11.受け入れる事【side ルド】
遠くで歓声が聞こえる。
人々は新たに王太子となったフレディとその妃を声高々に祝福しているのだろう。
馬車に乗る二人を見て動揺したリヴィを連れ出し、広場に辿り着く。
みなパレードを見に行っているのか閑散としていて、私とリヴィ──レーヴェは、広場に取り残されたように二人だけだった。
あの日、フレディの立太式の翌日。
スタンレイ侯爵の伴をし、修道院に連れて行かれてレーヴェの事を知ってから、いつかは正体を明かし謝罪をしたいと思っていた。
久々に見た彼女が生きている事にまず安堵した。
あの時のような笑みは見られなくても無事を確認できた。
だが、リヴィと名を変えた彼女の表情は失くなってしまっていた。
私の放った言葉の刃は彼女の笑顔をも奪っていたのだ。
改めて自らの罪を突き付けられ、私は身動きが取れなくなってしまった。
スタンレイ侯爵から渡された兜を被っているから彼女からは私の姿が見えない。
だが、それで良かったのだと思った。
今更何かを言っても、また彼女を傷付けてしまうのではないかと思うと怖かった。
その後、街中を悲壮な顔をして足早に歩くリヴィを見かけ、思わず声を掛けてしまった。
その時の彼女はあまりにも顔色が悪く、とても苦しそうに見えたのだ。
それからは毎日、時間が許す限り彼女の様子を見に行く事にした。
「おっ、ルド、今日も愛しの彼女のとこか?」
同僚から揶揄われても、曖昧に濁した。
彼女への想いは変わらない。
だが、そんな軽く言えるようなものでも無かった。
彼女の側は居心地が良かった。
ただ、側にいるだけ、それだけなのに温かく、安らげる。
婚約していた時も、何も話さなくても、ただそこにいるだけで、気持ちが穏やかになっていた。
さり気ない気遣いに、いつも助けられていた。
それに甘えていた王太子時代も今も、またこうして彼女に甘えてしまっている。
このままで良い訳がない。
それにいつまでも兜を被って素顔を出さないのは卑怯だ。けれど、正体を知られた時、拒絶されるのが怖かった。
臆病で卑怯者。
あの頃と何も変わっていない。
そんな折、王太子夫妻が成婚パレードに訪れるという。
『成婚した暁にはアミナスでパレードでもして貴方にお披露目しますよ』
フレディの言葉は冗談だと思っていたが実行するらしい。
それを、彼女が見ると言う。
その瞳には決意が宿る。
過去の想いと決別し、勇気を出して、前に進もうとしている。
私も、変化を受入れなければならない。
リヴィが私の正体を知り、嫌悪し、遠ざかっても、私は全て受け止めなければならない。
彼女の事を想うなら、その望み通りにすべきなのだ。
そして、私は兜を取った。
リヴィを傷付けた人間が、何食わぬ顔でリヴィの側にいたのだ。
驚愕に目を見開き、混乱して態度はぎこちない。
身分を捨てた私に平伏し、不敬を詫びる姿はかつての『私』がそうさせているのだと思うと苦しかった。
私が発した言葉で彼女の心は砕けてしまった。
失ったものは、もう二度と、戻らないのだと、痛感した瞬間だった。
リヴィは泣きながら私に全てをぶつける。
悲憤も、苦しみも、これら全ては婚約していた時、私が彼女にしていた事が返ってきているだけなのだ。
けれど、優しい彼女の口からは、私への恨みも無ければ死を望む言葉も無い。
ただ、苦しかった事、比べられたくなかった事、愛されたかったと、それだけ。
彼女は誰かを傷付けるより自身が傷付いた方が良いと考える人だと気付いてからは、それがまた私を打ちのめした。
一体どれだけ傷付けた?
どれだけ絶望を与えた?
どれだけ苦しませたのだ……。
私は自分を消したくなった。
あの時、アンジェリカが亡くなった時に後を追えば良かったのだろうか。
そうすれば、少なくともレーヴェを傷付ける事は無かった。
──今からでも間に合うだろうか。
「今更だわ……。私は……、もう好きじゃない。貴方なんか、嫌い。貴方を、許さない。大嫌いよ……」
リヴィの言葉が甘美に聞こえた。
「それで、いい。貴女は、私を許さなくていいんだ。あんな事を言った私を嫌いなままでいい。
謝ったら許さないといけないなんて、そんな決まりはない。
貴女は、貴女の気持ちに正直で、いいんだ」
リヴィの瞳から溢れるものすら拭う資格も無い。
地面に生えた草をぎゅっと掴んだ。
「嫌い。貴方なんか、大嫌い」
「……うん」
「…………子どもみたいに弱い者に八つ当たりして、最低。婚約者なんて暫くはいらないって抗う事もしない臆病者」
……リヴィの口からは想像し難い言葉が出てくる。
「貴方の周りも、貴方の気持ちが落ち着くまで待ってあげたら良かったのに」
リヴィは何故か腹を立て始めた。
「アンジェリカ様も、早くに亡くならなければ良かったのに」
リヴィは自らで涙を拭う。
「でも、一番嫌いなのは、レーヴェ・スタンレイ。口では綺麗事を言いながら、何の覚悟も無く婚約者となりながらも、愛されない事に最終的に心を病んで被害者の振りして……。
どれだけおめでたい頭してるのよ」
「それは……」
「本当に殿下を想うなら、自分の想いを押し付けるような真似はしないわ。
折り合いを付けるまで、待たずに……、婚約者の座に居座って。
誰よりも早く忘れろって言ってるような、ものだわ……」
レーヴェは自身を責めた。
だがそれは間違いだと思う。
愛する女性が亡くなった後も王太子の座に居座っていたのは私なのだ。
そこにいる限り、例えレーヴェが辞退しても他の誰かが充てがわれるだけだ。
だが、私はレーヴェが来てくれて良かったと思っている。
彼女の存在に、私が救われたのは紛れもない事実なのだから。
最初から彼女と向き合っていれば自然とアンジェリカへの想いは過去となり、情け深い彼女に寄り添って、手を取り合い愛し合えたかもしれなかった。
ああ。
私は彼女のこういうところに惹かれたのだ。
私を想い、私の事を慮り、一緒に考え、悩んで、分かち合ってくれる。
私の気持ちに寄り添い、慰めてくれたのは彼女だけだったのに。
自ら、その想いを踏み躙り、捨ててしまったのだな……。
本当に私はどうしようもないバカだ……。
「……どうして貴方が泣くの。泣きたいのは私の方だわ」
「……ああ」
困ったように、彼女が笑う。
「私は貴方から酷い事を言われたのよ?」
「ごめん」
「愛さないからと言って傷付けていい理由にはならないわ?」
「うん、ごめん。……ありがとう」
「どうしてお礼を言うの」
「うん……、ありがとう……」
「貴方なんか、許さないから」
「うん、いいよ……」
リヴィは釈然としないという表情でそっぽを向いた。
「……でも」
ポツリと、小さな声で、呟く。
「王太子殿下のジェラルド様は嫌いだし、許さないけど、『アミナスの街の警備隊のルド』は、また、お昼を食べに来てもいいわ」
その言葉に、再び泣いた。




