とある日~芸名~
ブランコに腰掛け、他愛もない話をする。
それはもはや日課のようなモノになっていた。
わざわざ暑さの増すお昼から夕暮れまで話せるのは恐ろしい。
なんて事などつゆ知らず、そんな中ふと思い出したかの様に……拓都が徐に口を開いた。
「なぁフェリシティ」
「んー?」
「ちょっと聞きたい事があるんだと良いか?」
「何かな何かな?」
「芸名の事なんだけど」
拓都の言う芸名とは、フェリシティが女優として活動する際に使っていた名前の事だ。
その名前はティー・キュロチャーチ。何の偶然か拓都が憧れを抱いていた女優と同姓同名である。
転校初日に初めてフェリシティを見た時、拓都は噂通りの金髪美少女が転校して来たと驚きを隠せなかったが、それ以上にティー・キュロチャーチに瓜二つなその顔に衝撃を受けた。
最初は他人の空似だと思っていたものの、身長から靴のサイズ、好きな食べ物に至るまで、ティー・キュロチャーチ公式プロフィールと同じ回答を突きつけられた。更に彼女の両耳後ろにあるホクロという特徴までもが一致していた事で、流石に認めざるを得なかったのだ。
小さい頃から憧れ、会える事もないだろうと思っていた女優が隣に居る。
冷静に考えれば考える程、有り得ない。夢現な状態になるのも無理はない。
「うん。どうしたの?」
「ティー・キュロチャーチのさ? ティーは小さい頃、俺が呼んでた名前だってのは聞いてたけど……」
「うんうん」
「キュロチャーチってなんか意味有るのか?」
「えっ?」
その瞬間、フェリシティの顔が赤くなる。
ん? なんだ? 口籠って赤くなったぞ? 嫌な訳じゃ……ないよな?
「あっ、いや。そういえば聞いた事ないなって。俺が知る限り雑誌のインタビューとかでもなかったはずだし」
「うぅ……卑怯だよぉ。そういうの全部チェックしてるなんて」
「そりゃ記事やら何やらは気になるだろ? 好きな女優ならさ?」
「すっ、好きって! うっ……顔から火が出そうだよぉ」
「ん? 顔から火……」
「そっ、そゆとこは突っ込まなくても良いのっ!」
「あっ、悪い悪い」
「もぅ……」
「それで?」
「それ……で?」
「いやいや、だからキュロチャーチの意味だって」
「いやその……どうして聞きたいのさぁ」
「そりゃ聞きたいに決まってるだろ? 憧れの女優の事だったら何でも知りたいのがファンの心理だって」
「それは……」
「それに今は憧れの女優ってだけじゃない。大切な人の事なら知りたいに決まってるじゃんか」
「たいせつ……うぅ……ズルいよさんちゃん」
「だからさ?」
「うぅ……笑わないでね?」
「笑うわけないだろ」
「うん。あのね? キュロチャーチってのは……黒前の事!」
「黒前? ……ん?」
「あの……その……」
「キュロチャーチが黒前って……」
「だっ、だからぁ! キュロチャーチって言うのは……私が初めて黒前って言った時の言葉!」
「えっ?」
「2歳とかに伯母さんの住んでる場所聞いて、なかなかちゃんと言えなくて……良くママが冗談交じりに話してたの」
「なっ、なるほどなぁ。でも、なんで言うのがそんなに外しい言葉を芸名に?」
「だって……特別だから」
「特別……」
「当たり前だよ。黒前は特別で大切な場所。だから、ティー・キュロチャーチにしたんだよ。私にしか分からない。でも私だけ分かれば十分だったから」
「そうだったのか……でも、それって誰も知らないんだろ?」
「うん! 実は前にインタビューで聞かれたんだけどね? 適当に答えちゃった。ふふっ」
「でも俺に教えちゃったな?」
「さんちゃんは良いんだよ? でも昔の自分の事知られちゃったのは恥ずかしいけど」
「そうか? 俺としては二重で嬉しいけどな?」
「えっ?」
「誰も知らないキュロチャーチの意味と、誰も知らないフェリシティの幼少期のエピソードが分かったんだぞ? 当たり前じゃんか」
「さっ、さんちゃん……」
「ありがとうな? 教えてくれて」
「さんちゃんに嘘つけるわけないじゃん」
「そうか。ふっ」
「ふふふっ」
夏真っ盛りの黒前市。
今日も順調に今年の最高気温を更新中。