13. 止まらぬ想い【side ルド】
『ルドから、離れたほうが……いいのかな』
その言葉を聞いて、俺は持っていた昼食の入った袋を落とした。
いつかは、リヴィも誰かと出逢いまた恋をして、と考えなかったわけではない。
リヴィには幸せになってほしい。それは心の底から願う事。
だが、俺はリヴィとどうにかなる事は無い。
『好きだ』と言ったら『貴方なんか嫌い』と言われたのだ。自惚れられるはずもない。
だがせめてリヴィが選ぶ人が相応しいかどうかを見極めたい。
俺の方が年上だから兄として。
……家族、ではない、な。せめて友人の一人として。
いや、昔の知り合いの一人として。
そう、思ってはいたが。
俺が側にいる事で、リヴィの出逢いを邪魔してしまっているのでは、という考えには至らなかった。
──そうか。
近くに若い男がいると、せっかくリヴィを嫁に、とか言ってる人たちが話し掛け辛いよな。
頭では理解しても、身体が重りを着けたように動かない。
「ルド?」
袋を拾ってくれたリヴィが上目遣いに見て来る。
この表情に惚れない男はいないだろう。
「昼食、食べないの?」
「あ、ああ、食べる」
何とか身体を動かし、リヴィから袋を受け取る。
今日もパンに肉と野菜を適当に挟んだものだから、おそらく中でぐちゃぐちゃになっているだろう。
それはまるで俺の気持ちを写したかのようだ。
見上げた空はこんなにも澄み渡る程きれいなのに。
リヴィの新たな道を応援しないといけないのに。
目の辺りが滲んできたので、無理矢理形を整えた肉野菜サンドに慌ててかぶりつき、飲み込もうとして喉に詰まらせた。
「ちょっと、ルド!?何をしてるんですか!」
どんどんと胸を叩いて少しパニックになった頭を働かせ、必死に飲み込もうとする。
リヴィは背中をさすってくれた。
「ゼヒュウッ」
何とか飲み込むと、リヴィが水の入ったカップを差し出した。
「ゆっくり食べないと危ないですよ」
「ごめん。ありがとう」
目の滲みをごまかそうとしたのに、結局滲んでしまって情けない。
リヴィの中で昔の知り合いから格好悪い男に格下げされた気がした。
「そういえば、今度、お祭りがあるんですが」
アミナスでは毎年鎮魂祭として、街を挙げての祭りがある。
広場に祭壇を設け、亡くなった人を弔うのだ。
その時にちょっとした出店もあるので街の人はみんな集まって来る。
一昨年この街に来た時には、終わった直後だった。
昨年は警備隊として街の巡回に駆り出され、リヴィは屋台で修道院で作った物を売ったり、孤児院の子たちと見て回ったと言っていた。
「ルドは、今年もお仕事ですか?」
俺の予定を聞いている?まさか、これは……!
「ちなみに私は今年も屋台で売り子なんですが」
「そ、そうか……。た、多分、今年も、仕事かな……」
そうだよな、リヴィからデートに誘われるわけ無いのに、期待してしまった。
リヴィに誘われないなら仕事しよう。
「そうですか。お仕事、頑張ってくださいね」
「ありがとう……」
「…………」
「…………」
「「あのっ」」
声を発したのは二人同時だった。
向かい合って、同じ言葉を口にする。
「ル、ルドからどうぞ」
「いや、リヴィから言ってくれ」
互いに譲り合う。しかも、互いに一歩も引かない雰囲気で。
「…………」
「…………」
「「そのっ」」
また、同じ言葉を口にした。
これにはさすがに互いに目を見張る。
そして。
「ふ、ふふふっ……、ふふふふ」
「ははっ、は、ははははっ」
可笑しくて笑いだしてしまった。
口を両手で押さえ、笑いを堪えているリヴィの姿は初めて見るもので。
こんなにも朗らかに笑えている事に嬉しくなる。
「も、なんで、同じ言葉を、っ、ふふふふっ」
「リヴィ、もっ、ははっ、同じ、タイミングでっ、ふはっ」
互いに笑いが止まらない。次第に涙まで出て来て腹筋も鍛えられる。
こんなに笑ったのは生まれて初めてかもしれない。
俺はまだ、笑えたのだと、不思議な気持ちになった。
「ふう。生まれて初めてかもしれません。こんなに笑ったの」
やがて苦しくなって落ち着かせて、リヴィはひと息ついた。
同じ気持ちだと言う事が嬉しくて温かくなる。
もっと早くにリヴィ──レーヴェと話していたら……。
そう思うとやるせなくなる。
「──俺も、初めてだ。こんなに声をあげて笑えたんだな、って思ってる」
「今までは無かったんですか?」
何気ない言葉に息が止まる。
何気ない疑問。だが思い返してみれば無かった事。
「そうだな……。声をあげる事は無かったな。だから、今が楽しい」
リヴィは目を細めて俺を見て笑う。
俺も再びリヴィの笑顔が見れて嬉しくなる。
その度、期待と諦めが混ざって何とも言えなくなるのだが。
「私も、ルドといるのは楽しいです。
ここにいるのが、たぶん私に合ってるんだと思います」
リヴィは眩しそうに目を細めた。
その表情はすっきりとしていて、王太子の婚約者として接していた時とは違って瞳が輝いている。
ずっと、ここにいてほしい。
そう願うのはいけないだろうか。
この一年変わらず、リヴィと沢山話して、もっと、もっと話したいという気持ちが強くなった。
だから昼時は修道院に来るし、本当なら二人で出掛けたりしたい。
だが、どうしても一線を越えられない。
見えない線引きがされているようで踏み込めない。
逢う度、話す度、過去を思い出しやるせなくなる。
そして今の関係を壊したくなくて、何もできなくなる。
まだ、嫌いなままだろうか。
このまま側にいていいだろうか。
いつかは『嫌い』から『普通』くらいにはなれるだろうか。
リヴィが許してくれるなら、もっと話したい。
せめて『友人』くらいになりたい。
楽しいも、悲しいも、寂しいも、嬉しいも、分かち合えたら。
「またじろじろ見てる。もう癖ですかね」
「す、すまん……つい」
リヴィは苦笑して、それから。
ふわりと笑った。
──友人以上を願ってしまった。




