鮮紅
「男なんて!バカよね〜!」
裕子はグラスのワインを一気に飲み干して、私の目の前でくだを巻いていた。
「若くて顔が良かったらそれでいい訳〜!」
私は、ボトルの中に残っていたワインを全部裕子のグラスに注いで、
「同じ物を。」
と、もう1本赤ワインを注文した。
「伊藤君さ〜。総務部の洋子が良いんだって…。」
裕子は店員を呼び止め、
「おかわり。」
とグラスを差し出した。私は慌てて
「注文してますので…。」
と、頭を下げながら、裕子のグラスを取り上げた。
総務部の洋子こと、明石洋子とは。
20代前半の小柄で目が大きな女性だ。男性社員は口々に
「明石君が来てくれると場が華やぐよ。」
「息子の嫁には明石君みたいな子がいいね〜。」
などと、鼻の下を伸ばしながら話している。性格も良く、気が利くので女性からの受けも良い。その上、スタイルまで良いのだ。
仕事終りに裕子から
「久しぶりに飲みに行かない?」
と、誘われて、会社から1駅離れたイタリアンレストランへやって来た。
手頃な値段と美味しい料理で評判のこのお店はOL雑誌のレストラン特集で1位に輝いた事もある。
今日も女性客で満席だった。
新しいワインを店員が持ってきて、裕子のグラスに並々と注いだ。
裕子は半分以上一気に飲み、
「…私…。ご飯誘われたんだよね…。」
と話し出した。
「誰に?」
「…伊藤君……に。」
裕子の体は少し揺れていたが、気にしないで、恐る恐る続きを聞いた。
「それで…どうしたの…?」
「だから〜!総務部の洋子ちゃん。気になるんっすけど、どう誘ったらいいっすかね。って」
と、伊藤君のモノマネをした。私はそれには触れず
「それで、裕子は何て言ったの?」
と、聞いてみた。私の質問が悪かったのか、裕子はキッと私を睨んでから、テーブルに体を預けて
「私誘うみたいに言ったら。って言ったのぉ〜。」
と涙声で答えた。
「そうだよね〜。」
と、私は裕子の頭を撫でながら言った。
「ご飯なんか誘ってくるから気になるじゃな〜い!そしたら、これよ!!」
すると裕子はムクッと顔を上げ、
「バカだね…。女も…。」
と頬杖をつき、呟いた。
「でも、私…。…バカ…好きだな…。」
私は裕子の顔をみて微笑んだ。裕子は私のグラスにワインを注ぎ
「乾杯。」
と、グラスを合わせた。
「乾杯。」
綺麗な赤がグラスの中でゆらゆらと揺れていた。
その後裕子は、同期の橋本君の紹介で彼氏が出来たと報告してきた。
「伊藤君は?」と聞くと
「あぁ…。彼〜?!総務部洋子に、振られたらしいわ。」
と鼻で笑っていた。
裕子が帰り際
「宮元部長の彼女だったの…。もしかして…まゆ…?」
と、聞いてきた。突然の事だったので驚いたが、
「……違うよ……。」
と、夜空を見上げて答えていた。
「そっか…。」
裕子は後ろから私の腕を掴み。
「色々あるね…。」
と、呟いた。私はブンっと1回大きく頷き、フラフラと歩き出した。
裕子も私の腕を掴んだまま、フラフラとついてきた。
夜風が少しだけ暖かくなってきた気がしていた。