表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カイコ  作者: カリヤモモ
1/14

気泡

私は花を育てるのが苦手だ。

この花もまた枯らしてしまった。


 細かい気泡が上昇していく。息を止めてじっと見つめる。水面が揺れて月の光だけがキラキラと光る。

 ・・・きれい・・・。

「…まゆ…」

聡の声が聞こえた。

「まゆっ!!」

水面に人影が・・・。私は勢いよく水中から顔を出した。

「上がってって来ないから、びっくりするだろ。」

少し怒った顔をしていたが、私を見るなり安心した笑顔になった。

童顔が一層子供の様に見える。

「お母さんのお腹の中みたい。」

私は、小さな声で呟きながら、浮かんでいた。

天井は意外に低い。

「何て?」

聡は私に手を差し出しながら訊ねた。

私は微笑みながら彼の手を取り、水中から出た。

「お母さんのお腹の中みたい。」

と、もう一度呟いた。

「えっ?」

目を丸くして私の顔を覗き込む。

何だかその顔に腹が立ち、彼を水の中に突き落した。

水しぶきが勢いよくあがり、水面がつられて揺れた。月も一緒に揺れている。

「何するんだよ。」

頭までずぶ濡れになった彼が言う。

私はタオルで顔を拭きながら

「シャワー浴びてくる。」と笑顔でそう告げた。

聡は仰向けで水面に浮かびながら、私を見ないで手を振った。



 デジタル時計が23時に変わった。

「じゃあ。ここで…。おやすみ。」

聡は私のおでこにキスをした。私は助手席で動かず、彼の目ををじっと見ていた。

聡は困った顔をしながら、私を見つめ返してきた。

 私はこの困った顔が好き。

人差し指のネイルが剥がれそう。

 聡から目を逸らし指先を見ていた。きっと聡には気にならない、私のネイルがどうであろうとも。

たとえ、爪が全部なくなってしまっていても聡は気づかないだろう。

私はもう一度、聡を見つめて笑顔で言う。

「おやすみなさい。」


 シルバーのBMWが夜の闇に消えていく。赤のフォグランプが暗闇に光る。

私は車に背を向け歩きだした。

 夜風が冷たくて心地良い。髪をちゃんと乾かせばよかった。

髪を掻き揚げた時にそう思った。少し寒さを感じていた。

夜空を見上げると、ビルとビルの隙間に下弦の月が光っていた。

都会で星は光らないと、誰かが言っていた。誰だったかは、もう忘れてしまった。

街が明る過ぎるかららしい。田舎の星は綺麗だとも言っていた。

私には綺麗だと感じられなかったけど。

 月は弱く私を照らす。

携帯を取り出し、メールをチェックした。

 『坂井健一』

 私は無意識のうちに発信ボタンを押していた。

コール音が3回鳴る。

「はい。」健一の括舌の良い声が響く。

玄関のドアをゆっくりと開けて、

「お腹空いてない?」

と、暗い部屋の電気を点けた。



私の目の前で、がっつきながらカルボナーラを食べ

「主役に選ばれそう。」

と、嬉しそうに健一は語っていた。

私の作った料理を口いっぱいに頬張る彼を見て、安堵を得る。

「まゆちゃんの料理ほんと美味い。店出せば良いのに。」

テレビのスポーツニュースを見ながら健一は言う。

「本当にそう思う?」

キッチンから私が言うと

「思うよ。俺。毎日通うよ。」

と、健一はソースまで全部平らげて、お皿をテーブルに置いた。

ニュースは野球からサッカーに変わっていた。

「そうなると、タダでは食べられないわよ。」

お皿を片付けながら、微笑んだ。

「じゃあ、無理。俺、金無いし。」

と健一は大きく欠伸をしながらソファーに横になっていた。


「ネイル剥げてる。」

私の人差し指を触りながら健一は言った。

聡が知らない私の爪。

「塗り直そうかな・・・?」

そんな気は全く無かった。只何となく言ってみただけだ。

「別にいいんじゃない。」

人差し指を触りながら、健一は私を抱き寄せた。



「朝起きられなくなりそうだから、家に帰るよ。明日バイトなんだよね。」

健一はそっとベッドから出て行き、私の部屋を後にした。

時計の針は午前2時を指していた。

そんな言い訳いらないのに。私はベッドの中から手を振った。

 健一はいつも自分の部屋に帰りたがる。私の部屋は落ち着かないらしい。

「遅刻したらクビだよ。」

なんて言っているが、私と一緒には居たくないんだろう。

何もないこの部屋で私はまた一人っきりなってしまった。

朝が来るまで、後、何時間、私は一人で過ごすのだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ