恒星
お風呂に浸かりながら、私は自分に問いかけていた。
どうして涙が出てきたのだろう。
涙が出るほど聡の事を愛していたの?
違う気がする。
私は頭まで湯船に浸かり、顔を拭った。
少し期待していたのかも知れない。これからの未来に・・・。
でも、私はそれを望んではいなかったのに。
冷えた身体が少しずつ温もりを取り戻していく。
裕子から話を聞いてから何日が過ぎたのだろうか。やっと聡の口から本当の事を聞いたのに。
「すまない。」の言葉の理由を私は聡に聞けなかった。
別れ際
「おやすみなさい。」
と何事もなかった様にタクシーに乗り込んでいた。
涙が溢れている事に気が付いたのは、街の明かりがぼやけて見えたからだ。
縋り付いてこのままの関係を続けていたら、少しは報われたのだろうか。
いつかは終りにしようと思っていた恋だ。遅かれ早かれ終わっていただろう。
私は自分のココロに蓋をして、お風呂場を出た。
白い湯気が部屋まで溢れてきたが、寒さで一瞬に消えてしまった。
私は携帯のメールをチェックした。
受信は誰からもなかった。
私は髪の毛を乾かしながら、健一に電話をかけた。
コール3回。健一は出ない。
コール15回。留守番電話に切り替わった。
私は電話を切り、携帯を枕の下に隠した。
髪の毛はなかなか乾かなかった。
聡が再婚すると聞いたのは、私達が別れて3週間後だった。
私は何もなかったように同じ毎日を送っていた。聡に対しても、今まで通り良き部下を演じていた。
しかし、聡の方は違ったみたい。
再婚相手はすでに妊娠しており、来年の春が出産予定だと嬉しそうに語っていた。
彼女と聡は、私が出会う前からの関係だったようだ。
出張の多い聡は仕事人間で、家庭を顧みなかった。
そのせいで、前妻との間に溝が出来ていた。
その溝を広げたのは、私じゃなく、彼女だったのだ。
離婚の一番の理由は彼女に子供が出来た事。
前妻との間に子供が居なかった聡は、自分の子供を欲しがっていた。
私にも、
「まゆは、子供、欲しくないの?」
と聞いてきた。私が
「今は無理かな?」
と答えると
「僕は、子供が出来たらね…。」
と未来話をするのだった。そんな話を語る聡の方が子供の様で、私は聡を抱きしめていた。
結婚して10年、夫婦は、二人には子供は授からない。と諦めていたそうだ。
そんな中、愛人との間に子供が出来たのだから、離婚には時間が掛かると思っていた。
しかし、前妻の方にも若い彼氏がいたようで、少しの慰謝料で離婚が成立したらしい。
ランチの時、裕子はまるで、自分の事の様に興奮して話していた。
空は雲一つ無い青空だった。私は裕子の話に笑顔で頷いていた。
帰り際、結婚と妊娠のダブルの幸せを手に入れた彼女は、私に向ってこう言った。
「有岡さん。これからは、あまり遅刻しないようにね。」
彼女の笑顔はとても輝いていた。