おにぎりが食べたかっただけなのに
召喚されて2年、毎日毎日休みなく働かされていた。そんな私が、突然どうしても食べたくなったのだ。
「ねぇ、リーリオ」
「なんでしょうか?」
「おにぎりが食べたいわ」
「オニギリでございますか?」
「そう、おにぎり。焼いたのでも良いけど1番は塩かしら」
「…はぁ」
護衛兼監視の侍従が困った顔をしている。
まぁそうだよね、お米が無い世界だもんね。いや、あってもここまでは伝わらないのかも。
この2年、我儘ひとつ言わなかった私が突然どうしたんだという顔をしてる。
「聞こえた?」
「その、聖女様。オニギリとは?」
「お米を炊いて握ったものよ?」
「オコメですか?」
沈黙。
「…ねぇ、もう2年よね?」
「はい…」
「最初は1年って話だったよね?」
「はい、それは申し訳なく」
「私、1日も休みなしで働かされてるよね?」
「え?」
「あら、知らないとは言わせないわよ」
「いえ、本当に私は」
白々しいなぁ。でも、しょうがないか。あんまり、使いたくないけどスキルを使うか。
『嘘をつくな』
リーリオが固まり必死に抵抗している。でも口は勝手に動き出す。
「知っていたけど別に俺に関係ないし。聖女ってそんなものだろ?」
「わぁ〜」
引くわ。この世界の人間に好かれてないのは知っていたけど。こんなもんかやっぱり。
「せ、聖女様!どちらへ!」
『動くな』
「うっ!」
「別に?何処だっていいじゃない、あなたに関係ないんでしょう?」
ニッコリ。
リーリオに近寄り彼の服をペタペタ触る。
「せ!!聖女様何を!!」
「やだ、誤解しないでよ。リーリオお財布どこ?」
「さ、財布って」
『財布はどこ?』
「上着の内側のポケット。うわっやめろ!取るなクソ聖女!!」
「クソ聖女…むう、少し借りるつもりだったけどいいや。全部貰うから、ちょっといいなって思ってたのに。リーリオのばーか」
こんなに至近距離で近づくのも初めてだ。ボサボサ頭に無精髭のリーリオ背は見上げる程高いけど床に尻もちついてたら大したことない。ようやくリーリオの財布を見つけた。財布が結構重い、では遠慮なく。
「それじゃぁね、リーリオ『昏睡』おやすみ」
スキルを使って皆眠らせたら簡単に神殿から逃げ出せた。もっと早くこうすれば良かった。
リーリオばっかりじゃ可哀想だから、皆のお財布も貰ってきた。いいよね、この2年お給料なんて貰ってないし。
最後に会った神殿の掃除婦と服を交換しておく。ちょっとくらいは時間稼ぎになるかな。
初めて神殿の外に出たら凄かった。人や獣人や花人や竜人が大通りを闊歩してた。おおお、まさに異世界素晴らしい。
「おねーさん、花飴どうだいー」
「わぁ!可愛い。ひとつ下さい」
「毎度あり!」
薔薇の花びらを飴で包んでいるお菓子を食べながら歩く。さて、これからどうしようかな。ふと建物に貼ってある紙が目についた。
‘’ヒンガシの国の旅、食い倒れ満足ツアー‘’
□□□□
「クソ聖女!!やっと見つけたぞっ!」
あ、見つかった。予定より見つかるのが早い。
「あら、リーリオ」
「あら、じゃない!どれだけ心配したかわかってるのか、おまえ!」
「えー。まだ半分ツアー日程あるのに、ツアーが終わるまで帰らないから」
「いやいやいや」
「いやいやはこっちの話なんだけど、2年ただ働きで休みもない、どこのブラック企業よ。しかもあんた達全然私に興味ないじゃん」
「それは」
「うっさいリーリオ!来たなら最後まで付き合ってよね!」
「終わったら帰るのか?」
「帰るよ」
「本当だな?」
「しつこいんだけどー」
「すまん」
「まぁいいけど。それ素?いつもと口調違うけど?」
「ああ」
「ふーん、そっちのがいいと思う」
「そうか。それと帰ったらコメ食べれるぞ」
「え?本当?」
「嘘は無しだ」
「あっそう」
丁度良かった、このツアー恋人ばっかりで居心地悪かったんだよね。そうと決まれば。
「ほら、リーリオ行こう」
リーリオの手を引いて目当ての食事処へ走ると、リーリオが真っ赤になって振りほどこうとする。
「せ!聖女?!手っ!」
「リーリオ。いいこと、ただでさえ今日の自由時間がリーリオのせいで少なくなってるんだから協力してよね!」
「わ、分かった」
私の勢いに押されてリーリオが頷く。
「ここはトンカツ屋さん。リーリオもトンギャー知ってるでしょ?あれをカツにした料理なんだよ。
日本にも豚って獣がいるの。異世界から来た料理人がここでトンカツ屋を広めたって。まあ、そんなうんちくなんかどうでもいいや。食べよ!」
2年ぶりに熱々のサクサクトンカツ食べれてご飯にキャベツ。くぅ〜蕩ける〜!リーリオが吃驚した顔で見てる。なにどうしたわけ?
「リーリオも食べなよ、早く食べないと冷めちゃうよ?」
「あ、あぁ」
「わあ、お新香ついてるー!最高」
リーリオが恐る恐るトンカツを食べると目を見開き勢いよく食べ始めた。気に入ったみたいで良かった。
「奢ってあげるから沢山食べてー」
「元々は俺の財布なんだが?」
「ちっちゃいことは気にしちゃだめだって!あ、おかわりお願いしまーす」
「旨そうに食べるなぁ、おまえ」
「あったり前じゃん、美味しいもん。一緒にご飯食べてくれる人もいるし。ご飯は炊きたてトンカツは熱々。神殿の誰も居ない所で冷めたスープと固いパンひとつなんかと比べないで欲しいよ」
「スープとパンだけ?」
「そうよ?へー、それは知らなかったんだ。毒味が面倒くさいんだってさ。面倒くさいなら召喚しなきゃいいのにね」
あ、リーリオが俯いてしまった。別にリーリオを責めてる訳じゃないんだけどなあ。もう繊細だなあ。
改まって姿勢を正したリーリオがボソッと言った。
「すまなかった」
「いや、別にリーリオが召喚した訳じゃないし。リーリオに呆れてるわけじゃないよ?」
「いや、この2年間神殿の誰もおまえの事を興味も持たなかったし大切にもしなかった。それなのにお前は文句も言わないで毎日仕事をしていた」
「ふふ、変なリーリオ。謝らなくていいのに。それより食べようよ」
「そ、そうだな…」
リーリオったら馬鹿だなあ。
今更リーリオだけが私に謝ってくれても、私の凍りついた気持ちは溶けないのに。謝るだけ無駄なのになあ。
「リーリオ泊まるところは?」
「宿はとってある」
「あ、良かった。ツアーだからこっちに合流されても困るから。じゃまた明日の自由時間は宜しくね」
「分かった」
「じゃまた明日ね」
□□□□
「これは?」
「抹茶と和菓子だよ」
「なんだこれ?緑色で変な泡が出てるぞ?」
「まぁそれが普通だけど、抹茶はリーリオに合うかなあ?好き嫌い別れちゃうかもね」
恐る恐るリーリオが飲むと苦いと言って吹き出していた。
「抹茶飲んだらこのお菓子少し食べないと」
「うわっ甘っ」
リーリオの変な顔を見たら大笑いしてしまった。またリーリオが固まっている。なんなのもう、私だって笑いますけど。真っ赤になったリーリオが言う。
「おまえさ、いつも笑ってろよ」
「えー?リーリオ。あの神殿で、笑う事なんかひとつもないのにどうやって笑うのよ」
「…そうだったな、すまん」
最初は、打ち解けようと努力した時もあったけど、相手が無関心だとどうしようもないのを学んだ。
浸っていても仕方ない、気を取り直して。
「次はお土産買いたいからあのお店に付き合ってよね」
「日程は後何日なんだ?」
「後2日」
「分かった」
お土産屋に入ると、リーリオが私に組紐を買ってくれた。この色リーリオの目の色と一緒なんだけど。
「あ、ありがとう」
「また明日、迎えに来る」
「あ、うん。また明日」
なんか、リーリオ雰囲気が変わったような。気のせいかな。
□□□□
「今日は何処にいくんだ?」
「今日は船に乗りながら天麩羅を食べるの」
「テンプラ?」
「まぁ、難しい事は考えないで行こうか!」
今日もリーリオの手を掴もうとすると、先に捉えられてしまった。毎日リーリオの手や腕を掴んでいただけなのが、今日はかたくしっかりと指を絡ませている。
あれ?逃げたりしないのに。不思議に思って見上げると、リーリオはお日様を背負いどんな顔をしているのか見えなかった。
「さあ、案内してくれ」
「あ、うん」
なんだこの変な感じ。ゾワゾワっと背中に這い上がる。あまり考えないようにしよう。
「流れが緩やかな川でご飯を食べながら、景色を見て楽しむんだよ」
「なるほど。これがテンプラか、不思議な食感だが旨い」
「でしょう!」
キラキラと川に乱反射する光の煌きと川の音、日本と全然違う場所なのに穏やかだ。
天麩羅を食べ終わり満足してゆっくりと景色を見ていたら、リーリオが私の黒髪をひと房すくって手で遊んでいる。今日はリーリオが買ってくれた組紐をつける為にハーフアップにしておいた。
なんだろう、リーリオがやたら近い。やめさせようとしてもやめてくれない。これだと傍から見たらイチャイチャしてるカップルじゃん。
「明日で最後か」
「そうね、急にどうしたの?」
「いや、別に。また迎えにいく」
「う、うん」
明日は一人で回りたいって言えない雰囲気で諦めた。まあ、いいか。
□□□□
「迎えに来た」
「え、うん。リーリオなんか気合入ってない?」
なんだ?昨日までヨレヨレの旅装束だったのに、なんかパリッとして髭は剃ってるしボサボサの髪もオールバックで後ろに束ねてる。精悍な顔に目元は涼やか。え?あれ?リーリオって滅茶苦茶イケメン?
元々は騎士だったって聞いた事はあるけど、何より背が高くて胸板半端ない。嘘だ…どストライクすぎてヤバい。
「どうした、ユリ。顔が赤い、熱でもあるのか?」
「な、名前知ってたの?え?ちょっと!」
リーリオのあまりの変わり具合に真っ赤な自覚はある。腰が引けて逃げの体制に入った途端、片腕に抱き上げられた。不安定さに咄嗟にリーリオにしがみつくと獰猛な野獣のような笑みを向けられた。
「知ってた。ちょっと早いけど帰るぞユリ」
「え?そんな!リーリオ降ろしてってば!」
カチリと左手に何かをはめられた。
「スキル封じの腕輪!ちょっとリーリオ外してよ」
「駄目、逃げるだろ?逃さないから」
そう言うとリーリオは、あの召喚した国には戻らずに、リーリオの生まれ故郷へと連れ去られてしまった。
おかしい。おにぎりが、食べたかっただけなのにどうしてリーリオの嫁になっているんだろう。気がつけばリーリオに愛されて凍った心も溶かされた。
まぁ、仕方ないずっと傍にいてやるか。