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カイコ  作者: カリヤモモ
9/14

桜雲

カーテンを開くと、暖かな日差しが部屋の中に注ぎ込んできた。

目の前の川沿いには桜の並木道がある。

このごろ朝の散歩をしている人が増えてきた。

ポツポツと桜の蕾が花開いてきているからだろう。

私はカフェオレをマグカップに淹れてから、玄関のポストを見に行った。

私の部屋に溢れんばかりの春の気配とA4サイズの茶色の封筒が届いていた。

封筒の中には、1通の手紙と舞台のフライヤーが同封されていた。

私は、フライヤーをテーブルに置いてカフェオレを飲んだ。

大きな花柄のマグカップ。


良かった・・・。


私は、マグカップを持って窓辺に立った。

桜の花びらが1枚、空に舞って足元に落ちた。



千鳥足って言うのは、こう言う事なんだろうな・・・。

私は自分の足を見ながらそう思った。

ママの店を出てから、大通りまでは普通に歩けていた。タクシーもすぐに乗れた。

家の前まで送ってもらうのが嫌いな私はいつも、曲がり角で降ろしてもらう。

今日は家までちゃんと送ってもらえば良かった…。

いつもと同じ帰り道なのに、前に進めていない気がする。真っ直ぐに歩けば1分で着くのに、私は斜めに歩いては、壁にぶつかっていた。

あの後、カクテル何杯飲んだんだろう・・・?

家の前に人影が見えた。

私の酔いは一気に消え、バックを握りしめた。携帯電話を何気なく取り出し、110を押して通話を押せる状態にした。

私の防衛本能は一人暮らしをしてから強くなった。

一度、暗闇で襲われそうになってから、自分の身は自分で守らないといけないと思ったのだ。

今日は異様に街が暗い気もする。

もしかして・・・。

私の足は真っ直ぐに歩こうと緊張していた。

「まゆちゃん・・・。」

人影は私を見つけてそう言った。



部屋に入ってすぐに、私はコップ1杯のお水を一気に飲み干した。

一息吐いてから、コーヒーを淹れたカップを2つテーブルに置いた。

大きな花柄のマグカップ。私のお気に入り。

私の食器の中でセットになっている物は、このマグカップだけだろう。

「どうぞ。」

「ありがとう。」

テーブルの向こうに座ってる健一を見て、先程の恐怖を笑えている自分にホッとしていた。

「…ずっと…。…連絡しようと思ってたんだけど…。」

「…私も…。今日電話しようと思ってた。」

こんなにも酔っ払っているのに…。何て説得力の無い言葉だろう。

私は自分の情けなさに俯いていた。

「この前は…。自分の事ばかり考えて…。」

そこまで言うと健一はコーヒーをゴクゴクと飲み、

「ごめん。」

と、頭を下げた。

私はビックリして顔を上げ、

「謝るの。私の方だから。」

と健一の肩に触れた。健一はゆっくり顔を上げ、

「…俺…。本当に…。…本当に芝居好きなんだって思って。」

と、真っ直ぐに力強く言った。健一の目に薄っすらと涙が浮かんでいる様に見えた。

「俺には芝居しかないって…。辞めたくないって…。思って…。」

私は何も言わず、ただ、頷いていた。

健一の肩に置いた手に力が入っていた。

「まゆちゃん…。…痛い…。」

「ごめん。」

私の手の力はかなり強かったみたいだ。健一は肩を押さえ、痛そうな演技をしながら笑っていた。私も、何度も謝りながら笑った。

「…まゆちゃん…。…ありがとう…。」

照れ臭そうに健一は呟いた。

深夜1時。

「まだ、芝居の稽古中だから。」

と健一は急いで出て行った。窓から覗くと健一は、私を見つけて大きく手を振り、白い息を吐きながら並木道を走っていった。

「絶対観に来て。」

と置いていったフライヤーには、小さく健一の名前が印刷されていた。


今でも私は、あの時のフライヤーを大切にしている。

私は足元の桜の花びらを手に取り、窓の外に飛ばした。

ピンクの花びらはヒラヒラと自由に楽しそうに飛んで行った。

私は手紙を取り出した。

「まゆちゃんへ…。お元気ですか?…桜も、もうすぐ満開ですね…。次回の公演は…。」

テーブルの上のフライヤーには大きく健一の名前が印刷されていた。


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