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#1 プロローグ

2018年7月10日


都会の雑踏は夏になると音が変わる。日本の中心、ここ東京にも夏がやってきた。3年とちょっと前、田舎から出てきた私が敏感なのだろうか。


都会の暑さは、気温だけでなく、音も景色も、匂いも暑い。東京で生まれ育った友達に聞いたことがある。「よくわかんないや。」友達は少しだけ空を眺めるとそう言った。


あー、ダメだ。どうも蝉が鳴き始めると夏を感じて、ボーっとしてしまう。3年前、まだ見ぬひとり暮らしへの憧れで胸を躍らせながら引っ越しをしたことがもう10年前のことのように感じる。


私だって最初のうちは街に繰り出していろんなお店を見て、大学に通って、その帰りに友達とカフェに行って、やる気に満ち溢れていたよ。


自炊の大変さと節約の大変さを身に染みて、両親への感謝をひたすらに噛みしめて、だいたいやるべきことも済んだかなって思う。


今年の1月、両親に会った時には就活は大丈夫なのか、今は早くにスタートするらしいから、出遅れるんじゃないぞと耳にタコができるほど話を聞かされた。


しまいには親戚のおじさんが今の社会情勢をひたすらに憂いながら自分語りをしはじめ、2時間くらい捕まっていたのは記憶に新しい。


発破をかけられ、気合と同時に不安が襲ってきた就活期間は意外にあっという間に過ぎてしまい、割と早めに内定先が決まってしまった。


大学に入る時は、親戚中に文学部ってどんな就職先があるの?って心配され続け、何を勉強するんだ?と知り合う人いろんな人に聞かれた。


どうやら文学部はひたすら昔の人の書いた名作をあーだこーだと批評や研究するような学部という風に想像されがちなようだが、実態はそれだけじゃない。


むしろ、それは一部、まぁオタク的な教授も十分いるのだが、文学部とは人を研究する学問と言ってもくらい、思想・歴史・言語文化・行動科学を扱うため、大学によっても扱う内容は違うし、ひとえに文学部と言っても決まったことをするわけではないのだ。


私が専攻したのはスピーチによる思想の変化。確かに本も何冊も読んだが、文字通りの文学少女とは言えない。


専攻した。つまり過去形なわけだ。私の研究は既に終わっているのだ。ちなみに単位だって取り終えている。自慢じゃないが私は真面目なのだ。えっへん。


ただ、その代償というか、悲しい事実がひとつある。暇なのだ。とても。


こうして華の女子大生最後の夏も家でごろごろスマホをいじる日々が続くのだ。


別にいいんだ。彼氏だっていないし。ルックスに自信がある訳じゃないが、出会いがないのだ。それに、うん、ちょっとめんどくさいし。


そう、私は面倒くさがりなのだ。自分でもわかってる。こうやって言い訳ばかり思い浮かべて何をするでもなく、ダラダラ過ごしてしまうのだ。


何かしなきゃいけない。そんな気がしてならない。何かしたい。そんな気がしてならない。けど、結局何もしない。


もやもやは溜まるばかりだ。


――――――――――――――――


知紗の部屋に響くのは加湿器の水蒸気が出る音、それとイヤホンから微かに漏れる動画の音だけだ。


すると唐突に何かを思い出したように知紗は飛び上がった。


「忘れてた!今日かけそばの発売日じゃん!」


かけそば...駆けろ側内そばうち高校陸上部!の略称で、大人気コミックだ。今日はその新刊の発売日だった。


知紗は大急ぎで部屋着から当たり障りのないようなシャツとスカートに着替えると、黒いショートヘアを2、3回クシでとかして、バタンと部屋のドアを閉めた。


時刻は16:20。太陽はまだまだ照らし続ける。

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