電波
いつも、この席に座ると落ち着く。
カウンターの一番奥の席。誰にも、声を掛けられないように端に座る。
店のママには、
「その席が一番目立つのよ。」
と呆れ顔で言われていた。
「女が、一人、そんな席で飲んでたら、誰だって声掛けるわよ…。可哀そうにって。」
と笑うのだ。
「可哀そうに見える?」
と聞き返すと、
「幸せそうには見えないわね。」
と返された。図星なだけに反論が出来ない。
客が少ないこの時間帯が私は好きだ。ゆっくりとママとの会話が楽しめるから。
今日は、少し強めのカクテルを頼んだ。いつもなら
「何かあった?」
何て詮索されるのだが、今日は二人とも無口だ。
薄暗い店内を見渡すと、白黒写真が飾られていた。
写真の中には何人かの子供と、綺麗な街並みが写されていた。
私はその写真に魅かれていた。あどけない子供の笑顔と街並みは、私の心を癒してくれる。
切り取られた風景は優しさに満ち溢れていた。
写真を見つめている私に気がつき
「これは、スペインのバルセロナよ。」
とママが教えてくれた。
「昔の友人が撮った作品なのよ。」
と、懐かしい思い出を探っているようだった。
「作品…。って事は、お友達はカメラマンとか?」
私の質問に
「そうね…。」
と、ママは少し考えながら
「今も、バルセロナに居るのかしらね。」
と微笑んだ。
ママの微笑みの中に、私は何か分からない深い影を感じ、これ以上何も聞けなかった。
「ママ。4人だけど、入れる?」
ドアの開く音がして、常連客が入ってきた。
「いらっしゃい。見ての通りガラガラよ。」
ママが客を席に誘導する。
私は軽く客に会釈をして、席を立った。
「あら。もう帰っちゃうの?」
と、客の一人が声を掛けてきた。
「えぇ。今日はね…。色々あったから。」
私は客に目配せをした。
店の中央に飾られている写真をもう一度見ながら、帰り際、見送ってくれたママに
「あの写真…。私…。凄く好き。」
と伝えた。どうしてだろう、伝えなきゃいけない気がしたのだ。
それは、私の素直な気持ちだった。ママは、
「ありがとう。」
と私の肩をポンポンっと2回叩き、
「また、ゆっくりきてね。」
といつもの笑顔で送ってくれた。
一人で過ごすよりも、沢山の人の中で一人だと感じる時の方が、寂しい。
家に着く頃、携帯の着信音が鳴った。健一からだ。
留守番電話に切り替わる前にに通話ボタンを押した。
「もしもし。」
「今、外?」
「うん…。」
面倒臭そうに答えたからか、
「今、大丈夫?」
と、申し訳なさそうに問いかけてきた。
活舌の良い健一の声は暗く沈んでいた。
「うん…。もうすぐ家に着くけど。どうしたの?」
今の私に、他の人の話を聞く余裕なんてあるだろうか。
まだ、沢山の事が整理出来ていなかった。
少しの沈黙の後、
「ご飯食べさせて。」
と、いつものように甘えた声で健一は言った。