遊星
遠くの街まで私は来ていた。窓の景色が刻々と変わっている。
快速電車に揺られながら読んでいた小説を鞄にしまった。
電車に1時間位揺られているだろうか、大きなビルは消え緑が多くなっていた。
私は小さな駅に降り立った。駅前にはスーパーがあり、スーパーの脇を抜けると、広い道路が見えてきた。車の通りは少ないが、沢山の子供達とすれ違った。道路の向かい側に小学校が見えた。
日曜日だと言うのに校庭には小学生が集まっていた。
遠くの方に低い山々が連なっている。私は校庭を横目に見ながら住宅街へ向かった。
子供達の声が風に乗って聞こえてきた。緑が眩しいくらいキラキラと光っている。
少し歩くと住宅街に入った。同じ様な建物が10軒ほど並んで建っている。
あの公園は今でもまだ、在るのだろうか…?
周りの景色には見覚えがなかった。
しかし、脚は迷う事無く真っ直ぐ道なりを歩いていた。
「資格なんて要らないわ…。
私には…。ないだけよ…。」
そう言ってママは娘からの手紙をそっと私の前に置いた。
私は惑いながらも、手紙を手に取った。
手紙は白い便箋に綺麗な文字で2枚に亘って、ギッシリと書かれていた。
「それぞれの人生…。始まってるのよね。」
ママは写真を見ながら呟いてた。懐かしい記憶を思い出すかの様に。
高まる鼓動が私の胸を苦しくさせる。息が少し荒くなっていた。
目の前に公園が見えてきた。公園は逃げる訳もないのに、私は公園の入り口まで急いで歩いた。
公園の周りを銀杏の木が囲んでいる。遠くの山々もこの公園から臨めた。
大きな噴水の周りを子供達がはしゃぎながら駆け回っている。
私はその脇をすり抜け、噴水の向こう側にあるベンチへ向かおうとした。
噴水を横切った時、私は一人の小さな女の子とぶつかった。
2・3歳だろうか、小さな女の子は勢いよく私にぶつかり尻もちをついた。
「ごめんなさい。大丈夫?」
私は女の子を抱え上げスカートの砂を掃った。女の子は下を向いたまま黙っていた。
すると、私の頭の上から女性の声がした。
「ごめんなさいね。」
振り向くと年配の女性が頭を下げていた。
ジーンズに黒のTシャツを着ていた女性は若く見えたが、黒の日傘を差していたので顔まではっきりと見えなかった。
「ばぁば。」
女の子は女性に走り寄り、膝にしがみついた。私は驚いて立ち上がった。
「由真ちゃん。ちゃんと前を見ないと。」
女性は女の子を膝から離し、私の方を向かせて
「お姉ちゃんにごめんなさいは。」
と促した。
「ごめんなさい。」
女の子はペコっと頭を下げて、今度は女性の後ろに隠れた。
「こちらこそ。ごめんなさいね。ケガはない?」
女の子はペコっともう一度頭を下げて、後ろに隠れたままだった。
私は女性の方を向き直し頭を下げた。
女性も私に会釈をすると、女の子の手を曳きながら砂場の方へと向かった。
私は二人を見送ってからベンチへと足を向けた。
公園全体を見渡せる場所にベンチは在った。
私は木陰に在るベンチに座って、公園を見渡した。
真ん中に噴水があり、右には砂場と滑り台が見える。左には鉄棒とアスレチックの様な遊具が設置されている。
私は昔の記憶を思い出していた。
小さな私はブランコで遊んでいた。
…違う…。順番待ちをしていたんだ。でも、よそ者の私の順番はなかなか廻ってこなかった。小さい私は一人ぼっち…。
…ブランコ…。
私は公園のブランコを探した。
しかし、私の位置からはブランコが見えない。
ブランコ…無くなったのかな…。
この公園じゃなかったのかな…。
私は少し落胆してた。この街なのは確かなのだけれども、少し自信がなくなっていた。
噴水があったことは覚えてるけれど、こんなに大きかっただろうか?
少し落ち着きを取り戻してから、私は鞄からカメラを出した。
そして、この公園の風景を撮る事に決めた。
カメラの用意をしていると、先程の女性が話しかけてきた。
「さっきはごめんなさいね。」
「いえ。こちらこそ。すいません。」
私は鞄を動かし、女性に席を譲った。女性は「ありがとう」と会釈をして私の隣に座った。
「この辺りにお住いなの?」
「いいえ。昔、来た事があったので。」
女の子はまた噴水の周りで、少し大きな子供達と遊んでいた。
「昔…?」
「はい…。この公園だと思うんですが…。」
女性は私の方を向きながら
「それは、いつ頃かしら?」
と聞いてきた。私は、ハッとした。もしかしたら、この公園は最近出来たのかも知れない。
私は女性の方を向き直し
「この公園には、ブランコが在りましたか?」
と訊いた。すると女性は少し考え込んで、
「そうね…。もしかすると、昔の公園かも知れないわ。」
と笑顔で答えてくれた。
「昔の公園…?」
「そう。昔の。」
「・・・。」
私は何も言えず、ただ公園を眺めていた。女性も公園を眺めながら話しだした。
「5.6年前かしら…。区画整理でこの公園も新しくなったのよ。」
そして、大きな遊具を指差して
「ほら、あそこの遊具もその時に出来たのよ。」と嬉しそうに話していた。
噴水の水が勢いよく吹き出てはキラキラと太陽の光を浴びて落ちている。私は噴水を眺めながら
「あの噴水は昔からあるんですか?」
と訊いた。女性は噴水に目を向けて
「そうね。あの噴水は昔からあの場所にあったわ。少し綺麗になったけど。」
と言い、孫を見つけて、手を振った。女の子は立ち止まり手を振ってから、また噴水の周りを走り出した。
私はカメラを手に持ち
「お孫さん。撮影してもよろしいですか?」と訊いた。
女性は「ええ。」と笑顔で答えた。
私は噴水の近くまで近寄り、女の子にカメラを向けた。