来に仕上がった。
お菓子は前日と当日の朝に孤児院の子どもたちも一緒に作る。
ルドとも、変わらない毎日だった。
この時の私は、このままいつまでもずっと、変わらずにいられると思っていた。




