第三話 悪役令嬢
麟太郎の豪邸の前に高級車が停まる。──来客だ。
炉薔薇が門を開ける。
「はい、どなたでしょうか」
「麟太郎さんはいらっしゃるかしら?」
金髪ロングカールの気のキツそうなお嬢さんが立っていた。
「……はい、今お茶の時間でして」
「なら丁度いいわ! わたくしのお茶も用意しなさい! 使用人!」
炉薔薇の顔にピキピキと血管が浮かんだ。
────
渋々ダージリンティーを入れる炉薔薇。
「麟太郎さん、初めまして。わたくしは悪八九れい! あなたの婚約者ですわ!」
──炉薔薇は固まった。
「ちょっと待って、婚約ってどういう事だ? 僕はそんな事した覚えないけど……」
「あら、聞いてませんこと?麟太郎さんのお母様が決めてくださったのよ」
(そんなの、全然知らないぞ……!)
「……不審者、では?」
炉薔薇が言い放つ。
「まあ! なんて失礼な使用人なの! 麟太郎さん、こんな方クビにしてしまいなさい!」
炉薔薇の怒りは頂点だ。
「お見合い用の写真を見て一目惚れでしたわ! 優しそうで、それに話してみれば気さくな方……。麟太郎さんも18になったら、わたくしと結婚いたしましょう!」
「そ、そんな急に言われても……まだ知り合ったばかりだし、僕は君のこと何も知らないよ」
「あら、それもそうですわね……じゃあ、こうしましょう!」
れいはことんとティーカップを置いた。
「わたくしと今からデートしましょう!」
「え、え、ええ!?」
恋人が出来た事がない麟太郎にとって、デートは初めての事だった。心拍数が上がる。
「使用人、船を用意するから支度を早くなさい!」
────
港町まで車で移動し、豪華客船に乗る。
「ほら、麟太郎さん。あーんしてくださいませ!」
「あ、あーん」
食事は高級フレンチ。牛ヒレのポワレ、真鱈のロティ、季節野菜のクリームスープ。
「うふふ……幸せでございますわね♡」
「ん、むぐぐ!」
「あらあら。ほら、使用人。お水を持ってきてちょうだい!」
炉薔薇は暗黒微笑しながら水を持ってきた。
「遅いですわ。麟太郎さん、楽になりまして?」
「う、うん。ちょっとむせちゃった」
「うふふ♡ もう、わたくしがついていないといけないんですのね♡」
二人は炉薔薇をそっちのけでイチャついていた。
炉薔薇は食事用のナイフを持ち、メラメラと凄いオーラを纏っている。
────
「ほら、麟太郎さん。夕日が綺麗ですわよ!」
「うわあ、本当だ!」
夕日を見る二人を少し離れて見る炉薔薇。怒りと嫉妬で爆発しそうだ。
「うふふ、やっぱり麟太郎さんは思った通りの優しい方でしたわ。これなら結婚しても大丈夫そうですわね!」
「いや、結婚の話を決めるのはやっぱりまだ……」
「麟太郎さん」
「は、はい」
二人は見詰め合い、しばらくそのままだった。二人の瞳には夕日が映り込んで、きらきらしている。
「わたくしと、キス……してくださいます?」
「へ……?」
悪八九は麟太郎の肩に腕を回すと、目を閉じてゆっくりと顔を近付けていく。
(人生初のキスができる……!? でも、炉薔薇さんが見て──)
──炉薔薇は、目に涙をいっぱいに溜めて号泣していた。
「!? ろ、炉薔薇さん……悪八九さん、待って!」
「? なんですの? 女を待たせちゃダメですのよ!」
炉薔薇はその場に崩れ落ち、わんわんと泣いた。
「炉薔薇さん、大丈夫?」
「ご、ごしゅじ、さま……えくっ、行かないで……、私を捨てないでぇ……」
「!? 捨てなんてしないよ!」
「な、何ですの? うるさい使用人ですわね!」
その言葉を聞いた麟太郎は、冷静になった。
「──悪八九さん。悪いけど、婚約の話は無しでお願いできるかな」
「ええっ!? ど、どういう事ですの!?」
「炉薔薇さんを邪険にするの、やめてほしいんだ」
れいはぱくぱくと口を開け、言葉が出なかった。
「炉薔薇さん、行こう」
「ごしゅじ、さま……」
「きいいー! どういう事ですの!? 代々伝わる悪八九家のわたくしより使用人がいいという事ですのー!?」
れいはハンカチを噛んだ。
────
二人は家に帰ってきた。
「炉薔薇さん、大丈夫?」
「……申し訳ありません、取り乱してしまって……」
炉薔薇は顔を真っ赤にしてぐすぐすと鼻を鳴らした。
「でも、楽しそうにしてらしたのに、よかったんですか……?」
「うん。……炉薔薇さんといる方が、落ち着けるからね」
「……!」
炉薔薇はまた目にいっぱいに涙を溜めて震えた。
「ご主人様、麟太郎ご主人様、大好き……♡」
「あはは、もう、苦しいよ」
炉薔薇は麟太郎に抱き付き、離れない。
(変でちょっと怖い子だと思ってたけど、案外寂しがり屋な所もあるんだな……)
「今日はフレンチより美味しい料理を作ります!」
「はは、フレンチも美味しかったけど、炉薔薇さんのごはんも美味しいよ」
「!!」
炉薔薇はかああと耳まで真っ赤になった。