風光
携帯に着信があった。聡からだ。留守番電話にも伝言が入っている。
「先程の件ですが、会社で詳しく話を聞かせて欲しい。今、辞められると…。会社も困るから…。」
聡の後ろから車の音が聞こえていた。まだ、外にいるのだろうか。
私はグラスの氷をカラカラと回していた。
ママが、
「お代わりは?」
と聞いてきたので、残りのお酒を一気に飲み干して、同じ物を注文した。
カクテルを受け取ったのと同時に、携帯の着信音が鳴った。
私は着信相手を確認し、少し迷ってから電話に出た。
「もしもし。」
「もしもしぃ〜。まゆ〜?」
電話の主は裕子だ。酔っ払ってテンションが上がっているのだろう、声のトーンがいつもより少し高い。
「もう、ビックリしたぁ〜。まゆが、高橋先輩にあんな事言うなんてぇ〜。」
電話口からは賑やかな音が聞こえていた。
「ごめん…。」
「何言ってるの。謝らなくたっていいのよ。私、スッキリしたし。」
裕子は後ろの騒音に負けないように大きな声で楽しそうに言っていた。
「まゆが店出てから、高橋先輩…。すっごい叫んでたよ。」
裕子は思い出したのか、少し笑った。
「そう…。」
私は溜息混じりに返事をして、グラスに口を付けた。
「みんなに迷惑かけちゃったね。」
「そんな事ないよ。みんな酔ってたし、覚えてないんじゃないかな〜?」
裕子の後ろから男性の声が聞こえてきた。
「今さ〜。伊藤君達と二次会なのよ。」
と、小さな声で煙たそうに言っているが、裕子の嬉しそうな顔が、目に浮かんだ。
「じゃあ、みんなで楽しんで。」
と、私が電話を切ろうとしたのだが、騒音で聞こえなかったのか、裕子は少し声のトーンを落として、真剣な口調で聞いてきた。
「仕事。本気で辞めるの?」
昔、母親に連れられてどこか遠い街へ出掛けた。
幼い私は、綺麗な服を着れた事に感激していた。太陽が高く、日差しが眩しかった。
母も綺麗にメイクをしていた。日傘を差し、私の手を引いて歩く。
いつもと違う顔…。
「まゆちゃん、少しここで遊んでいてね。」
母は、大きな滑り台のある公園に私を連れて行った。
公園の端にベンチが2つ。黒い影が見える。
男の人だ。
母は男の人と話している。
背が高い…。
背広を着た…。
きっとあれは…。
私はゆっくり自分の気持ちを確かめながら声を出した。
「何か…。何か、変えたいと思ってたの」
「でも…。辞めなくっても…。」
裕子は私を引き止めてくれていた。ふと、顔を上げると、先日の写真が目に止まった。
子供達の明るい笑顔。
これは…私…?!
新しいカクテルをママが持って来てくれた。
「はい。お祝い。」
ママは微笑して私を見つめていた。
「えっ?何の?」
私はママの目を見かえした。ママは微笑して
「新しい門出の。」
と言って、私のグラスに自分のグラスを合わせた。
「ありがとう。」
綺麗なピンクのカクテルが、私の背中を押してくれている。