あらゆる依存症予防に配慮した小麦粉で作られた料理が大変美味なとある国Xの日常を描いただけのクソ小説
時は2xxx年。日本国内にて、この国の一切の法律が及ばない独立国家が誕生した。
そこはかつて小麦を使った料理で大変栄えていた町であり。しかし現在は、あらゆる依存症にならない為に様々な法規が作られた、完全なディストピア国家となっていた。
始まりはゲームへの規制であった。ゲームには依存性があるため、ゲーム依存にならぬよう『ゲームは一日一時間のみとする』と言う法規が作られた。
しかしある日、『ゲーム依存には科学的な根拠が足りていない』『ゲームの時間を法で規定するのは幸福追求権の侵害である』と言う市民からの答弁に、『依存症の証明に科学的な根拠は不要』『基本的人権に幸福追求権は含まれないものとする』と答えてしまったことにより、追求の手に追い詰められた議会は自らの言論を肯定するため国家から独立し様々な条例を作った。依存症にさせないことを大義名分とし。
そうして長い年月が経ち生まれたのが、あらゆる依存症に配慮した国家、Xである。
◇ ◇ ◇ ◇
太郎と花子は恋人であった。二人は学校での勉学が終わると決まって町に遊びに行き、互いの絆を深め合っていた。
二人はとあるショッピングモールにいた。ここでは様々な物が売られているのみならず、映画やゲームセンターなど娯楽施設も揃っており、特に金銭や移動手段に乏しい学生たちにとってのデートスポットとなっていた。
「花子。映画、面白かった?」
「うん。某国の実験でサメの遺伝子を含んだ植物が突然空を飛んで竜巻を巻き起こしながら色々な人を食べていくシーンなんて凄くよくわからなくって楽しかったわ」
「僕も。映画、楽しかったね」
「うん。凄く楽しい40分だったわ」
太郎と花子は他愛もない会話をする。
時刻は午後5時59分。2人がデートを初めてから、59分が経っていた。
「……太郎」
ベンチに腰掛けた太郎に、同じく隣に座った花子が体を預ける。太郎は恋人から感じる体温と甘い匂いにドギマギとしていた。
どことなくロマンチックな雰囲気が流れる。2人はその甘さに酔ってしまったかのように表情を蕩けさせ、互いにゆっくりと顔を近づけ、そして、キスをしようと――
――その瞬間であった。
『ピピーッ! 一時間が計画しました!』
太郎と花子が身につけている腕時計から、甲高い機械音声が流れ始めた。
『デートを始めてから一時間が経過しました! 依存症対策法に則り、早期に恋愛行為をお辞めください! 本警告を無視した場合、恋愛依存症と診断し、依存症克服施設へと強制送還となります!』
二人はその声を聞き、高まった熱が急速に冷めるのを感じながら、慌てて立ち上がり互いに背を向けた。
「そ、それじゃあまた学校で」
「う、うん」
そして二人は足早にその場を去っていった。
恋愛依存症。それは、恋愛という行為に依存をしてしまう、依存症の一種である。
多くは女性がなりやすいとされているが、男性にも少なからず発生する。自尊心が低かったり自己犠牲的、あるいは支配欲が強い性格の者が特に発症しやすく、相手に必要以上に尽くしてしまったり、あるいは必要以上の束縛をしてしまうなどで対人関係に問題を生じてしまう。
特定個人に尽くしすぎてしまう場合もある一方で、恋愛という行為そのものに依存をしてしまうケースもあり、結果として多数の異性と不貞を働いてしまうことも多々ある。恋愛依存になってしまうと恋愛のために生活が疎かになったり、あるいは不必要な出費をしたり、単純な恋愛に対する満足度の低下にも繋がっている。
発症した場合、日常生活に著しい支障が出るのは明白である。これを受けX国は『恋愛は一日一時間までとする』という旨の法を作った。
なお、科学的な根拠はない。確かに恋愛は数多の脳内麻薬が溢れ出る行為で、故に依存性も高いが、誰もがなるわけでもなく、むしろそうなる者は少ない。そも、根本的には恋愛ではなくひと個人の性格に原因がある事が多い(ここで言う原因とはあくまで因果のことであり、責任という意味は含まれていない)。
他方X国では、科学的な根拠が無くとも依存症になりうるのであればそれを予防するための法整備を行っても良いとする法があった。そのためこの恋愛という依存症を引き起こす可能性のある行いは、国家により制限されていた。
一日一時間と言う法規を破れば、国民は依存症克服施設へと連行される。そこではあらゆる依存症を克服するために、人々から一切の自由を奪う事が許可されていた。
◇ ◇ ◇ ◇
太郎の母親である正子は買い物へと来ていた。
無論、今晩の食事のための買い物である。いつもであれば事前に献立を用意して向かうのだが、今日はうっかりと忘れてしまい、仕事が終わってから慌てて彼女はスーパーへと来てしまったのだ。
正子が買い物を初めてからそろそろ50分が経過していた。正子は「まずい」と、とりあえずでカゴに詰め込んだ野菜と肉を持ち急いでレジへと並んだ。
しかしレジには既に人だかりができていた。正子はそれに焦りを感じ、そわそわとした様子で行列に並んだ。
残り時間は10分。それまでにレジを通過できなければ、今日の買い物は諦めなければならない。正子は自身の腕時計を見つめながら、僅かに響く針の音に冷や汗を流していた。
買い物依存症。それは、買い物と言う行為に依存をしてしまう依存症である。
実の所、買い物をする際人はポルノを見た時と同じくらいに興奮をするというデータがある(無論人にもよるのであろうが)。とすれば、ポルノにも依存性があるように、当然、買い物にも依存性があるということになる。なお検証は不足している。
買い物依存になれば多数の物を不必要に買ってしまい、結果的に自己破産や貧困などの経済的問題に繋がってしまう。X国ではこれを受けて、買い物依存を防ぐために『買い物は一日一時間とする』という法を作った。
先述した通り検証は不足しており、科学的な根拠も乏しい。しかし科学的な根拠など、この国の前では無用の品であった。加えて幸福追求権は人権では無いので無視をしても良い。
正子はしばらくレジに並び続けたが、やがて身につけている腕時計から『ピピーッ!』と音が鳴った。
『買い物を始めてから一時間が経過しました! 今すぐ辞めなければ、買い物依存症と診断し、依存症克服施設へと強制送還します!』
正子は大きくため息を吐き、「クソっ!」と吐き捨てながら地面にカゴを置いた。どうやら同じような者が何人もいるらしい、次々と客がカゴを地面に置いてその場を去っていく。
取った品物を片付けないのは心苦しいが、片付けをすればその時間で買い物依存と診断され施設へと強制送還されてしまう。故に人々は、なにがあろうとその場に荷物を置いて帰らざるを得なかったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
男は冷蔵庫から余っていたケーキを取り出し食べようとした。しかしその瞬間に腕時計が音を立て、『糖質の許容摂取量を越えようとしています! あなたは砂糖依存症です!』と言い始めた。男は直ぐにやって来た依存症対策部隊により無理強引に依存症克服施設へと連れて行かれた。
糖質には依存性がある。故にこの国では糖質に対する依存症対策が施されていた。高度に発達した人工知能と腕時計型のデバイスにより必要以上の摂取をすると糖質依存とされ強制送還される。インターネットやゲームも依存性があるとし制限されているが、人工知能はなぜかよくよく使われている。
この糖質というのは甘い物に限定した話ではない。例えば、米やパンなどの炭水化物も制限されていた。他方で昔からこの国で食されてきた小麦を使った料理に関してはなぜかいくら食べても問題無いとされていた。
◇ ◇ ◇ ◇
女は肉体改善のために町を走っていた。しかしコースを誤り一時間以内の帰宅が行えず、『ピピーッ!』と腕時計が音を立てた。
『ランニングを開始してから一時間以上が経過しています! あなたはランニング依存症と診断されました! 依存症対策法に則り、あなたを依存症克服施設へと強制送還します!』
依存症対策部隊が女の周りに集い、彼女をそのまま依存症克服施設へと強制送還した。
ランニング依存症。ランニング時には肉体の高揚と共に脳内麻薬が溢れ出る。多少の運動がスッキリとして楽しいのはこれが理由である。
故にこの運動後の快感に取り憑かれる者は多く、ランニングにはある種の依存性があると言われている。科学的な根拠はない。
ちなみに、ランニングのみならず、この国ではあらゆる運動が一日一時間という制限になっている。
◇ ◇ ◇ ◇
女は猫と戯れていた。途端に腕時計が鳴り女は猫を家に残して強制送還された。
ペット依存症。そんなものないのだが、犬や猫その他様々なペットの可愛さにはある種の依存性があるためこれもまた依存症対策法の範疇に含まれてしまった。
科学的な根拠はない。ということは適当に依存症をでっち上げて色々と制限しても良いということである。
加えて幸福追求権は人権ではない。これら依存症対策法がまだ『条例』と呼ばれていた頃は日本国の憲法により基本的人権のひとつとされていたが、法律なんてものは解釈の仕方次第である。暴論だが暴論を押し通したX国にもはや敵はいなかった。
法とは国家ごとのルールであり、別に倫理的である必要は無い。現代の法は倫理に則っているのだが、最悪『鼻くそをほじったら死刑』という法を王様が作っても問題ないのだ。実利的な面で言えば問題だらけであろうが。
猫はどうなってしまうのか。その結末は誰にもわからない――。
〜おわりおわり〜
風刺になるのかなこれ
あまり政治的な話はしたくないけど