第二話 幼馴染
昼休みのチャイムが鳴る。
その時、麟太郎は鉛筆を落としてしまった。
「はい、ご主人様♡」
炉薔薇は素早くそれを拾い上げ、麟太郎に差し出す。
それを聞いた周りのクラスメイトが騒めく。
「ご主人様? 麟太郎、ご主人様ってどういう事だ?」
「そういうプレイ?」
「えー、ヘンタイじゃん!」
「いや、いやいや、これは違うんだって!」
色んな誤解が生まれていく。
そこに金髪ツインテールの女子がずかずかと麟太郎の席に歩いてきて、テーブルをバンと叩く。
「ちょっと、麟太郎! どういう事? もしかして……付き合ってたりするの!?」
その女子は麟太郎の幼馴染、長内なじみ。
「恋人よりも深い主従関係です♡」
「はあ!? 意味分かんないんだけど!」
なじみは顔を真っ赤にしてお怒りだ。
「あんたなんかより、あたしの方が昔から麟太郎の事知ってるんだからね!」
「いいえ、私の方が知ってます」
二人の言い合いが始まった。
「ちょっとちょっと、二人とも……! なじみ、何怒ってるんだ?」
「うっさいわね!」
「じゃあ、どっちが麟太郎の事を知ってるか勝負よ!」
「望む所です」
(おいおい、何が始まってるんだ……?)
麟太郎は呆れる。
「じゃあ、麟太郎の好きな食べ物は!?」
「お寿司のサーモンです」
「ぐっ……当たりよ。じゃあ、好きなコーヒーは!?」
「ブルーマウンテンのミルク入り、砂糖なし」
「ううっ……何で、何で知ってんの!? 次は嫌いな食べ物よ!」
「アボカドですね」
「ああ、もう、正解! 何なのあんた、何者!?」
「長内さんはご主人様の幼馴染ですよね。紅茶は何が好きかご存知ですか?」
「そ、そんなの知ってるわよ。ダージリンでしょ」
「ダージリンの?」
「ダ……ダージリンはダージリンでしょ!」
「正解は、ダージリンのセカンドフラッシュ。春に摘んだ物がファーストフラッシュ、夏に摘んだ物がセカンドフラッシュと言います」
「は!? 何よそれ!」
「次、歯磨きの分数は?」
「は、歯磨き!? ……10分くらい?」
「正解は4分です」
「きたな! もっと磨きなさいよ!」
「ストローの角度は……」
(凄い。ストローは自分でも分からないけど、全問正解だ……。でも……)
「何でそんなに僕の事知ってるんだ……?」
教室が騒めく。
「ヒューヒュー!」
「よっ! お熱い!」
「夫婦だ、夫婦!」
炉薔薇はポッと顔を赤らめた。
「な……何よ、何よ、何よ! こんなに詳しいなんて変でしょ! ねえ麟太郎、何なのこの子!」
なじみは目にいっぱい涙を溜めて悔しさに震えた。
「いや……その、それは……」
「麟太郎のばかあ! 覚えてなさい!」
なじみはツインテールをひらひらさせながら、教室の外へ出て行ってしまった。
「あの、どうしてそんなに詳しいんだ……?」
炉薔薇は一冊の本を取り出した。
「うふふ……ご主人様の事なら、何でも知りたいんです。だから、こうしてノートに……」
麟太郎くんノートと書かれたその本の中身は、麟太郎の事でびっしりと埋まっていた。
誕生日、血液型、利き腕、利き足、好物、苦手な物、犬派猫派、好きな色──
麟太郎はドン引きした。
「あ……そ、そうなんだ。へえ。熱心だね……」
「ご主人様のためですから……♡」
(ちょっと、怖いな……)
炉薔薇は麟太郎を見て、ニッタリと微笑んだ。