どんな君も好き
彼氏と久しぶりにデートした。大学進学と同時に遠距離になった彼。LINEは毎日一通ずつしか返さない。けれど、それが心地よくて全然寂しくなかった。少なくとも私の方は。でも、彼氏はどう思っているか分からない。とても不安な中、約3ヶ月ぶりに会った。ゴールデンウィークのことである。
駅のホームで待っていると彼が降りてきた。高校の時と全く変わらない、満面の笑みだった。彼は昔から私のことを見つけると、子犬のような笑顔で駆け寄ってくる。今回もそうだった。変わっていない彼を見てとても安心した。殺風景な駅で彼との再会を喜びあう。ふと彼が「目を閉じて」と言ってきた。
なんだろう、と思いながら私は目を閉じる。ドラマだったらここでキスされちゃう!マスク越しに手が触れるのが分かった。ドキドキ。駅という人目に付くところでのそんなことなんて初めてだったから、恥ずかしい気持ちと、彼とのキスの期待で胸が弾けそうだった。しかし、一向に唇が触れる感触がない。
「開けていいよ」と言われた。何をしたんだろう。結局、キスはされなかった。ただ、目を閉じさせられて唇を触れられただけだった。疑問に思っていたら、急に口の中が痛くなってきた。ジワジワと鉄の味が口に広がる。マスクを取って見てみると、血まみれになっていた。驚いて鏡を見た。
そこには、上の歯茎一面にギザギザしたツルのような傷が付いていた。目に入ってきた途端痛くて堪らなくなる。痛い。とにかく痛い。「ごめんね、でも、物凄く可愛くて、大好きで、久しぶりに会ったら抑えられなくなっちゃったんだ。」彼は優しい笑顔で私を見ていた。
何を言っているのかと思った。理解出来なかった。だけど、笑顔は今までに見た事ないほど慈愛に満ちていた。私のことを見つめる彼。そんな彼にもう私はメロメロだった。さっきまでは痛くてたまらなかったのに、今はその痛みが、彼につけられたものという事実だけで溶けてしまいそうだった。
しかし、元より切り傷や血が苦手な私は強烈な吐き気と寒気に見舞われる。首元がゾワゾワする。気持ち悪い。彼は私のことを見つめている。とても綺麗な瞳だった。脳裏にギザギザの切り傷が目に焼き付いている。気持ち悪い。口に鉄の味が広がる。気持ち悪い。
大好き。彼が大好き。そんなところも好き。私のことが好きって行動が好き。そんなことしちゃうんだね。大好きだよ。全部大好き。世界で一番大好き。目に浮かぶ切り傷。気持ち悪い。でも大好き。可愛いね、大好きだよ。この世で一番大好き。痛い。でも大好き。痛いのが大好き。君だから大好き。君になら